愛情と恋情

※現パロ

きっかけは、多分優しく頭を撫でてくれたあの瞬間だったと思う。
あたたかくて、心地よくて、この時間が続けばいいのに、と。
抱いてもどうしようもないとわかっていても、大切にしたい想いだった。

「おい、志村」
「え?」

振り向けば銀時が立っていた。
考え事をしていると、現実に戻ってきた瞬間いつも惑う。
周りの風景と自分の時間の感覚が歪んだように感じて、そのズレを直すのにほんの僅かな時を要した。
それは、相手からしたらおかしな間なのだろう。
眉をひそめられ、妙は慌てて、しかし冷静に笑顔を作った。

「何?坂田君。先に帰ったと思ってたのに、寄り道でもしてた?」
「……お前、今何考えてた?」
「新ちゃんのことよ。今日は部活で遅くなるかもって言ってたから、夕飯はどうしようって」
「お前新八から料理しなくていいって言われてたろ。どうせ作り置きあるんだろうし、そんな悩むことじゃねーじゃん。信号が青になったの気づかないほどにさ」
「え?」

見れば、青信号が点滅していた。もう渡ることはできない。
そんなに考えて込んでいたつもりはなかったのにと、妙はそっとため息をついた。

「……志村……明日さ」
「ん?」

止まっていた車が走り出す。
目の前を通り過ぎていく車を見ながら、銀時はあーうーと言葉にならない音を発していた。
妙は小首を傾げながら、何かを言おうとしている銀時を見つめる。
また少し、身長に差ができてしまった。
男の子だもんね、とほんの少し寂しいような、けれど嬉しいようなくすぐったさに妙は口元をゆるめる。

「明日、何?」
「……明日、お前と新八がこの街に引っ越してきてから五年になるだろ」
「そうね……もう五年経つのね……」
「ん。だから、祝いってわけじゃねーけど、ケーキでも食べないかって」
「え?」
「松陽がな!」
「……!う、うん、坂田君のお家、お邪魔していいの?」
「おう……アイツ、えらい張りきっててな」
「そう……嬉しい」

心に温かいものが灯った。
あの優しい笑顔が浮かんで、嬉しくて顔が熱くなる。
信号が青に変わりメロディーが流れると、今度はしっかり歩き出した。
妙がこの街に引っ越してきたのは、中学に上がったばかりの頃だった。
父を亡くし、家族が弟の新八だけになってしまった。
親戚はおらず、頼れる大人はいなかった。
そんな時、手を差し伸べてくれたのは父が借金をしていた人だった。
この街に連れてこられ、学校の転校手続きや生活に必要なものは全て用意してくれた。
けれど、良くしてもらっていたのは最初だけ。
子どもでもお金を返せる方法があると、見下した目で笑っていたあの顔は今でも忘れられない。

「あ、志村。ちょっとコンビニ寄っていい?」
「ええ。私は外で待ってるわ」
「悪ィな。すぐ戻るから」

片手を挙げ小走りで数メートル先のコンビニに向かう銀時の背を見つめる。
彼との付き合いも五年。
妙は雑誌コーナーにいる銀時を覗きながら、両手を後ろで組んだ。
あの日。
金を返せと強要する大人に囲まれ、もう駄目だと思った時に助けてくれたのが銀時だった。
人相悪い奴らが今日転校してきたばかりの女の子囲んで、まるで漫画やドラマみたいなシチュエーションだと偶然そこを通っただけだった彼は笑って言った。
同じクラスの男子、と認識した時だった。彼の後頭部が殴られ倒れ込んだのは。
その後のことはあまり覚えていない。
気づいたら、人相の悪い大人たちは頭にいくつものたんこぶを作って気絶していた。
立っていたのは、優しく笑う穏やかな人。

「ねえ、君」

ハッとした。
また現実に戻され、風景と時間の感覚のズレに一瞬呼吸を忘れる。
目の前には、香水のにおいを振り撒く知らない男の人。

「可愛いね。よかったら話さない?」
「……いえ、私ここで彼を待ってるので」
「彼氏?いいじゃん、ちょっと話すくらい。彼氏にはメールでもしてさ」

腕を掴まれた。
いつもなら反射的に投げ飛ばしていたところだが、今日は深く考え込んでいたからか、身体は思うように動かない。
志村、と銀時の声が聞こえた。

「いだだだだだ!」

掴まれていた手が離れ、男が悲鳴をあげる。

「困りますよ、うちの可愛い娘に手を出してもらっては」
「あ……しょ……」
「松陽てめぇ!」

妙の声にかぶせるように、なぜか銀時の怒声が響き渡った。
無理な方向に腕を曲げられていた男は解放され、泣きながら逃げていく。
あっという間の出来事。
呆然としていると、にこりと微笑まれ胸が高鳴った。

「あ、あの、ありがとうございます!」
「いいえ。たまたま通りかかっただけですから。あのくらい、あなたならやっつけられましたかね。でもやっぱり女の子ですから心配で心配で……」

優しく頭を撫でられた。
あたたかくて、とても優しい手のひら。

「松陽……」
「おや、銀時。ダメじゃないですか。女の子はひとりになった瞬間に狙われるものなんですよ」
「うるせーな……お前が来なくても、すぐに駆けつけられたっつーの」

脱力した銀時の手にはジャンプが入ったレジ袋。
今日発売日だっんだと、ぼんやり思う。
駆けつけられた。
いつもなら、ぶん殴って自分で解決できるだろうと憎まれ口を叩くのに。
何か違和感を覚え、妙は僅かに眉を寄せた。

「おっと、そろそろ行かなくては」
「あ……お出かけですか?」
「ふふ、明日のためにね」
「明日?」
「ん?銀時から聞いてませんか?」

首を傾げた松陽は銀時を見る。
その目から逃れるように、銀時は顔を背けた。なぜか脂汗を浮かべおり、妙はまた眉を寄せる。
居心地悪そうにする理由など、銀時にはないはずなのに。

「あの、松陽さん。私たちがこの街に来てから五年経つって覚えててくださったんですね」
「もちろんです。まあ、一番気にしていたのは彼でしょうけど」
「坂田君……?」
「ふふ……では、明日。楽しみにしてます」
「あ……はい」

それでは、と手を振る松陽の笑顔は穏やかで嬉しそうで、けれどほんの少し意地悪も含まれているように見えた。
銀時に対してだろうか。
ちらりと銀時を見ると、真面目な顔の彼と視線が絡んで不覚にもドキリとしてしまった。

「さ、坂田君……?」
「志村……俺は……」

俺は、の続きを呑み込んだ銀時は、くるりと背中を向け帰るぞとズンズン進んでいく。
何かとても大事な話があるようだった。
気になるけれど、銀時は言うのを躊躇った。ならば、待つべきだろうか。
妙は首を振ると、先を歩く銀時のあとを追った。
隣に並び、ちらりと顔を盗み見る。難しい顔をしていた。
明日のことと関係があるのかもしれないと、何となく思う。

「……松陽、なんだけどよ」
「え?」

低く呟かれた名前に心臓が跳ねた。

「あいつ、結婚すんだと」
「……け、っこん……?けっこん…………そ、そうなの……」
「うそ」
「……は?」
「うそ」
「な、何よそれ!」

妙は顔を真っ赤にして銀時を睨みつける。
何て意味のない嘘だろうか。
からかうつもりならば、こんな直ぐに嘘とはバラさないだろう。
銀時は妙の気持ちを知っている。
それなのに。

「……あいつはやめとけ、って言いたかっただけだ」
「それならそうと普通に言えばいいじゃない」

そうだな、と銀時はそっけない態度で呟いた。
一体何なのだろう。何が言いたいのだろう。
妙は拳を握った。

「今はうそでも、もしかしたら本当になるかもしれないだろ。そしたら、お前が辛いだけだ」
「あの人が幸せになれるのなら心から祝福するわ」
「そんな簡単なもんじゃねーだろ」
「簡単よ。とてもね」

握った拳を胸に当てる。
妙は松陽が好きだ。あの日、あの瞬間から。
優しく頭を撫でてくれたあたたかさも優しさも、今でもはっきりと覚えている。
淡く抱いた恋心。
けれど、恋心よりも恩を感じる想いの方が強かった。
どうやったのかわからないが、松陽と出会ったその日のうちに借金もすべて無くなり、また頼るものがいなくなった妙と新八に手を差し伸べてくれた。いつでも力になると。
救ってくれた松陽に対して深い愛情がある。
恋心と、そして親を想う気持ち。
父に抱いているそれと似ているのだ。この想いは。
確かにある淡い恋心。けれど、それよりもずっと大きくて深い想いがあるから。
松陽が誰かと幸せになる時が来ても、心からよかったと思える。
嫉妬心はあるかもしれない。
それでも、きっと嬉しさの方が勝ると確信している。

「何で、そんな事言えんだよ……」
「……私ね、松陽さんに父親を重ねてるの。好きだけど、でも、重ねてるってわかるから」
「それでも、恋愛感情なんだろ」
「うん……」
「ほんと腹立つ」
「どうして坂田君が苛立つのよ」
「そりゃそうだろ。これから告白しようってのに、お父さんよりカッコイイ人じゃなきゃ嫌みたいな事言われたら」
「別に松陽さんと比べたりなんか…………え?」

立ち止まり、銀時を見つめる。

「……お前は、ここにいて、俺と付き合って、結婚して、子ども育てて、老後を過ごすんだよ」
「は……な、何勝手言ってるのよ!」
「松陽のこと好きでいても仕方ないってわかってんだろ!俺といれば、お前は本当に松陽の娘になれるしな!」
「こんな告白のされ方はじめてだわ!私はね、純粋にあの人が好きなの!」
「俺だって純粋だ!五年もお前に片想いしてたんだからな!」
「…………!」

めちゃくちゃな告白。
けれど、とても真っ直ぐだった。逸らしようがないほど、強く真っ直ぐに。
五年も片想い。それは、妙と同じだ。松陽に想いを寄せていた五年の月日と同じくらい銀時も妙を想っていた。
そんな事、妙は知らなかったけれど。

「……付き合えなくても、好きになれなくてもいい。けど、せめてここにいてくれ……」
「え?」
「ここはもう、お前の居場所だろ」
「居場所……?」
「だから、遠くに行くなっつってんの!」

肩を掴まれた。
掴むその手には力が込められており、妙は痛みで顔を歪める。
しかし、銀時はそれに気を遣う余裕はないようだった。
ほんの少しだけ震えているのがわかり、銀時の目を見つめる。

「坂田君……もしかして、聞いてた?」
「……俺は……お前が松陽を好きでも、ここにいてくれるならそれでいいと思った。近くにいるならそれでって。離れる事なんて考えたこともなかった」
「らしくない」
「だな。それはわかってる。ただそれだけ、俺にとって志村の存在が大きいってことだ。一緒にいたい……これから先も」

いつも憎まれ口ばかりで、あまり本音を出さない銀時がここまで言う事に驚いて戸惑って不安になった。
銀時とは喧嘩ばかりだが、お互い信頼している仲がいい友達だ。
それが、崩れていってしまうような気がして。

「悪ィ……」

するりと、肩を掴んでいた手が放れた。
ハッとしたように顔を上げた妙の目に、穏やかに微笑んでいる銀時の顔が映った。
銀時と松陽は親子の関係にあるが、血は繋がっていない。
けれど、確かに松陽の面影が見えて妙は息を呑んだ。

「お前を困らせたかったわけじゃねーんだ。ただ……この街にいて欲しい。それだけだから……じゃあな」
「あ、坂田く……」
「明日、絶対来いよ!」

走り去っていく銀時に手を伸ばしたが、妙はそのまま黙って見送った。

「明日……」

どんな顔をすればよいのか。
銀時にも、松陽にも。
妙は脱力したようにその場にへたり込んだ。


to be continued


一話におさめられなかった……!
銀妙を同い年設定にすると、やたらと銀さんが子どもっぽくなるな〜……。
原作の大人銀さんのままで学生設定やりたいのに……なかなか……。
次の後編で終われると思います!だらだら書かないぞ……!

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -