distance

距離感というものは、人によってかなり違ってくる。
その距離感を見つけるのは簡単なようで難しく、計り知れないもの。

「あ、やべ……洗剤切らしてたの忘れてた」

買ってこいと新八に頼まれてたんだった、と隣を歩く男は呟く。

「そこのコンビニ寄っていきますか?」
「ああ……いいわ、一日くらい平気だろ」
「でも……」
「いいって。お前の仕事の時間ギリギリだろ?別にあとで買いに行ったっていいし」

そう言われて、妙は頷くしかなかった。
出勤前の買い物で、たまたま街中で銀時と会い荷物を持ってくれる事になった。
妙の右手に軽い荷物。銀時の左手に重い荷物。
お互いに片手はあいている。
けれど、その手を繋ぐことはない。
二人はつき合っていて、恋人同士のはずなのに。

「銀さん。荷物ありがとうございました」
「おう」

志村邸の門の前。
銀時から荷物を受け取った妙はぺこりと頭を下げた。

「じゃあな。仕事頑張れよ」

ひらひらと手を振りながら、銀時は妙に背を向ける。

「あ……銀さん……!」
「ん?」

振り返った銀時の顔を見て、妙は言葉を詰まらせた。
なぜ呼び止めたのかがわからないからだ。
何かを言おうとしたのか、訊ねようとしたのか。
不思議そうな表情をして妙の言葉を待つ銀時に、妙は何も言えず目を泳がせる。
一言、何でもないとそう言えばいいのではないだろうか。
けれど言葉は出てこない。
逸る気持ちのせいで思考は働かず、焦りだけが妙を支配する中、銀時が動いたのを視界の端に捉えた。
一瞬、何をされたのかわからないほど自然にそうされた。
けれど、認識できるほどその時間が長かったおかげで、顔に熱が集まるには充分でもあった。
唇に感じるものは、幾度と交わされたもの。

「……え」
「ん?違った?キスしてほしかったんじゃねーの?」
「ち、ちが…………うわけじゃ……ないかもしれないけど……」
「どっちだよ」

銀時はフッと笑った。
好きな人との口づけだ。して欲しくないわけではない。
自分で自分の気持ちがわからず、妙は混乱する頭で銀時の背中を押す。

「私、遅刻しちゃいますから……銀さんは忘れないうちに洗剤買ってください」
「お、おう……」

ぐいぐいと押し続けていると、その力が軽くなった。銀時が歩き出したからだ。
遠ざかる背中を見送って、妙はふうとため息をついた。
二人の中は良好で、一緒の時間を過ごす事も多い。
好きあった者同士がやるような事もしている。
妙は銀時が好きで、銀時も妙が好き。それはお互いに感じていること。
それなのに、時々思ってしまうのだ。
本当に、好きなのだろうかと――

「どう思います?」
「どうって……」
「男の人ってどうなのかしらって」
「知らねェよ。つか、飲みに来て何で指名した女の恋愛相談受けなきゃなんねーんだよ。しかも相手はあの野郎だし」
「女の子の話を聞いてやるのはいい男の条件ですぜ、土方さん」

カラン、と氷が音を立てた。
妙の横には土方と沖田が座っていて、二人とも時々こうして指名をしてくれるお得意様だ。
昔は近藤の迎えだったり、付き合いだったり、頼みごとだったりと、理由があって訪れる事はあっても、ただ飲みに来たという事はなかった。
それがいつの間にか、こうして酒を求めて来てくれる事が普通になっていて、指名までしてくれるようになっていた。面白いものだと、改めて思う。
沖田が妙の出した酒を煽りぼそりと呟いた。

「確かに、旦那って意外と淡白なんだと思ったりはしたかもしれやせんね」
「あんたはそれが不満なのか」
「いいえ……不満ではないんです。私もあまりイチャイチャしたりとか……その、よくわからないですし……。ちゃんと私のこと想ってくれているのはわかるんですけど……」

普通はもっと距離が近いのではないかと思う。妙はため息混じりに言葉を漏らした。
先ほどの買い物帰りの時も、お互いに手はあいていた。恋人なら繋ぐものではないのだろうか。
繋ぎたかったわけではない。繋ぎたくないわけでもない。
ただ、どうして自分たちの距離感はこうなのかと不思議には思うのだ。
不満でも、不安でもないけれど。

「それはもう、旦那に聞くしかないんじゃないですかィ」
「何をですか?」
「イチャイチャしないのかって」
「……沖田さんは恋人とイチャイチャしますか?」
「さあ……恋人がいた経験はありませんので」
「土方さんは?」
「土方さんはヘタレなので何のアドバイスもできやせんぜ」
「何でテメーが勝手に答えてんだ。って、誰がヘタレだコラ」

沖田と土方が掴み合うのを横目に、妙はううんと唸った。
そもそも、イチャイチャとは何だろうか。
考えれば考えるほどわからない。
せっかく好きな人と大切な時間が共にしているのだから、もっと何かあるのものだと思うのに。

「あの野郎の話してたら気分悪くなった。帰る」
「え、あ……土方さん!」

妙は本当に帰ろうとしている土方の跡を慌てて追った。
こんな風に帰らせてはキャバ嬢失格だ。

「土方さん!」

外に出た所で妙は土方の着物を掴んだ。
振り返る土方の表情は特に怒っている様子はなく、いつも通りに見える。

「ごめんなさい、私……」
「ああ、別にあんたのせいじゃないから気にすんな。こっちこそ悪かったな、態度悪い帰り方して」
「いえ……その……ごめんなさい……」
「だから違うって」

土方は少しだけ笑った。それは、本当に気を悪くしたというわけではないように見えた。

「土方さんも女の扱いくらい覚えた方がいいですぜ」
「そりゃお前もだろーがドS王子」

土方も沖田もいつもと変わらない。
妙はホッと安堵する。
仕事に私情を挟んではいけない。この二人だからと油断したのがいけなかった。
聞いてくれると勝手に思ってしまった。

「……余計な事かもしれねーが、あの野郎は相当あんたに惚れ込んでると、俺は思うぜ」

紫煙を吐きながら土方は言った。
素っ気ない言い方だが、気を遣ってくれている事も、本当にそう思っている事もわかる。
妙は微笑んだ。

「何だァ?揉め事か?」

賑やかな夜の街中だというのに、その気だるげな声はよく通って聞こえた。
銀さん、と妙が男の名を呟く。
銀時は訝しげに妙と土方を交互に見た。

「何かあった?」
「何もねーよ。ただの見送りだ」
「ふーん。まあいいけど、俺の女口説いても無駄だぜ」
「知ってるよ」

妙への態度とは打って変わって、土方は苦々しげに言葉を吐き出す。
コイツの顔は見るのも嫌だと、土方は妙だけに軽く挨拶をして足早に人並みに溶け込んでいった。
じゃあ俺も、と続く沖田の表情はどこか含みがあり、また何か悪巧みでもしているのかもしれない。
ぼんやりと二人の背を見送り、妙は銀時に視線を移した。

「今日はどうしたんです?飲みに来てくださったんですか?」
「いや、お前の迎えに来た」
「あら……まだ少し早いですよ?」
「あー……なんつーか……」
「ん?」
「お前、ちょっと変だったから気になってな。悩み事か、困った事でもあるのか……話くらいなら聞くけど?マヨラーやドSよりは親身になってやれるし?」

妙は静かに微笑んだ。
先ほどの態度を気にしてくれていたのかとわかると、胸が優しく締めつけられる。
沖田が銀時に聞くしかないと言っていたが、その通りだ。答えを持っているのは銀時なのだから。

「銀さんと私の距離って、恋人のそれとは違うのかしらって思ったのよ」
「そうか?」
「不満ではないわ。心配して迎えに来てくれるくらい私を想ってくれてるって解ってますから。ただ……何でかしらって、ちょっと思ったんです」

銀時は少し考えると、ふむと頷いた。
ちょいちょいと手招きされ、妙は銀時のそばに寄る。手を握られ、店の横にある路地に入ると、銀時は手を握ったままもう片方の手で妙の頬を撫で唇を重ね合わせた。
熱い舌が口内に侵入してくると自然と身体に力が入る。
長いような短いようなキスを終え、妙は呼吸を整えようと胸に手を当てた。

「……銀さん…………」

潤む目で銀時を見上げれば、銀時は切なげに微笑んだ。

「俺は、お前が思ってるよりお妙のことが好きだと思うんだけど」
「……どうかしら?」
「そうだって。ただ……あー……なんつーかよォ……」
「何です?」
「……お前とただ一緒に過ごせるだけで幸せっつーか……」

頬を染め照れているその姿は珍しく、妙の心臓がきゅんと高鳴った。
一緒に過ごせるだけで幸せ。それは妙も同じだ。
多くを望んではいない。ただ一緒の時間を、空間を共有するだけでいい。それだけで簡単に満たされてしまう。

「俺が一番欲しいものをお前がくれるから……それ以上どうこうってのがない……のかもな……。それでも人並みにはキスしたい欲求とか、体温を感じたいとか、もちろん性欲だってあるしっつーか……」
「ふふっ」
「何で笑うんだよ」
「私って愛されてるのね、って思って」
「そうだよ。めちゃくちゃ愛されてるんだよお前は」

こんな風に、銀時の本音を聞けただけでも幸せ。
ちゃんと好きなんだと解るには充分だ。
妙は銀時の頬を包むと、唇にそっと自分のを重ねた。

「そろそろ戻らないと。あと少し待っててください」
「お、おう……」
「銀さん」
「ん?」
「今日は……ずっと一緒にいたいです」
「……俺も」

笑いあって、もう一度だけキスをして。
ああそうかと、妙は心の中で笑った。
恋人同士しかしないこと。そんなの、距離は最初からゼロでしかなかったのだと。

end

もともと家族みたいな関係で、つき合ってもその関係の延長線だとステキ。
理想でもある銀妙です。
二人でする会話の内容はほぼ新八神楽だと嬉しい。
そんで時々恋人関係の二人になればいい……。
お粗末さまでした!

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