愛しい、恋しい

身動ぎすると揺れるポニーテール。
その毛束が当たるたびに、何故こんな事しているのか自分に問いかけていた。
だが、答えはわからない。

「まだ、ですか?」
「ん……あともう少し」
「さっきからそう言ってますけど」
「ん〜……」

この手をどければ。
それは簡単なはずなのに、動かすことができない。
頭と気持ちと身体がバラバラになっているような奇妙な感覚だ。

「銀さん……」
「あとちょっとだから……もうちょっと、このまま……」
「…………」
「悪ィ、お妙……」
「そんな神妙な態度されたら断りづらいじゃない」

銀時はゆるく笑った。
もう少し、もう少しこのまま。そう妙に懇願する姿はさぞ間抜けなことだろう。
そもそもの発端は、風邪をひいた事だ。
二日ほど寝込んだが、熱は下がり元気になった。
しかし、病み上がりに飲んだ酒が悪かったのだろう。
急に具合が悪くなり、目の前が真っ暗になった。
気づいた時には額にひんやりしたものが乗っかっていて。
呆れ顔の妙と目が合うと、道端で倒れていたのを自宅まで運んでくれたのだと理解した。
頭がぼんやりする中、文句を言う妙が背を向けた時に。
咄嗟に手を伸ばして妙を引き留めた。細い腰に腕を回して。
ぐらり、目眩でそのまま妙の肩に額を置いた状態が今でも続いていて、もう少しこのままと懇願しているのである。

「そんなに具合悪いならお酒なんて飲んじゃダメじゃないですか」
「いや……治ったと思ったんだよ……」
「甘く見るからです」
「ああ、甘いもん好きだから」
「銀さん。ちゃんとお布団で寝た方がいいですよ」

あー、と気のない返事をする。
その方がいいのはわかっているのだ。
けれど、どうしても、離れがたい。
この気持ちは何だろうか。
愛しい。恋しい。心地がいい。どうもしっくりこない。
妙が今肩を貸してくれているのは、銀時が病人だからだろうか。
それもしっくりこない。妙なら無理やりでも引き剥がすはず。

「お妙」
「何ですか」
「……いや……なんでもねェ……」

優しい声だった。
聞いてるだけで安心してしまうような、心からホッとしてしまう優しい声。
とても凶暴性のある人間の声とは思えなかった。
愛しい。恋しい。
確かにある気はするのに、しっくりこないのは何故だろう。
心地よさに違和感を覚えるのはどうしてだろう。
それは、まるで――


****


「ん?」

パチリと目を開けると、天井が見えた。
雀の鳴き声が聞こえ、日差しが顔にかかる。
昼前、くらいか。
銀時はぼんやりと天井を見つめたままほうと息を吐いた。

「……ん?」

昼前?と身体を起こし辺りを見る。
日が暮れ始めた頃に酒を飲んで、途中で具合が悪くなって、それから。

「一回起きて……そしたらお妙が……あれ、お妙?」

血の気が引いた。
一回起きて、妙に介抱されて。

「お、俺……あいつ抱き……!」

具合が悪かった。確かに悪かった。
けれど、自分の行動が解らないほど酔っていたわけでも、熱に浮かされていたわけでもない。
何を思った、あの時。

「あら、銀さん。起きたんですね。具合はどうです?」
「っ!お、お妙!?」
「何驚いてるんですか。昨日の記憶ないとか?」
「いや……ある、から驚いて……いやいやいや、あの、す、すみませんでした!」

畳に頭を打ちつける勢いで土下座した。
身体が恐怖で震える。
とんでもない事をしてしまった。殺される。新八にも殺される!
だらだらと冷や汗が流れ、鼓動は早鐘。
しかし、鉄拳も罵倒もない。恐る恐る妙を見上げれば、何とも言えない、微妙な顔をしていた。

「あの、お妙さん?」
「……昨日のことなら別に気にしなくていいですよ」
「え!?」
「銀さんが体調悪かったの、わかってますから」
「あ……そう……?」
「その場で殴ることもできましたから」
「う、うん……そうだね……」
「具合はもうよろしいんですか」
「え?あ、はい……だいぶ楽になりました……ありがとうございマス……」

そうですか、と妙は頷くと持っていたお盆を銀時の横に置いた。
お粥のようだが……と蓋を開けると、まともな見た目の卵粥。
新八か、とホッと安堵した。

「神楽ちゃんとお登勢さんには一応ウチにいますって連絡入れておきましたからね」
「連絡って。ガキじゃねーんだから……」
「……そうですね」

妙はまた微妙な顔で頷いた。

「お薬も置いておきますから、あとで飲んでくださいね」
「あ、うん……」

そう言って妙は部屋を出て行った。
ポリポリ、銀時は頭を掻くと散蓮華に手を伸ばし卵粥に口をつけた。
妙に怒っている様子はなかった。だが、あの微妙な顔は気になる。

「ん〜……何だこの感じ……」

居心地が悪い。
銀時は握っていた手を開き、また握り、開いた。
残っているはずのない妙の体温が感じられるようでむず痒い。
なぜあの時、妙に抱きついたのか。
妙でなくとも抱きついていただろうか。例えば、新八や神楽。
考えてみたが、あの時が異常だったのだ。今わかるはずがない。
それでも、新八や神楽ならしなかったと思った。
子どもに縋るなんて。

「……縋る?」

妙を近くに感じて、得られたのは安心感。
包み込んでくれるような、温かで穏やかなそれ。
それ、は言葉で表すなら母性というもので。

「…………あああああああ!!!」

お妙ェェェ!!と銀時は勢いよく部屋を飛び出すと、妙の姿を探した。

「お妙!!」
「っ!?ぎ、銀さん!?ビックリさせないでくださいな」

流し台で食器を洗っていた妙が目を丸くさせ驚く。
銀時はズンズンと妙の側まで歩み寄ると、泡だらけの手を掴んだ。

「昨日のは、違うからな!」
「はい?」
「あれは、ちょっと……ちょーっと弱ってただけだから!お前の肩の位置がちょうど良かっただけだから!」
「あの、銀さん……」
「だいたい俺より年下のお前に感じるわけないじゃん!?そりゃ、小娘にしては貫禄あるとは思うけど!?」
「銀さん。何言ってるんですか」
「……だから、昨日のことだよ……。お前、わかってんだろ。だから、あんな微妙な顔したんだろ」

妙は僅かに肩を揺らした。
大きなため息を吐き、するりと銀時の手から逃れると、水で泡を流してタオルに手を伸ばす。

「私はね、銀さんのこと、しょうもないちゃらんぽらんで、だらしなくて、天パで、糖尿寸前で、天パで、マダオで、天パで天パで……」
「ねえ、天パ必要?」
「そう思ってます。でも、何だかんだで頼りにしているし、私より大人だし……」

妙は銀時に身体を向ける。

「だから、銀さんでもあんな風になるんだって、少し驚いたの」
「だから、あれは……」
「たとえ弱っていても、弱さを出す人じゃないでしょう?」
「それは……アレだよ……たまたま……」
「たまたまでも、驚いたの。まるで子どもが甘えてるみたいで」

う、と銀時は言葉を詰まらせた。
感じたのは、母性。
想像でしかわからない、母親に甘える感覚。
三十路前の大の男が、母親を求めるだけで恥だというのに、それを妙に求めてしまったのだ。
もちろん、妙のことをそんな風に見ているわけではないし、重ねたわけでもない。
ただ縋ってしまっただけ。けれどそれは、妙の中にある母親のような部分に惹かれ、もたれかかったということ。

「少しね、銀さんが小さく見えたの。それに戸惑ったわ」
「…………」
「でも、悪いことじゃないと思いますよ。私を、頼ってくれたんでしょう?それは純粋に嬉しいもの」
「だからって……」
「辛いなら支えます。当然のことだわ。気にしすぎなのよ、銀さんは」

そうは言っても。
仲間として、恋人として、家族として、兄弟姉妹として、親子として。
同じようでも形は様々だ。気持ちの持ち方が違う。

「……お妙……肩、貸して」
「え?」

返事をもらう前に、額を置く。
愛しい、恋しい、心地いい。
違和感の正体はわかったが、今感じるのはあの時と違う。違って当然。違ってくれなきゃ困る。
妙は母親ではないし、そう思いたくないのだから。
ちらりと見た妙の頬は赤み帯びていて、どうやら妙もあの時とは違うものを感じたようだった。


end


銀さんって、お妙さんのことどう思ってるんだろう……と本気で気になってきた。
まだ未成年だとか、小娘だとか、そういう扱いしたことないですよね?
この二人は子どもたちありきの関係というか、新八神楽にとって頼りになる姉という立場だから、銀さんもそういう目線で見てそう。
そんな事考えながら書いた話ですが、あんま関係なかったかな(笑)
前にも似たような肩を貸す描写がありますが、それとは違う感覚のものが書きたいなぁと思ったのでした。
お粗末さまでした!

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