桜カチューシャ

※ほんのり大人め


ピピピッ──
目覚まし時計の音が鳴り響いた。
その音の不快さに、頭を覆い隠すように布団を被るが、当然それで遮断されるということはなく、苛々と腕を伸ばし時計を探す。
手の甲にこつんと当たり、時計が倒れこもったような音に変わるも、不快なままなのは変わらず、何とか叩くようにして音を止めた。
途端にまた夢の中へと落ちていく心地良い感覚。
寝ている間にどこかへ行ってしまったらしい枕を無意識に求め、時計を止めた手をさまよわせた。
指先が何かに触れ、それを抱き寄せる。
自分より少しだけ高い温もりと、思わず身体を震わせてしまうような先だけ冷えた感触、吸いつくようなしっとりとした肌、甘く濡れた声。

「どわっ!?」

チュンチュンと、窓辺の雀の鳴き声が遠くに聞こえた。

「銀ちゃん?どうしたアルか?」
「…………」
「寝ぼけたアルか」
「……寝ぼけたアルヨー……」
「まだ夢の中にいるアルな。一発殴って……」
「はい起きた!いい朝だねおはよう神楽ちゃん!」

すくっと立ち上がると、顔を覗かせていた神楽は呆れたように引っ込んだ。
ご飯できてるヨ、と言葉を残し定春を呼ぶ。散歩に行くのだろう。

「…………今の、夢……?妄想?」

確かに抱いている枕に視線を落とした銀時は、ぼりぼりと頭を掻きながら深いため息をついた。
朝から色々と大変になるところだ。
夢とも妄想ともつかない、現実と夢の狭間。
たとえ夢であろうが妄想であろうが、銀時の知っているものだ。
体温も、感触も、声も。銀時のものであるし、つい二日ほど前にも堪能したばかり。
そんなにがっついているわけではないが、多少無理をさせてしまったくらいだ。
足りなかったわけではない。

「底なんてないだろうな……」

求めたが最後。
底がないからこそ、いつまでも求め続けられる。
だから溺れるし、嵌まれば中々抜け出せない。
人に理性があって良かった。いや、理性があるからこそ求めるのか。
考えたところで無駄だと、銀時は自嘲すると甘い疼きを追い払うように顔を洗いに向かった。


****


いつもと変わらないかぶき町の風景を眺めながら歩く。
家でゴロゴロしていると思い出してしまいそうだからと外に出たものの、目的地もなくただ歩いても時間は中々潰れない。
いっそ会いにいってしまおうか。
そう思った時だった。

「銀さん」

呼び止められ振り返れば、長谷川がニヤニヤと笑って手を振っていた。

「何だよ、そのきもい笑いは」
「きもいとは失礼な。ちょちょ、銀さんこっちこっち」

肩を組まれ狭い路地に入る。
何だと聞けば、長谷川はごそごそと懐を漁った。
取り出したのは、

「いいもん見つけてさ。銀さんに貸してやろうと思って」
「ん?」

AVだった。
ああ、と気の抜けた声が出て長谷川が眉をひそめる。
こういった物の貸し借りをする仲だが、最近はめっきり減った。
それどころか、手に取る事も減ったように思う。
コンビニに行って成人向け雑誌のコーナーを素通りするようになったのはいつからだっただろうか。

「銀さん、好みじゃなかった?」
「いや……好みじゃねーとか、そういうんじゃ……」
「あ、もしかして……お妙ちゃん?」
「………………」
「そうかそうか。お妙ちゃんいるから、必要ないって?でも、それとこれって別もんじゃない?」
「そうなんだよなァ……」

それはそれ。これはこれ。
いくら彼女がいようが妻と子がいようが、男は男だ。

「実はさァ……」
「うん?」
「こういうの、考えてもアイツのことばっか頭にあってさ。妄想でもアイツ汚してるみてェで罪悪感生まれるっつーか……」
「罪悪感って。とっくにそういう仲なのに」
「なんつーの……俺の中のアイツってさ」

言いかけた時だった。
視界に入った黒髪に目を奪われた。
短い丈の着物で脚を出したり、着崩して胸元を開けたり、そんな格好が当たり前の中、きっちりと着物を着た見るからに清楚な女性。
風に靡く黒髪が清廉さを表しているようで、美しいと思った。

「銀さん?どうした?」

長谷川の声にハッとすると、その女性もまるでそれに反応したように足を止めた。
振り返った顔を見て銀時は驚く。

「銀さん。長谷川さん。声がしたと思ったら……そんな薄暗いとこで何してるんです?」
「お、お妙……!」
「あれ、お妙ちゃん?後ろ姿見てもわからなかったよ」

ん?と首を傾げる妙は、いつも高い位置で結っている髪をおろしていた。
簪の代わりに美しい黒髪を彩っているのは、桜の花の装飾がついたカチューシャだった。
それだけで雰囲気は驚くほど変わるもので。
素直に、見惚れた。同時に、その清らかさに胸を抉られたような気分だった。
二日前のことを思い出し、ひやりとする。
妙の温もり、冷えた指先に、何度も銀さんと囁いてくれた甘く濡れた声。

「銀さん?どうしました……って、やだわ銀さん。こんな所で」
「え!?」
「もう、神楽ちゃんにはバレないようにしてくださいよ」
「え、あ、ああ……これか……」

持っていたAVに目を落とす。
少し前までなら、嫌悪感持った眼差しで軽蔑したものだが、今は男はそういうものだと納得しているようだった。

「銀さん興味ないって。お妙ちゃんいるからね」
「え?何ですそれ。銀さん病気?」
「どういう意味だよ」
「だって、男の方ってそういうのないとダメなんでしょう?」
「ダメって……つーか、お前何してんの。何で髪型違うの」
「お買い物行ってきたところです。行きつけのお店で、たまには髪型変えてみたらってこのカチューシャをオススメされたんで買っちゃったんです。似合います?」
「うんうん。可愛いよ。いつもと雰囲気違って、新鮮だし。ね、銀さん?というか、お妙ちゃんが聞く前に銀さんが褒めてやらんでどうすんの。彼氏失格だよ〜?」

バシッと長谷川に背中を叩かれる。
銀時は曖昧に頷くと、持っていた物を長谷川に押し返し妙の手を取った。

「ちょっと、銀さん!あとで貸してって言っても貸さねーよ?」
「別にいい。じゃあな、長谷川さん」

妙を引っ張り足早に進む。
自然と絡んだ指をちらりと見た銀時は、つま先を志村邸に向けた。


****


「今日は新ちゃん留守ですよ?ライブって言ってましたから」
「知ってる。だから来たんだよ」
「ん?」

来馴れた志村家の居間に座ると、妙はお茶を持ってくると銀時に背を向けた。
が、銀時はそれを制し、妙の腕を引いて腰に手を回す。
目を見開く妙の首筋に顔を寄せ、髪から漂う甘い匂いで肺を満たした。
くすぐったそうに身をよじる妙の後頭部を優しく掴み唇を重ねる。
ふ、と妙の甘い吐息が隙間からこぼれ落ちた。

「銀さん……?」
「うん。やっぱお前だわ」
「なに……?」
「いや、お前が髪おろしてんのって、ほとんど夜だろ。だから、外で見ると変な感じがして」
「何ですそれ。似合わない?」
「いや?びっくりするくらい綺麗でビックリした」
「ふふ、何おかしな事言ってるんですか」

うん、と銀時は頷くと再び唇を重ね合わせた。
今度は深く、ゆっくりと味わうように。

「…………お前さ、普段露出しねーじゃんか」
「はい?」
「出てるとこって言ったら、首とかうなじでさ」
「結ってますからね」
「けど今日はおろしてて、いつも見えてるとこが隠れてる」
「そうですね……?」
「見た目が清楚系だろ。武家の娘ってのもあるからか、綺麗なんだよお前。汚すの躊躇うような白っつーか……高潔っつーか……」

妙が訝しげに銀時を見つめる。
その瞳も美しく、気高い。
自分のような存在が手にしていいものではないのだと、そう思えてくるほどに。

「……だから、何ですか?私みたいな女は面倒?」
「ちげーって。そうじゃない。俺は、そういうお前が好きなんだと思う」

面倒というなら、そういう自分に対してだ。
妙を汚すことに罪悪感が生まれる。けれど、求めた。
銀時はそっと妙の身体を押し倒した。
畳に広がる黒髪。そしてそれを彩る桜のカチューシャ。
そのカチューシャが可愛らしいせいか、普段より幼く見えるも、妙の年齢を思えばおかしな事はない。
少しだけ妙の袖を捲れば細く滑らかな腕が白く輝き、ほんの僅かに胸元を指で押し広げればなぞりたくなるほど美しい鎖骨が露わになる。
街にいる若い女がするような肌の露出などない。
けれど、普段見えない場所がほんの僅かに見えるだけで妙の色気は増す。
色気がないとバカにしていた自分がバカであった。銀時は心の中で妙に謝る。
汚れのない肌を見ていると生まれる罪悪感。それが後悔になることはない。ただ、勿体ないと思った。
これだけ気高く美しいものが、自分によって淫らに乱れてしまうのは。
この美しさを護りたいと思う気持ちと、欲望のままに抱きたいという気持ち。
銀時の中の妙という存在は、とても清廉なもの。
それを自分のものにしてしまった今、他が一切目に入らなくなってしまった。
長谷川から借りていたものも、隠した場所でずっと眠っているのをふと思い出した。

「銀さん……。銀さんは……性に乱れる私は嫌い……?」
「まさか。もっと乱れてくれて構わないけど?」
「乱してくれるの?」
「言ったな。泣いて謝っても止めねェよ?」

そっとカチューシャを外した。
途端に、銀時だけが知る妙に変わったようでおかしくなる。
こうなると、高潔も何もあったものではない。
ただ男として、愛した女を求める。
抱える矛盾も気にならなくなるほどに。

「やだわ……銀さんに触られてから、もっと触ってほしいって思うようになっちゃったもの……」
「ああ、そういやお前、自分から俺を求めるようになったもんな?」
「銀さんのせいよ」
「いーや、お妙のせいだな。お前がそうさせてんだからお前が悪い」

俺だけが知っている。それを思うだけで熱く熱く疼く。
清らかさと、欲望の背中合わせ。
そのどちらも見ることができるのだから。

「残念なことに、お前以上の女はいねェわ」

肌を重ねた銀時は満足げに笑った。


end


小難しく考えることはない。要するに、
「ギャップ萌えでキミに夢中さ!」
……というだけの話である!回りくどいわ坂田!(お前がな)
銀さんは尻軽が好みだの、後腐れない女がいいだの何だの言いますが、本気になるのはそういうタイプではないと思いますのでね。
清楚系のお嬢さん相手だと色々と面倒くさい事考えそう。
そういえば銀さんって結野アナのファンだけど、ファンとして憧れるのと好きなタイプとかは別物なのかしら?
男の人ってどうなんだ……好きなタイプと好きな芸能人とか違うものなのだろうか……?とか考えてしまった(笑)
銀さんが口にするタイプって、フミ姐みたいな?結野アナって真逆じゃないの。男の人のこの辺の感覚が創作上気になるのです……。
カチューシャの存在も薄かったかな……清らかさを出したいための存在のはずが……まあいいか。
お粗末さまでした!

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -