あまじょっぱいプロポーズ、みたいなもの

「あ、旦那!ちょっとちょっと」

後ろから呼び止められ振り返ると、団子屋の親父が手招きしていた。
ご馳走でもしてくれるのだろうかと足先を向ければ、今朝方まで降っていた雨の溜まりが跳ねる。
ほい、と押しつけるように手渡されたものはずっしりと重く、甘く香ばしいにおいが漂った。

「みたらし団子か」
「そう、自慢のみたらし団子だ」
「くれんの?」
「そんなわけないだろ」
「あ?」

親父は腰に手を当てると、くっと体を反らした。トントンと腰を叩き、ふーと息を吐き出す。

「お妙ちゃんに持ってってあげて」
「あいつのかよ。俺は宅配業者じゃねーぞ」
「金さえ払えば何でもやる万事屋だろ」
「金」
「ツケがある」
「チャラ?」
「バカ言え。団子配達したくらいでツケがチャラになるかい」

頼んだよと親父は手を振って店内に入っていった。
ちらり、視線を落とす。かなり重いが一体どれだけの量が入っているのか。
銀時は、仕方ないと呟き志村邸に向かって歩き出した。


****


見慣れてしまった門をくぐると、勝手知ったると玄関の戸を開ける。

「おーい、お妙ー」

ブーツを脱ぎながら呼びかける。
奥の方から騒がしい音が聞こえてきて、銀時は訝しげに眉をひそめた。
だだっ広いこの家に、妙と新八の二人暮らし。静かな時の方が多い。それに今日は新八は出かけているはずだ。何度もお通ちゃんがどうとか言っていたのだから、やっぱり止めたということはないはず。
それならゴリラがいつものようにストーカーしてるか、九兵衛が遊びに来ているかのどちらかだろう。
と、思った銀時の前に、のそりと何かが現れ影を作った。

「…………ん?」

白い物体。いや、エリザベス。

「うおっ!?な、何でお前が……」
「どうしたエリザベス。来客か?」
「は?づ、ヅラぁ!?」
「ヅラじゃない。今の私はヅラ子よ」

身体をくねらせるのは、長髪をまとめ真っ赤な口紅を塗り、白いフリルのエプロンをつけた桂だった。どこからつっこめばいい。と、銀時は口の端をひきつらせた。

「おーい、ヅラっち。どーしたー?」

今度は誰だと視界を遮るエリザベスの向こう側を、身体を傾けて覗く。
銀時と似たような体勢で、居間から顔を出していたのはハタキを持った長谷川だった。ダンボール装備である。
何だこの面子。銀時は訝るように眉を跳ね上げる。
桂と長谷川を交互に見ていると、ひょこり、長谷川の上から今度は妙が顔を覗かせた。

「銀さん。どうしました?」
「どうしましたって……届け物?」
「届け物?」
「団子」

あら、と妙は目を丸くさせて銀時の側に歩み寄る。

「取りに行くってお伝えしたのに」
「たまたま店の前通りかかったら親父に頼まれた」
「そう……あとで支払いしに行かなきゃ」
「え、金払ってないの?」
「ええ。さっき電話で注文しといたんです」
「金も払わず、ね……信頼されてるってことだよな」
「銀さんみたいにツケで、なんてバカなことしませんもの」

ぐ、と銀時は言葉を呑み込んだ。ツケのせいでここまで配達することになった銀時の耳には痛かった。
話題を逸らそうと、銀時はわざとらしく咳払いをすると、桂とエリザベス、そして長谷川に指先を向けた。なぜコイツらがいるのかと。
妙は少し考え、

「普段掃除しないところを掃除してたんですけど、この広い屋敷でしょう?」

ニコッと笑って答える。

「いや、だから何でコイツらがって」
「そんな事もわからんのか銀時。遊びにきたに決まってるでしょーが!」
「いや、わかんねーよ!何でテメーがここに遊びに来るんだよ!ゴリラが出入りしてる屋敷に!」
「だからこうして変装している!」
「ただの女装だろ!」

コイツら仲良かったっけ?と疑問が浮かぶ。
長谷川はわかる。妙の店に飲みにいくこともあるし、この家にも何度か来ている。
長谷川と桂はわりと仲がいいらしいので、その繋がりかもしれない。それでも妙と桂が並ぶのは違和感があった。もちろん、面識はあるのにだ。

「お妙殿、俺が担当していたところはだいたい終わったし、団子も来たことだ。休憩にしてもいいのではないか?」
「そうね、そうしましょう。お茶用意しますね」
「うむ。あついお茶を頂こう」
「ってオイ!お前ら!」

何の説明もなく団子だけ取り上げさっさと行こうとする妙と桂を、銀時は思わず叫んで呼び止めた。
ふたりは同時に振り返る。

「何ですか銀さん」
「もう、私たちこれからお茶にするんだから邪魔しないでちょうだい」
「そのキモイ声やめろバカ!つーか、なんでテメーがここにいるかの説明きいてねーし!」
「話す必要が?」
「あるだろ!」
「なぜだ」
「なぜ!?なぜって……そりゃお前……あれだよ……ゴリラとはいえ年頃の娘のいるとこに男が上がりこんだらだな……色々とあるだろ。ご近所さんの目とか……」
「そんなのお前も一緒だろーがコルァ。誰がゴリラって?」
「あだだだだだ!!」
「エリザベス、説明してやれ」

スタスタと奥に行ってしまった妙と桂の背中を見送ると、視界の横からにゅっとエリザベスが現れる。エリザベスの持つプラカードにつらつらと書かれていたのは、桂たちがここにいる経緯だった。
どうやら、長谷川はもともと志村邸にいて、その長谷川に桂が会いに来たようだった。
長谷川は連日の雨のぬかるみで、寝るところに困って妙を頼ってきたらしい。そのお礼にと雨漏りしていた屋根を直していたところ、桂とエリザベスがやってきて手伝いをしている。ということのようだ。
掃除はそのついでだろう。

「ふーん……」

理由はわかったが、釈然としない。
銀時はずんずんと廊下を進み、閉まっていた襖を開け中に入ると腰を下ろした。横の妙が目を丸くさせている。
テーブルに山盛りになっている団子に手を伸ばし口いっぱいに含んだ。

「銀さん……それ俺たちの……」
「うるせーマダオ。糖分があるとわかって俺がそのまま帰るわけねーだろ」
「何いばってるんですか。食べるなら手伝ってくださるんですよね?」

銀時は少し怒気のある妙の問いには答えず、前に座る桂をジトリと見る。
桂はもくもくと団子を頬張っていた。

「男の嫉妬は見苦しいぞ」

ぼそり。桂が呟く。
銀時の眉間に皺が刻まれた。
それは自覚していたが、桂が女装しているせいなのかいまいち嫉妬心が形にならない。中途半端にモヤモヤっとするだけだ。気分が悪い。

「そういえばお妙殿」
「はい?」
「屋根の一部が変に薄くなっている箇所があってな。取り替えておいた」
「薄く……?」
「おそらく、近藤だろう」
「まあ。今度会ったら目潰ししなきゃ。ありがとうございます、桂さん」
「大したことではない。銀時よりは俺の方が頼りになるだろうがな」
「それは間違いなく」

ぷっ、と長谷川が小さく笑った。銀時がキッと睨みつけると長谷川はふいと視線を逸らす。

「あ、桂さん。お茶のおかわりは?」
「貰おう」

むかむか。湧き上がる思いに吐き気がする。
妙は人を見た目で判断するようなことはしない。自分に対してストーカー行為をする近藤にも、いざとなれば信頼しているくらいだ。それは、近藤の人柄や武士道といった根っ子にある部分を理解しているということ。
つまり、顔がいいから、ということだけで判断するようなこともしないと言いたいわけだ。
土方に対する妙の態度を見ていてわかる。銀時は土方をイケメンだとは思っていないが、あくまで一般論。顔がまあいい方の土方や沖田を見て顔色を変えたことなど一度もない。性格に難ありと知っているから、という可能性もなきにしもあらずだが。
妙が反応を示すことがないからと安心していたのは確かだ。
だが今、不安になってきている。桂を相手にだ。ありえない。こんな女装しているようなヤツに。嫉妬などばかばかしい。

「……銀さん。声に出てるけど」
「黙れダンボール」
「ダンボール!?」

美形だろうがなんだろうが桂はないだろう。ないない。ありえない。何がありえないって、ヤツは人妻好きだ。と、銀時はついに頭を抱えた。
なぜぐるぐると否定する理由を探しているのか。

「人妻!?」

ハッとしたように銀時は声を上げた。
妙が呆れたようにため息をつく。

「……銀さん、何言ってるんです?」
「まだ人妻じゃねーぞヅラァ!婚約中ってだけで!」
「婚約?銀さんそんな相手がいたんですか」
「お前のことだろーが!」
「あらやだ。いつ私と銀さんが婚約なんて……」
「してないけどしただろ!」
「無茶苦茶だな」

今度は桂がため息をつく。
視界の隅で長谷川が口元を押さえ体を小刻みに震わせているが今は無視だ。構ってる場合じゃない。

「つまり、俺がお妙殿に手を出すかもしれないと」
「…………」
「親友の妻を、などと俺が考えていると」
「桂さん。私銀さんの妻じゃありませんよ」
「そこは今はいいだろ!つーか親友でも何でもねーよこんなやつ!」

銀時は声を荒らげるが、桂も妙も顔色を変えない。
だからだろうか。ひとり喚いていることに余計に苛立ちがこみ上げるのは。それをぶつけるように銀時は桂を睨みつける。女装しているのが本当に腹立つ。

「桂さんて、人妻が好きなんですか?」

妙が首を傾げた。

「うむ」

恥も何もないのか、桂は肯く。

「ちょっと意外です。桂さん真面目だから、そんな風に見えないわ」
「だがこの男とは違い節操なくなんてことはないし、相手の気持ちを尊重する」
「誰が節操ないって!?」
「だから心配する事はない。お妙殿が誰の妻になろうと、こうして手伝いに訪れるような関係性でいられたらと思っている」
「まあ、素敵」
「素敵じゃねーよ!つーかこっち見ろ!オイ!」

銀時が口を挟んでも、ふたりは見向きもしない。イライラと銀時は青筋を立て、視線を逸らす。いつの間にか長谷川の姿がないと思ったら、猫のように丸くなって畳を叩いていた。そんなに面白いか。
銀時は視線を戻した。
このまま声を荒らげていても桂と妙はマイペースに話し続けるだろう。
構わなければいい。それだけだ。甘くて辛い美味なみたらし団子を、一気に串から外し口いっぱいにして咀嚼する。

「ちょっと銀さん。お団子残しといてくださいよ。新ちゃんと神楽ちゃんの分もあるんですから」
「……俺の分は含まれてた?」
「はい?」
「最初から、俺の分は含まれてたかって聞いてんの」

ムスッとした顔で、銀時は妙を睨んだ。
ため息をついたのは桂。

「このくらいで嫉妬していては先が思いやられるな。お妙殿、この男とは別れた方がいい」
「やだ桂さん。別れるも何も、もともと付き合ってなんかいませんよ」
「だが、先ほどの銀時のあれはプロポーズみたいなものだろう?」
「え?」

ボフゥッ、と。銀時は盛大にみたらし団子を吹き出した。
汚ェ!と長谷川が叫ぶが銀時の耳には入らない。
プロポーズ。考えてみればそうだ。付き合ってはいないが、妙は銀時の気持ちに気づいているし、妙もまんざらではない態度は示していた。ただ、形として恋人ではなかっただけで。手も繋いだことないけれど。いずれそうなる事はわかっていた。
だけれども。
銀時はそろりと妙を見る。
言われて、妙も気づいたらしい。そういう関係になるのだと、周囲は知っていたことに。
真っ赤な顔で口をぱくぱくさせているのは、今そういう意識を持ったのだろう。散々夫婦だと近所にからかわれてきたおかげで、スルースキルがついてしまったが故に。
恋人も結婚も、考えもしなかったのだろう。

「ふむ……まさかこんな可愛らしい反応をされるとは」
「テメーにはやらねーからなヅラァ!!」
「ヅラじゃない、今の私はヅラ子よ」


end

桂妙じゃないけど桂妙っぽくしてみたかった。ヅラ子だけど。
志村家の掃除と屋根の修理って本当便利。
エリザベスが行方不明になってると気づいたのは書き上がった後だった……!
夫婦とか家族とか言われすぎてマヒしてるお妙さん(と銀さん)でした。……そのつもりでした。お粗末さまでした!!

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