友情と身内を盾に

※百合注意!


しんと静まり返った万事屋に、電話の音が鳴り響いた。
ジリリリリ、と十回ほど鳴っても他の物音は一切ない。それでも電話は鳴り続けた。

「……もしもし、万事屋ですけどォ……」

一向に切れる様子のない電話にようやく出た銀時は、寝ぼけ眼を擦りながら掠れた声で電話をかけてきた相手に心の中で恨み言をこぼした。
人が気持ちよく寝てるとこに。

「銀さん?あんた、やっぱり寝てたね」
「…………面倒ごとは御免だ。じゃ」
「ちょっと待って!銀さんに用があったわけじゃないんだよ!」
「んだよ……じゃあ何、新八か神楽?」

置こうとした受話器を再び耳に当てると、銀時はぽりぽりと頭を掻いた。
電話の声は日輪だった。どうにも面倒ごとの予感しかしないのだが、新八か神楽に用というのも奇妙な気がする。

「ずっと電話に出なかったって事は、今二人ともいないんだね?」
「ああ、出かけてるけど」
「そう……。ならやっぱり、銀さんに頼もうかねェ……」
「面倒ごとは」
「御免、だろう?でも……え、何……必要ない?いや、でもねぇ……」
「あ?」

どうやら日輪は電話の向こうで誰かと話してるようだ。誰か、って大体決まってるだろうけど。

「月詠、アンタは他にやる事あるんだろ……。子供たち二人だけに頼むのもあれだし、やっぱり銀さんに……あ、ちょっと!まだ立ち上がったら駄目じゃないか!」
「おーい、日輪さーん?こっち置いて話進めないでくださいますー?」
「……もしもし、銀時か。わっちが送り届けるのでぬしはいらん。じゃ」
「は?」

ガチャン、と電話が切られてしまった。
今のは月詠だ。電話の向こうで聞こえてきた声から察するに、何か問題事があったようだが。
しかし送り届けるとは。

「……まあ、いいか。眠いし……」

欠伸した銀時は、また布団へと戻っていった。


****


しとしと雨が降り続いていた。
湿気で髪のうねりがいつもよりひどいと、毛先つまんだ銀時はテレビを観ている神楽に声をかけた。

「おい、今何時だ?」
「もうすぐ11時アル」
「11時ぃ?新八はどーした、雑用のくせに何やってんだアイツは」
「今日は休ませてくれって」
「は?何で」
「アネゴがケガしたらしいアル」
「ケガ?」
「うん。アネゴは大したことないって、電話の向こうで笑ってたけど、新八は心配だから今日は休むって。ま、仕事もないし雨だしシスコンだから今日くらい大目に見てもいいと思ったアル」
「ケガねぇ……」

妙と最後に会ったのは一週間ほど前か。
銀時は妙の笑顔を思い浮かべる。

「あ、そうだ。ツッキーも新八ん家に来てるって言ってたヨ」
「あ?何で?」
「それは知らないアル」
「ふーん……」

そういえば、昨日の電話で送り届けるとか言っていたがまさか。
日輪は新八か神楽に用があるようだった。
だが、電話を鳴らし続けたのは銀時を待っていたから。

「……ちょっと出かけてくる」
「どこに行くアルか?アネゴのとこ?」
「ああ。月詠が来てるってのが気になるし」
「銀ちゃんって結構心が狭いアルな」
「はあ?」
「女の友情に茶々入れちゃダメネ」

神楽は口元に手を当て意地の悪い笑みを浮かべた。
意味わからん。
ぽつりと呟きながら、銀時は傘を手に玄関の扉を開けた。
しとしと雨は降り続く。
地面にできた水たまりがあちこちに広がっており、自然と歩調がゆるむ。
見舞いのダッツでもあった方がいいだろうか。ちらり、通り過ぎようとしているコンビニを見た。
しかしどの程度のケガかもわからない上に、らしくない事をすれば新八に何か言われそうで嫌だった。
結局、何も買わず足を志村邸へ進める。
よく考えたら、わざわざ妙の見舞いに行くのもおかしい気がしてきた。
外を出歩きたくない天気と、神楽がいないせいで。
大体なぜ神楽は一緒に来なかったのだろう。
いつもなら、私も行くアル!とついて来るのに。

「とか考えてたら、ついちまった……」

恒道館道場の門の前。
銀時は無意識に深呼吸すると、足を踏み入れた。

「あれ、銀さん?どうしたんですか?」

玄関で呼びかければ、はーいと返事をしながら慌ただしく出てきた新八。洗濯かごを抱え、驚いたように目を丸くさせている。
ああ、うん。銀時は歯切れ悪く頷く。

「姉ちゃんは大丈夫か?」
「え?姉上の事でわざわざ?」
「いや!別に違ェよ!?ただちょーっと気になったというか!俺は、別に……!」
「ちょうど良かったです。手伝ってくれるなら有り難いので」
「……え?」

新八は心底助かったというような顔で笑った。
思ってもいない新八の態度に困惑する銀時。

「姉上、立ち上がる事できないので家事は僕がやらなきゃいけないんです。掃除でも手伝ってくれるなら助かりますよ」
「立ち上がる事ができない……?」
「ええ、だいぶ痛むみたいで……」

大したことないのではなかったのか。
銀時は眉根を寄せると、ブーツを脱いだ。
姉上なら居間ですよ、と慌ただしく駆けていく新八の背を見送りながら廊下を進む。
居間の襖に手をかけ、

「よお、ケガしたって?」

軽く手を挙げた手がピタリと止まる。

「銀さん?どうしたんです?」
「……どう、って……」
「何かご用?」
「ご用がなきゃ来ちゃいけねェのかよ。つか、おま、なんつー格好で……」
「仕方ないじゃない。動くと着物がこすれて痛いんだもの」
「…………」

座椅子の周りと腰の辺りに置かれたクッションに寄りかかる妙は、珍しく足を伸ばしていた。
だが着物は太股まで捲り上げている。
パンツ見えんぞ、とセクハラ発言しようにも、白く細い脚が赤く腫れ上がっているのを見ては言葉も出ない。

「……切り傷……だよな……それも……」
「ええ、ちょっと刀で斬られました」
「ちょっとじゃねーだろ。炎症起こしてごふぁ!」

横っ腹に強い衝撃があり、銀時はその場に倒れ込んだ。

「じろじろ見るな変態が」
「て、てめぇ……何しやがる……」

ごほっ、と咳をしながら見上げると、月詠がゴミを見るような目をしていた。が、すぐにふいと顔を背けると妙の側まで歩み寄り、薄手の毛布をそっと太股にかけた。

「これで隠せば少しは気休めになるじゃろ」
「ありがとうございます月詠さん」
「……まだ熱をもっとるな……」
「ええ……でも昨日よりはだいぶ楽です」

眉尻を下げた月詠が傷の様子を確認するように妙の脚に触れる。
左足は踝から膝下にかけて伸びている赤い線。右足には膝上にざっくりした痛々しい切り傷がある。
刀による傷だとすれば、面倒ごとは思った以上のものなのではないだろうか。
銀時の表情が険しくなる。

「……っ!」
「すまん、痛むか?」
「いえ、大丈夫です」

しかし。
銀時の頬がぴくりと上がる。
傷ついた白く滑らかな脚を、白く細い指が這う。
何か、こう。

「おい……月詠……お前は何でいるんだよ」
「ぬしには関係ない」
「昨日も電話で必要ないとか言ってたよなァ……でも、わざわざ出ない電話を鳴らし続けたって事は何かあるからだろ?」
「日輪がそうしただけじゃ。今回の事はわっちに責任がある。銀時に頼るつもりは……」
「いやいやいや。何か思ったよりお妙の傷ひどいし?お妙が元気にならないと新八も仕事に来れねーだろうが」

ぐぐぐ、と月詠の手首を掴み妙から離す。
見えない火花が散った。

「……あの、月詠さん」
「む、どうした?」
「えっと……その……」

頬を赤らめ、もじもじする妙。

「お、て…………ぃ、に……」
「ん?」
「お手洗い……行きたいんです、けど……」

恥ずかしげに俯いた。
動けなとも生理現象はやってくる。
銀時が無言でいると、月詠はそっと妙の膝裏に腕を通した。

「ちょっと待て!どうするつもりだお前!」
「どうって厠に」
「厠で何する気だ!」
「何?厠でする事など決まっている」
「させるかァァァ!そんな事したら、おま、ダメでょーが!」
「銀さん、あなた何を言ってるの?」
「新八ィィィ!!何やってんだシスコンがァァァ!!ちょ、早く来てお願い!!!」

何事かと顔を覗かせる新八に銀時はホッと安堵した。
ちっ、と月詠が舌打ちしたような気がするのは気のせいだろうか。幻聴だろうか。
――女の友情に茶々入れちゃダメネ。
友情どころじゃないんですけど神楽さん。助けて。
あ、俺もパー子になればいいんじゃね?と意味の分からない事を思うくらいに、銀時は混乱していた。


****


「え、酔っ払い?」
「ええ、そうらしいです」

結局掃除を手伝わされ、ようやく一息つく頃には僅かな空の明かりとなっていた太陽は沈んでいた。
雨は上がったようだが地面の水たまりは大きくなっているだろう。
妙の部屋の前。
銀時は正座しながら新八の話を聞いていた。
襖は閉められており、中では妙の着替えを月詠が手伝っている。
襖にぴったりと寄り添う形で話をする事に、新八は怪訝な顔をしたが、何かあったら大変だからすぐに駆けつけられるようにだと無理やり納得させた。
月詠には変な気は起こすなと念を押した。もちろんクナイが飛んできた。

「吉原に来てた客らしいんですけど、暴れ回ってたらしくて。それを百華が追って、地上に出たところで」
「お妙に出くわした?」
「はい。偶然通りかかったみたいです……」
「それで斬りつけられた、か」
「たちの悪い浪人だったみたいですね」

新八がぐっと膝の上で拳を握る。
なるほど、と銀時は頷いた。
それでケガして吉原に運ばれ、日輪が万事屋に電話をかけてきたのだろう。
おそらくは、妙を迎えに来てほしいといった内容で。
やはり、月詠の送り届けるとは妙のことだったか。
銀時はムスッとする。
確かに妙を吉原まで迎えに行くのは面倒な事ではあるが、さすがにこんな事情があれば断るなどしない。

「すべての責はわっちにありんす」

突然スッと襖が開き、寄りかかるようにしていた銀時はバランスを崩し片手を畳につく。

「姉上、大丈夫ですか?薬は飲みました?」
「大丈夫よ新ちゃん。ちゃんと飲んだから」

新八が布団に横になっている妙に寄り添う。
妙の笑顔にホッと全身の力が抜けるのが目に見えた。

「その酔っ払いね、すごい逃げ足だったのよ」

妙が銀時に向けて言う。

「猿飛さんもビックリな俊敏さだったわ。ただ者じゃないわね」
「お妙……そう気を遣わんでいい」

月詠が申し訳なさそうに顔を歪めた。
これはまさか。

「もしかして、逃がしたのか?その酔っ払い浪人」

ぴくりと月詠が反応する。
どうやら、とんでもない失態だったらしい。
そういう輩を取り締まる百華の面目丸潰れというわけか。
それで万事屋にその浪人を探し出してほしいと、依頼しようかどうかと日輪は迷っていたのだろう。
自分たちのしでかした事。
始末は自分らでつけたいだろうと、月詠たち百華を思えばそう考えたはず。しかし、ケガをしたのが万事屋の身内である妙となれば、事情を話し協力した方がいいとも思ったのだろう。
だが月詠が拒んだ。新八と神楽はよくても、銀時は必要ないと。
ムカムカと銀時が苛立っていると、不意にガタンと天井から物音が聞こえた。

「頭!」

すたんと屋根から降ってきたのは数人の百華。

「頭、居所を見つけました!」
「そうか、ご苦労じゃった。すぐ向かう。と、いうことじゃ銀時」
「あ?」
「ぬしは帰れ。わっちは今からその浪人を捕らえにゆく」
「はあ?何でお前に指図されなきゃなんないわけ?」
「もう夜じゃ。帰る時間ではないのか?」
「どこのガキだよ俺は。朝帰り余裕なんだよコノヤロー」
「何でアンタら険悪なムードになってんだよ」

睨み合う銀時と月詠に新八のツッコミが入る。
だいたい、掃除させられて今日はあまり妙と話していないと、銀時は小さな声で呟いた。
様子を見に来たというのに。どっかの誰かさんが邪魔するから。

「邪魔なのはぬしの方じゃろ」
「何言ってんだ。そもそもお前がその浪人逃がさなきゃお妙はこんな事になってなかっただろーが」
「だから責任は取ると言っている!」
「責任取るってなんだよ!責任も何も俺なら絶対逃がさなかったけど!?」
「あの、頭……そろそろ……」
「マジで何なんだよこの二人」

白けた目をする新八と、おろおろする百華。
妙はあらあらとのん気にその様子を眺めている。

「もうお前には任せておけねェ!その浪人俺がぶっ飛ばしてやるよ!!」
「ふざけるな!百華の問題と言っておるじゃろが!」

いがみ合ったまま飛び出していった銀時と月詠。
明日は神楽ちゃんを呼ぼう、とポツリ呟く新八の肩を、百華の一人が申し訳無さそうにぽんと叩いた。
泥だらけになった二人が疲れ切った様子で志村家に帰ってきたのは、数時間後のこと。


(くそ、なんつー逃げ足だよあの野郎)
(ぬしが邪魔しなければもっと早く捕まえられたものを……)
(つーか、何でまたウチに来た。今何時だと思ってんスかあんたら)


end


だいぶ長いこと月→銀妙を考えていたのですが、なぜか月→妙になりまして。
何度練り直してもやっぱり銀さんに矢印が向かない不思議。
もうこれ願望が隠せないだけじゃね……ならいっそ欲望のままに!
という流れで出来上がった話です。
お妙さん結構な重傷ですが重い話にはしたくないのでギャグ色で進めてしまいました。
月詠さんが誰だ状態ですけど(苦笑)
百合の判断もなかなかに難しく、この程度であれば大丈夫かなとは思ったのですが……どうなのでしょう。注意書きはしましたが……。
銀さんと月詠さんの絡みも多いので、ある意味銀月とも取れそうな気もしてしまい……うーむ……お妙さんファンの中にはやはり銀月苦手という方もいらっしゃるようなので、もし不快に思われたら申し訳ないです。
過度な絡みではない、と思いますが私の感覚ですしね……。すみません、私……銀+月は好きなのです……。
というか、普通に月→銀妙書けば良かったんですよね!
いつかリベンジします……!
言い訳長くてすみません。お粗末さまでした!

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