木天蓼

何故こんな事になってしまったのか。
考えると、自分の迂闊さに直面して憤りを感じる。
あの時ああしていれば、こうしていれば。
頭の中でずっと繰り返しているのがいかに不毛か解ってはいるが、それでも考えてしまう。
土方は頭を振ると、後悔先に立たずだと呟いた。

「しかし、結局煙草だけ全部燃えちまったな……」

まだ半分以上残っていたのに。
灰になった煙草を見つめ、ため息を吐いた。

「……いい加減離れてくれねーか……」
「離れられません」

ぎゅうぎゅうと抱きついてくる女は、いつもの凛とした芯はなく。
あれだけ強固なものが、こんなにふやけてしまうものなのか。
顔もずいぶんゆるみ、とろんとしている。
それが自分に向けられていると思うと、身体中がむず痒くなるような、落ち着かない感じがした。

「……あのさァ」

低い声を出したのは、顔をしかめた銀時だ。

「お前、猫にマタタビって言ったよな?」
「あ?そう言ったが……それが何だ」
「それって、言葉通りって事か?」

不機嫌そうに。
だがその中には焦りや苛立ちも見え、土方はしまったと顔をしかめた。
迂闊であったと。

「猫にマタタビがどうかしたアルか?」
「土方コロス土方コロス土方コロス」
「落ち着け新八。殺るのはこれを聞いたあとだ」

殺るのは決定してんのか。
今し方火炙りにされそうになったばかりだというのに。
土方の舌打ちに、銀時は眉間の皺を深くした。

「お前ら知ってるか」
「何をアルか」
「猫はマタタビで酔ってるわけじゃねーんだよ。あれは猫にとっての酒じゃない」
「ん?どういう事ネ」
「マタタビってのは、猫にとっては性的に興奮させるものなんだよ。つまり、媚薬ってことだ」
「…………」
「…………」

銀時の言葉を聞いた子ども二人の視線が土方を刺す。
フイと、土方は思わず顔を背けた。汗が大量に噴き出す。
ゆらりゆらり、眼鏡がおぞましく揺れた。

「土方さん……?」
「ま、待て!話を聞け!」

余計な事言いやがって腐れ天パ!
土方は拳を握るが、何とか抑えて呼吸を整える。
確かにその通りだ。
猫にマタタビ。それはつまり、そういう事。
だが、それならもっと慌てている。
口にするには妙に失礼な気がするし、わざわざ言う必要がないと思ったから言わなかっただけで。

「天パの言う通り、こいつは地球人に対しては媚薬になる。そういう使い方をするために広まってきてるもんだからな」
「そ、それじゃ姉上は……!」
「落ち着けって。これを媚薬として使うのには条件がある」
「条件?」
「この香りには記憶を呼び起こす作用があってだな……」
「……つまり?」
「あー……その……つまり、あれだよ……。ソレの快感を知ってるヤツだけに効くってことだ」

淀んだ空気が漂った気がした。
息が詰まりそうだと、土方は三人から目を背けたままそっと深呼吸をする。
なぜこんな事を話さなければならないのか。いや、自分のせいではあるけれど。
ぐるぐる、同じ問答を何度も繰り返す。
銀時が土方に抱きついている妙を覗き込むように腰をかがめた。

「……つまり、経験のないお妙には媚薬としての効果は現れないって事か?」
「……そういう事だ。とは言え、この状態くらいにはなる訳だが……まあ、こいつ自身が発情するって事はない」

ほう、と安堵したようなため息が子ども二人からこぼれる。

「……失礼ですね。だったら、土方さんが教えてください」
「え」

今、耳元でとんでもないセリフが聞こえた気がする。
土方は口元をひきつらせながら、万事屋三人をそっと見た。

「その快感とやら、教えてください……土方さん」
「っ、ちょ、待っ……!違う違う違う!判断能力もマヒしてるからこれ!何の事だか解ってないからこの女!!だから落ち着こうか!!」

もう何言っても無駄な空気が漂っていた。
新八は呪文のようなものを呟きながらどす黒いものを纏っているし、ポキポキと指を鳴らす神楽は汚いものを見る目をしている。
銀時は……。あれ、こいつも怒ってる?そういや、コレに関してこいつが怒ったりすんのって変じゃね?土方は疑問符を浮かべながら、じりじりと後ずさる。
とん、と。背中に何かが当たった。

「トシ…………」
「こっ、近藤さん……!?」

しまったァァァァァアア!!
土方は心の中で叫ぶ。
ああだこうだとやっている間に、近藤の目が覚めてしまった。
今この状況、どう説明すればいいのか。
この面倒な時に。

「トシ……」
「ち、違うんだ近藤さん!これにはワケが……!」

慌てて弁解しようとするが、近藤の様子がおかしい。
土方は眉根を寄せる。

「トシ……ト、トシィィイ!!」
「どわぁっ!?」
「何だこの気持ち!?トシ、俺……俺……!」
「ま、まさかアンタ……!い、いやいやいや!!待っ……!」
「俺を受け止めてくれトシィィィ!!」
「ぎゃあああああああ!!!」

反射的にだった。
飛びついてくる近藤の顔面に拳をめり込ませ、そのままぶっ飛ばしてしまった。
いや、だって。
まさか近藤にも効果が出るなど思いも……いや、実際はもしかしたらという可能性は感じていた。
けれど、それを認めたくない気持ちの方が上回って、気にしないようにしていただけで。

「おいおい……それって男同士でも効果あんのかよ。キモイな」
「マジキモイアル」
「僕は構いません。姉上を解放して近藤さんといちゃつけばいい」
「何勝手言ってんだ!」

ぞわぞわと全身に鳥肌が立ち、思わず、妙の腰を抱いていた腕に力が入ってしまった。
ぴくり、銀時の眉が跳ねる。

「何なの、その薬。猫にマタタビっつーか、ゴリラにマタタビじゃね?」

ギクッ。土方は身体を強ばらせた。

「あー!思い出したアル!テレビで見た天人、ゴリラみたいな天人だったネ!」
「マジでか!ゴリラ専用の媚薬なんてあるたァ……末恐ろしいな」
「って誰がゴリラだ!変態ストーカーはともかく、姉上はゴリラじゃねーよ!」
「でも新八、今お前も……」
「違う!認めんぞ!姉上がゴリラだなんて……そんなん認めねーよ!」
「新八ィ、現実ってのは残酷なんだよ」

騒ぎ出した三人を見て、土方は頭を抱えた。
最初から全部話しておけば良かったと。
下手に隠そうとすると、余計ややこしい事になるらしい。

「聞けお前ら。天人にとってあの薬はただの毒だ。だが、地球人には媚薬になる。今はまだ一部の地球人にしか効果はないがな」
「ゴリラに効くんだろ」
「……それは否定しない。これ使った他のヤツらもどことなくゴリラっぽかったからな」
「そ、そんな……じゃ、じゃあ姉上はやっぱり……!?」
「いや、必ずしもじゃない。効き目があった奴らの中には草食系とかもいたしな」
「ゴリラって草食アルか?」
「雑食だろ」

そこはどうでもいいだろ、と土方が静かにツッコミを入れる。
体質の問題なのだが、ゴリラっぽい人に効果が出たのは確かだ。
ちらり、妙を見る土方。

「……土方さん……」
「あ?」

呻くように妙が苦しげな声を出すと、土方は眉をつり上げた。

「なんか……きもちわるく……うっ……」
「は!?お、おい!ちょ……!」

顔が真っ青だ。
異変に気づいたのか、新八と神楽が駆け寄ってくる。
妙は土方にしがみついたまま。

「まさか副作用か……!?」
「え、副作用なんてあるんですか!?」
「いや……わからん……。そういったものは確認されてないが……」
「アネゴ……!大丈夫アルか!?」
「おいおい、お前らが慌ててどうすんだ」

オロオロする新八と神楽の間を銀時が割って入り、

「医者呼んでこい」

そう言うと、銀時は妙を抱き上げた。
しっかり土方を握りしめていたはずの妙の手は簡単にほどけ、銀時に身体を預けている。
新八と神楽が、医者ァァァ!!と叫びながら土方の横を通り過ぎた。
ふわりと、風が吹いて寒さを感じた。
ずっと感じていた妙の温もり。それが今は銀時の腕の中にある。

「何だよ」

伸ばした手は銀時の肩を掴んでいた。
睨む銀時から手を離した土方は目を泳がせる。何をしているのだと。

「お前、もう帰っていいよ。あ、ゴリラの回収忘れんなよ」
「は、ちょっと待て。俺のせいでその女おかしな事になってんだぞ。ここで帰っても気になって眠れねーよ」
「テメーがいたら薬の効果続くだろーが」
「ぐっ……」

その通りだ。
副作用なのか、妙は今ぐったりしているが効果が切れたとは言えない。

「……わかった。後日また来る」
「おう、帰れ帰れ。お妙のことは俺が何とかしとくから」
「ああ…………ん?オイ、何でお前が何とかすんだよ。何とかすんのは医者の仕事だろ」
「んなとこつっこんでくんなよ。何なんだよテメーは。心配しなくても、新八と神楽が帰ってくる前に終わらせるって」
「何を終わらせる気だァァァ!!」

土方は玄関から家の中へ入ろうとしていた銀時の前に立ちはだかった。

「さっきから何なんだよ。可哀想だろ、こんな状態じゃ」
「だから何する気だ!!」
「何って……ナニ……」
「馬鹿なのお前!?」
「可哀想だろ、こんな状態じゃ。きっついよ、これ。苦しいよ、これ」
「媚薬の効果はねーって言ってんだろ!!」
「そりゃただ知らんってだけだろ。これを機に教えて……」
「何とんでもない事言ってんだ!お前自分が何言ってるかわかってるか!?」
「うるせェェェ!!お前に奪われるのだけは我慢ならねーんだよ!!」

必死の形相だった。こちらがどん引きするくらいに。
ああそういう事かと頭の隅で思い、こんな形で知ることになった事が何故か嫌だとも思った。
しかし、それなら尚更。
このまま妙と銀時を二人きりにするわけにいかない。
土方は銀時を鋭く睨みつけた。

「お前らがそういう仲だってんなら、俺は何も言わねェ。でも、違うなら見過ごすわけにいかない」
「お妙は誰ともそういう仲じゃねーよ。だからこれから俺が……」
「一方的にそういう事しようとするのは犯罪だ。近藤さんと変わらねェ」
「自分の上司犯罪者だって言ったよコイツ」

銀時は引き下がりそうになかった。
妙は依然苦しげに呼吸をしており、できる事などないのに、何かしなければ、銀時をどうにかしなければという焦りでいっぱいの土方は、

「すべての原因は俺にある。だから俺が何とかする」

つい、そう口走った。

「てめぇ……ついに本性を……!」
「うるせー!お前なんかじゃ、この女が可哀想だって言ってんだよ!」
「何で自分はOKだと思ってんだよ!この自意識過剰野郎が!」
「天パよりはマシだ!」
「V字よりマシだ!」

どうしてか、銀時が絡むといつもの冷静さを失うらしい。
銀時に抱かれている妙を何とか取り戻そうと手を伸ばす土方の背後に、おぞましい何かがゆらりと揺れたのを感じた。
銀時の恐怖に満ちた表情。
鬼の副長と呼ばれている自分が振り返る事ができないほどの威圧感。
どんな危機的状況でも味わった事のない死へ向かう感覚に、土方も銀時も汗が止まらなかった。

「……お医者様、見つかりましたよ」
「さ、さすが姉思いの弟だ。これで姉貴も大丈夫だな、うん」
「は、はやかったね〜……病院までは結構あるのに……」
「モブの中にお医者様はいませんかァァ!!で、一発だったアル」

ああ、そう、良かった。
土方と銀時がそう声を合わせた時には、新八の怒りは爆発していて。
新八に散々殴られたあと、次は私ネと蔑みの目をした神楽に更に追い打ちをかけられる事になった。


****


「いや〜、土方さん。せっかく男前になってたのに、元に戻っちまいやしたね」
「総悟、テメー始末書はどうした」
「ありゃァ、手が滑っただけでさァ」
「ふざけんな!お前のせいで散々な目にあったんだぞ!」
「何でィ。そのおかげで、もう少しで姐さんと関係もてたんですから感謝してほしいくらいでぐえっ」
「その話はするんじゃねェ。始末書じゃすまねーぞ」
「しょっけんらんよ……ぐえっ」

沖田の首を絞めた土方は、投げ捨てるように解放すると舌打ちをした。
あれから一週間。
新八と神楽に殴られた顔の腫れは何とか引いた。それでも痛みは残っており、罪悪感という痛みはまだ消えてはくれない。
今回の騒動で、あの薬も違法薬物に指定され取り締まりが強化された。
もとより人を選ぶようなものであったため、手を出すものは減るはず。これを機に撲滅させることができるだろう。

「土方さん」

どきり、心臓が跳ねた。
振り返ると、買い物帰りなのかレジ袋を提げた妙が立っていた。
にこにこと手を振っている妙を見て、少しだけホッとする。

「もう、身体は大丈夫なのか」
「はい。すっかり。といっても、あまり記憶はないんですけど……。土方さんには迷惑おかけしたようで……」
「いや、アンタは何も悪くない。俺の不注意だった。本当にすまなかった」
「結局何もなかったわけですし、もういいの。新ちゃんと神楽ちゃんにこっぴどくやられたようですしね。フフッ。銀さんも最近まですっごい顔で笑いが止まらなかったわ」

くすくすと妙は笑う。
記憶はないと言ったが、話は聞いているだろうに。
それでも普通に接してくれる事が嬉しかった。

「……あの薬なんだが」
「はい?」
「あれな、どうやら強いストレスに反応するみたいなんだよ。だから人によっては影響がない」
「ストレス?」
「ああ……」

薬に影響される者、されない者を調べた結果それが判明した。
強いストレスからの解放。本能的に性への快楽を求め、その快楽の記憶を刺激するらしい。
ただし、その快楽を知っていなければならない。
それゆえ、妙への影響は中途半端なものとなった。
ゴリラっぽい人に多かったのは、本当にただの偶然だ。周りから散々ゴリラゴリラゴリラと罵られた為という、馬鹿らしいが本人たちにとっては深刻な悩みという共通点があった。
もともと、この薬の出所がゴリラに似た天人だったせいもあり、視点を変えての捜査ができなかったせいで騒動にまでなってしまったわけだ。
だが、この事については何となく妙には黙っておく。
つまり、あの時妙は強いストレスを感じていたということ。

「あんたのストレスは、恐らく近藤さんだろう。長いことストーカーされて、普段からストレスもあるだろうし」
「ふふ、まあ……そのたびに殴って発散してますけどね?」
「結局、原因はすべてこちらにある。近藤さんもあんたにふられ続けてストレスたまって効果が出ちまったみたいだし……近藤さんがあんたを想い続けても不毛どころかマイナスの面しかないらしい」
「そんな事、わかりきったことです」

確かにそうなのだが。
近藤の諦めの悪さはどうしようもない。
これからも、妙をストーカーする事は変わらないだろう。
だから。

「これ……」
「何ですかこれ?メモ書き?」
「俺の携帯番号だ。何かあったら直接かけてくれ」

ただの顔見知り程度の仲のはずなのに、土方は妙という女をよく知っている。
近藤がべらべらと喋るからというのもあるが、土方自身認めなければならない事があった。
知っている事が多いのに、ただの顔見知り。
どうにも気分が悪い。
何か変わるわけではないが、せめて、連絡先を知っているくらいの仲ではないとモヤモヤは晴れそうになかった。

「おや、ついに一歩踏み出したか」
「あ?げ、じーさん……!?」
「あらお爺さん。こんにちは」
「お妙ちゃん、相変わらず美人で可愛いのぉ」

しまったと後悔してももう遅い。
ここがいつも協力してもらう老人のいる場所であると忘れていた。

「ここから土方さんは攻めまくるつもりだぜじーさん。乞うご期待」
「何が乞うご期待だ!つーか、てめ、総悟!静かだと思ったらそれ何撮ってやがる!」
「フフッ。土方さん、ありがとうございます。近藤さん絡みのことでお電話するかもしれません」
「あ、ああ……」
「土方さんの照れ顔撮ったどー」
「今すぐ削除しろ!」

ほんの少し、距離は縮まった……かもしれない。


end


前編からだいぶ時が経っての後編となりました。
すみませんでした!!
待っててくださった方がいるのかわかりませんが、本当に長いこと放置してました。
最後まで考えていたのに、なぜか書けなくなりまして。
それでずっと放置していて、ん?何か急に書けそうだぞ?という気持ちになって何とか一気に進めることができました。
時間を置いてみると、粗が半端ねぇ!!とちょっと恥ずかしいのですが、大目に見てくださると助かります……。
もともとは銀妙土のつもりだったのですが、土妙っぽくなって銀さんごめんねな感じに。多分お妙さんはどっちにも恋はしてないのでしょうけど(笑)
というか、一番ごめんなのは近藤さんですね。そして一番ストレスあるのは土方さんだろうという。
思った以上に長い話となりましたが、最後までお付き合いくださりありがとうございました!

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