花冷え

テレビから聞こえてくるCMに、何となく耳を傾けながら、朝食後のお茶を用意していた。

「新八、この新商品欲しいアル」
「はいはい。買わないってわかってて言ってるよね?」
「お前はホントにダメガネだな」
「お金がないのは僕のせいじゃないから」

こちらを睨みながらチッと舌打ちする妹のような存在は、またテレビの方に顔を向けた。
僕はハアとため息をつきながら、神楽ちゃん専用の湯のみにお茶を注ぐ。
お金がないのは本当だが、いつもほど切り詰めないといけない生活は送っていない。そこそこ、困らない程度。家賃も少しずつ払えるくらいには余裕があった。珍しいことに。
というのも、雇い主が仕事を見つけてくるからだ。珍しいことに。
真面目になったかと聞かれれば、それはNOだ。ちゃらんぽらんに変わりはない。変わりはないが、仕事はそれなりにこなしている。
若干パチンコに行くことが減ったかもしれない。

「みんなで食べてるからかな……」

飲みに行く日でも、食事は必ずみんなで食べている。勝手に食べとけ、と言われることがなくなった。おかげで神楽ちゃんは食事を楽しみにするようになった。前からそうだが、より楽しみにという意味だ。それは、僕も同じ。やっぱり、食事はみんなで囲んで食べるのがいい。

「神楽ちゃん。お茶」
「ん」

神楽ちゃんに湯のみを渡し、ふと庭に目を向けた。
ぽかぽかとした陽気に穏やかな風。気持ちがよさそうだ。

「神楽ちゃん、散歩でも行く?」
「散歩?定春の散歩ならさっき行ったばかりアル」
「定春の散歩じゃなくて。桜でも見に行こうかって」
「もう咲いてるアルか!?お花見なら大歓迎アル!」
「満開はまだだけどね。蕾のままのもあるだろうけど、それもまたいいかなって」
「でも、満開でもないのに銀ちゃんが行くって言うとは思わないネ」
「まあ、そうだけど……お団子でもあれば銀さんも首を縦に振ってくれるよ」

パッと神楽ちゃんの顔が輝く。

「団子がなんだってー?」

襖が開き、厠から戻ってきた銀さんが気怠げに問いかけてきた。襖を閉めずに部屋に入ってき銀さんは、どかりと腰を下ろし、茶、と一言だけ口にする。
僕は顔をしかめた。開けっ放しの襖。しかも全開。開けたら閉めろ。だか、その言葉が出てくることはなかった。
白い物体が現れ、次に姉上が現れた。

「新ちゃん、お布団干すの手伝ってくれる?」
「あ、はい」

重そうに布団を抱えている姉上に駆け寄った。
銀さんが襖を開けっ放しにしたのは姉上のためか。どうせなら布団を持ってくれればいいのに。
銀さんを一瞥し、姉上から布団を受け取る。

「銀ちゃん!みんなで散歩に行こうヨ!今新八と話してたアル!」
「散歩?なんで」
「満開じゃない桜を見に行くアル!ねえ、行こうヨ!銀ちゃん」
「あー……別にいいけど」
「面倒くさいと言う銀ちゃんに、お団子もご馳走するネ。新八が!…………って、あり?」

ぱちぱちと神楽ちゃんが目を瞬かせた。
僕と神楽ちゃんは顔を見合わせる。
絶対面倒くさいと言って断ると思っていた。お団子で釣る必要もないことに驚いて声も出ない。
せっせと布団を干している姉上を見れば、いいわねお散歩、とにこりと笑った。
神楽ちゃんがまた顔を輝かせる。

「さっそく行くアル!アネゴ、早く干して準備するネ!」
「ふふ、はいはい。ちょっと待ってね」

喜ぶ神楽ちゃんと姉上を眺めながら、僕はそろりと銀さんを盗み見た。
死んだ魚のような目はテレビに向けられているが、何を思っているのかはわからなかった。
最近の銀さんはおかしい。特別すごくおかしいわけではないけれど。神楽ちゃんは一緒にいられる時間が多くて嬉しそうだし、僕も嬉しかったりする。けど、やっぱり。何か裏があるのではと疑ってしまうのは、坂田銀時の人間性を理解してるからだろう。

「新八!何してるネ!早く行くアル!」
「あ、うん……」
「ちょっと待て。お前、羽織るもん持ってけ」
「え?」

銀さんがやはり気怠げに姉上に言う。

「花冷えだってよ。日差しはあったかいが、日陰に入れば寒いからな。結野アナが言ってたんだ。間違いねェ」
「あら、そうなの。それじゃ神楽ちゃんも……」
「コイツは必要ねェだろ」
「なんだと。私だって鼻くらい冷えるネ!鼻水ダラダラアル!バカにすんなヨ!」
「鼻冷えじゃねーよ。つーかそれ花粉症なんじゃねーの」

わざわざ姉上を気遣った銀さんを、僕は何となく見つめた。
これは、別におかしいことはない。多分。
ダメな大人だが、他人への気遣いができない男ではない。いつもはゴリラだ怪力だと姉上に言っていても、きちんと女性だということは理解している。いや、理解してない方がおかしいけれど。
けれど、何となく。そう、何となく違和感があった。
先ほどの襖のことも、今の花冷えの話も。

「新八!」
「あ、ごめん!」

神楽ちゃんに怒鳴られ、僕は慌ててみんなに駆け寄った。

****

「アネゴ!ちょっと花開いてるヨ!こっちは蕾アル!」
「ええ、可愛いわね。この蕾が開く頃、また見にこようね」
「ウン!」

ほんのり色づき始めた桜に、姉上と神楽ちゃんはキャッキャと笑う。
そんなふたりに僕はくすりと笑い、ふと銀さんを見た。
銀さんもふたりを眺めていて、僕はまた視線を戻す。

「満開になるの、楽しみですね」
「あ?ああ……そうだな」
「銀さんどうかしたんですか?何か変ですよ」
「変って、何が」
「何と言われると困るけど……」

風が吹いた。かさかさと枝が揺れる。冷たい風だった。姉上がふるりと身体を震わせ、ストールをぎゅっと掴む。
風が通り抜けると、また日差しの暖かさを感じて、僕はほうと息を吐いた。

「やっぱり、ちょっと寒いですね。姉上大丈夫ですか?」
「ええ。銀さんが羽織るものって言ってくれて良かったわ」
「結野アナに感謝だな。さすが結野アナ」
「アネゴ、何かあったかい飲み物でも飲もうよ。鼻が冷えたらダラダラネ」
「ふふ、そうね」

姉上が神楽ちゃんに笑いかけながら先を歩く。その行く先には、木の根のせいか土が盛り上がっていて、躓いたら大変だと、僕は口を開いた。
けれど、声を出す前に。姉上がその場所に足をかける前に。

「危ねぇぞ」

くいと、銀さんが姉上の腕を掴んだ。
目を丸くさせた姉上は、銀さんの顔を見上げると、足元に視線を落とした。

「ありがとうございます……」

すぐに理解したのだろう。姉上は少しだけ頬を染めた。
銀さんがふいと目を逸らす。

「いやなんでだよ!!」

思わず声を張り上げた。

「どうしたの新ちゃん……急に大きな声出して」
「一体何に対してのツッコミアルか」

神楽ちゃんの冷ややかな目も、今は気にはならなかった。
なぜ、今、姉上は照れたのだろうか。
なぜ、銀さんはそんな姉上から目を逸らしたのだろうか。
おかしな空気を纏っていたように見えたのは、何でなのだろうか。
おかしい。やっぱりおかしい。銀さんだけじゃなく、姉上もおかしい。だっておかしいもの。
それから、僕は銀さんと姉上を観察するように注視した。
いつもと変わらない。変わらないけど、気づいたことがある。
姉上と神楽ちゃんが会話に花を咲かせている時、銀さんはさり気なくふたりを道の端に寄せ、自分は真ん中を歩いた。車やバイクから守るように。
歩く先にぬかるみがあれば、反対側の道にある店を覗こうと声をかける。
さり気ない。これは気をつけて見ていなければ気づかなかっただろう。

「銀ちゃん、たい焼き食べたかったアルか」
「たい焼きっつーか、あんこ食いたい気分なんだよ」

銀さんと神楽ちゃんがわいわいやっているのを見てから、姉上に視線を向けた。
姉上は先ほどまで歩いていた道の先を見ていて、そこにあるぬかるみに気づいたようだった。

「アネゴ!アネゴは何食べたいアルか?」

神楽ちゃんに呼ばれた姉上の頬は、やっぱり赤くて。
なんだ、コレ。と思わずにはいられない。だって、こんなの。
きっと銀さんは何も言わない。姉上も言わない。
互いにわかっていて、何も言わない。
神楽ちゃんは気づいていなくて、僕も気づかなかったはずのこと。

「あら、銀さん。肩に花びらが」
「ん?さっきの桜か?」

姉上が取ってあげようと伸ばした手と、自分で取ろうとした銀さんの手がぶつかった。

「……ごめんなさい」
「……いや、悪ィな」

きっとコレを見ても気づかなかった。ふたりの様子、いつもとさほど変わらないから。
けれど、よく見ていた今だからわかってしまったのだろう。

「ああ、ちくしょー」
「ん?新八、何泣いてるアルか」
「何でもない!」

もどかしくも見えてしまったのだ。
さっさとくっつけ!と、言ってしまいそうになるもどかしさ。お互い想い合ってるのにそれを隠そうとしているこの感じ。
それが大好きな姉上だったから、否定してやる!と思っていても、一瞬、心の中で叫んでしまったのだ。

「ツッコミやめたい……」
「どうした新八。花粉症アルか」
「うん。涙で前が見えない」

最近の銀さんの様子が何か変だったのも、一緒に食事をすることが増えたのも、仕事を見つけてくるのも。
きっと。
知らない方が良かった。
なんて、今さら思ってももう遅い。
いつか、一瞬の心の叫びが声に出てしまいそうで。

「認めねぇ!認めねぇぞ!!」

さっさとくっつけ。そんなこと、一瞬でも思った自分に。

end


銀妙もなかなか書けないから、視点変えたら書けるかなと思って新八視点!
たまには別キャラ視点にしようかと思ったけど、新八書きやすいから……。
さらっと書いたものなので、さらっと読んでもらえたらと思います。
お粗末さまでした!

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