木天蓼

「ひぃ……お助け……!」

男が尻餅をつき、恐怖に顔を歪めながら懇願する。
しかし、そんなものは通用するわけがない。情けなど無用。

「今さら遅いんだよ」
「ひっ……!鬼……!」

キラリと闇に光る刃が、男を目掛けて振り下ろされる。
男は断末魔のような悲鳴をあげた。
刃は男の喉もとギリギリ。

「フン。だらしねェ」

恐怖で気絶してしまった男を睨みながら、刀を鞘に納めた。
辺りを見渡し、調べ通りの人数がいるか確認する。
日の当たらないような廃墟に悪は集う。壊してしまえばいいのに、それをしない。
世の中は悪が住みやすい環境だ。警察がいくら頑張ろうと、環境を変えない限りいつまでもこの仕事は続くだろう。
土方は重いため息を吐いた。
刹那、何かが自分に向かって飛んでくるのが見えた。
慌てて抜刀し、それを斬る。
真っ二つに割れた、それ。

「ぶっ!」

切り口から飛び散った粉のようなものを被ってしまった。

「あーあ、大事な物証が。なーにやってんですかィ、土方さん」
「てめっ、総悟!お前が投げたからだろ!つーか、これ……!」
「ええ、薬物でさァ」
「平然と言ってんじゃねーよ!」
「土方さんに効果あるかなと思いやして。まァ、まったく効き目ないようで安心しやした。……チッ」
「舌打聞こえてんぞ!」

土方は身体や髪に付着した粉を払い落とす。
薬物、といっても今現在それを違法とする法律は地球にはない。
もともと限られた天人に対してのみ効果のあるものだからだ。
今回取り締まったのも、薬ではなく金の問題から。
だが、ここ最近は違う使われ方をする者も現れたため、近いうちに法も整うはず。
とはいえ、やはり地球人には効果は薄い。どこまで法で護れるかは今後の事件しだいになるだろう。
いつだって後手である。

「そういや、近藤さんはどうした」
「さァ……またストーキングでもしてるんじゃないですかィ」

沖田の言葉に、土方は盛大なため息を吐いた。
近藤が出るほどの事件ではないが、大将なら大将らしくどんと構えてもらいたいものだ。

「山崎、あとは任せた」
「はい!副長!」
「俺は近藤さん迎えにいってくる」


****


いつでも賑わいを見せるかぶき町。
警察である土方が歩けば、目を逸らす者やあからさまに道を変える者に出くわす事が多い。
ここはそういう街だ。
気になる動作をする者がいれば、すぐ職務質問するところ。
だが今は、近藤を連れ戻すのが先だ。
ハア、とため息をこぼす。

「よォ、ジーさん」
「ん?おお、お前さんか」
「毎日毎日、外眺めててよく飽きねェな」
「かぶき町は色んな奴が来るからのぉ……見てても飽きんわい」
「そーかい」

潰れた店で一人、いつも街を眺めている老人。
特に知り合いというわけではなかったが、いつもこうして街を眺めているため、時々事件の犯人の顔写真を見せて協力してもらう事がある。
かなりの高齢だが、その記憶力は大したもので。
この老人のおかげで事件を解決することもあるくらいだ。

「お妙ちゃんなら、まだ通っとらんよ」
「…………」
「なんじゃ、お妙ちゃんの事じゃなかったのか」
「いや、あってるけど……」
「ホホッ、やっぱりお妙ちゃんか。お妙ちゃんは最近また美人さんになってのぉ……死んだバーさんによく似ておる……」
「だいたいどのジーさんもそう言うんだよ。現実逃避だな」
「失敬な。若い頃のバーさんは誰よりも美人じゃったわい」

あの頃は〜と老人は話し始める。
こりゃ長くなるなと、土方は老人の横にある煙草の自販機にお金を入れながら、話の途中で口を挟んだ。

「今日はまだ通ってないんだな」
「ああ、通っとらんよ」
「そうか。ならいい」
「お前さん、よくお妙ちゃんのこと聞きにくるが、わしに聞くより直接お妙ちゃんに電話した方が手間がないじゃろうに」
「…………」

土方は取り出し口に伸ばした手を一瞬止めた。
煙草を握る手に変な力が入る。
だいたい、よく聞きにきてる事自体がおかしいのだ。
近藤を捜す時、近藤自身の姿を捜すより妙の居場所を特定する方が早い。
何せ、近藤は姿が見えないよう身を隠しているのだ。
だから土方も、近藤を捜すのではなく妙を探すことにしている。
それが当たり前になってしまい、疑問に思わなくなったのはいつ頃だっただろうか。
妙のいる場所に近藤がいる。だから妙を探す。
だけど。

「……世話になったな、ジーさん」
「うむ、お妙ちゃんによろしくの」

ひらひら手を振って、土方は歩き出した。
ここを通っていないのなら、恐らく家にいるのだろう。
今の時間帯は妙が買い物に出かける頃だと知っているからあの老人に声をかけたのだが。

「買い物の時間帯知ってるって……」

買い物の時間帯だけではない。
仕事の時間や休みの日など、だいたいの行動パターンは知っている。
それがどれだけ気持ち悪い事か。
もちろん近藤を捜すため、連れ戻すためではあるが、土方と妙の仲はそれほど深くはない。
電話番号など知らないし、知ろうとも思わなかった。
だから気持ちが悪いのだ。
友人と言えるほど親しくはないのに、行動パターンや妙がどんな人間かはよく知っている。
なぜ今まで何の疑問にも思わなかったのだろう。
もやもやと考えている間にも、足は勝手に目的地へと向かっていて。
あっという間に見慣れた門の前まで来ていた。

「あれ、何してんだお前」

最悪だ。
土方は舌打ちする。
門をくぐって最初に見たのがなぜ銀髪天然パーマ男なのか。
なぜも何も、銀時がここにいておかしい事はないのだが。
それに、腫れ上がった顔、手には箒、足元にまとまる落ち葉や草で察しはつく。

「……近藤さん来てないか」
「ああ、迎えにきたの。ゴリラなら今頃お妙にぶっ飛ばされて……」

言葉の途中で、聞き慣れた悲鳴が上がった。
庭の方から吹っ飛んできた人影は、紛れもなく自分の上司。
気を失ってくれた方が楽ではあるか。
土方は壁に激突する近藤を黙って眺めた。

「銀さーん、ついでにゴリラも一緒に捨てて……あら、土方さん」
「俺が持って帰るから、捨てんのは勘弁してくれ」
「回収しに来るのが嫌なら、ストーカーやめさせて…………」

歩み寄ってきた妙がぴたりと足を止めた。
土方は眉を寄せる。
どうかしたか、と言葉が口から出る前に。

「土方さん!」
「どわっ!?」

突然のタックル。
反応しきれず、後ろに倒れ込んだ。
一体何事か。
地面に打ちつけた後頭部をさすりながら、土方は顔を起こす。
揺れるポニーテール、花のような甘い香り。
妙がギュッと土方にしがみつき、顔を胸板にぐりぐりと押し付けていた。

「お、おい……」
「何かしら、土方さんからいい匂いというか、美味しそうというか、よく、わからないけど気分がいいです!」
「はぁ!?いや、何訳わかんねェこと言ってんだ!はなれろ!」
「やです!」

一瞬上げた妙の顔は赤らんでいて、目も揺らいでいた。
その姿はまるで。

「…………!」

血の気が引いた。
まさか、と。

「ねえ、君たち。俺のこと忘れてね?」
「!?」

今度は汗が噴き出した。
まったく事情が把握出来ないと、引きつった顔の銀時と目が合う。
え、何これどういうこと?そういうことなの?そういう関係だったわけ?二人して内心ゴリラを嘲笑ってたってこと?
矢継ぎ早に銀時から出てくる言葉を、耳に留めることは今の土方にできない。
何とか妙を引き離そうとするが、ものすごい力で抵抗されこっちの骨が折れてしまいそうだった。
近藤さん気絶してくれてて本当に良かった!と土方は心の中で叫ぶ。

「よ、万事屋、この女引き剥がすの手伝ってくれ!」
「手伝えってお前……しっかりお妙の腰に腕回してんじゃねーか。何なの、これ。目の前でイチャイチャとムカつくんですけど」
「アホ!これはこの女の身体押さえつけてんだよ!じゃないと、身体擦り付けてくる!」
「ほう……擦り付けられて今ピンチって?お前の息子」
「いいから手伝え腐れ天パ!!」

鬼気迫る様の土方に銀時は訝りながらも、妙の様子がおかしいからか渋々と妙の腕を掴む。

「おい、お妙。お前何やってんの。新八が見たら卒倒すんぞ」
「銀……さん……」

するりと土方から離れた妙はそのまま銀時を見上げた。
思わず身を引く銀時の顔は、驚いているのか変に焦っている。

「銀さん」

ぎゅっと。
妙は銀時の首に腕を絡め抱きついた。
しかし、慌てた銀時が何かを言う前に。

「……違う……銀さんじゃ……」
「え?」

妙は銀時から離れると、また飛びつくように土方に抱きついた。
やはり顔をぐりぐり押しつけ、身体も擦り付けるように動く。
土方はただただ遠い目をしながら、先ほどしていたように妙の腰に腕を回して動きを封じた。

「…………」
「…………」

銀時の視線から逃れるように、土方はスッと顔を背ける。

「土方クン。きちんと説明してくれるんだよね?」
「…………」

面倒なことになったものだ。
事情を話したところでどうにかなるものではないが、変な事を新八に吹き込まれると厄介な事になるだろう。
土方は大きなため息を吐いた。

「実は……」
「あぁぁぁぁぁぁっ!!!」

響く叫び声。
見ずともわかる声の主。

「アネゴとマヨラーがいちゃついてるアル。どういう事ネ。二人はそういう関係だったアルか」
「認めねーよ!!!絶対ェ認めん!!つーかいつまで抱き合ってんだゴルァァァァ!!!」

何でこう面倒なタイミングで現れてくれるのか。
新八が勢いよくこちらに向かってくるのをただ見つめる。
もういっそ殴れ。それでこの女が離れてくれるのなら殴ってくれた方がいい。
地を蹴り迫る新八。
だが、その鉄槌を土方が受けることはなく。
寸前でそれを止めたのは、意外にも銀時だった。

「落ち着けぱっつぁん。お前のねーちゃん、何か変なんだよ」
「え……?」
「確かにアネゴ……ちょっと様子が変ネ。何か……猫みたいというか……酔っ払ってるみたいアル」
「酔っ払ってって……こんな昼間から姉上がお酒なんて飲むわけ……」
「いや、その通りだ」

落ち着きを取り戻し、現状を把握しようとする新八を土方は見据えた。
ゴロゴロと甘えるような仕草は猫のようであり、顔を赤らめ自分の行動がわからない状態はまさに酔っ払い。

「こいつは、早く言えば猫にマタタビ状態なんだよ」
「猫にマタタビ……?」
「ある薬物が出回っててな。もともと、こいつは地球人にはあまり効果のないものだが、作成の仕方によっては地球人にも効くものに変わる。とは言え、それでも効果は薄く身体にもそう影響あるものじゃない」
「そういえば、テレビでそんなのがあるって言ってた気がするアル。確か天人が……あれ、何だっけ……」
「効果は薄いって言ってましたけど……姉上のそれは効果薄いって言うんですか?」
「体質の問題なんだろう。中には、コイツのように効果覿面な場合もある」
「ねぇ、何だっけ?」

神楽の言葉を無視し、ちらりと土方は妙を見る。
今までも相性が悪くこの状態になった人間を数人見たが、その中でも妙は相当に効いている方だろう。
身体にそう影響はないとは言ったが、妙にとってこれほど強力なものなら少なからず悪影響のはず。

「とにかく、これは猫にマタタビみたいなもんだ。俺から離れて暫くすれば元に戻るだろ」
「……それって、お前がその薬とやらを持ってるってことだろ?燃やせよ」
「……いや、俺はここに来る前……その、総悟のせいでそれ自体を頭から被っちまってだな……」
「チッ、無能警察が」

責められても仕方ない事だ。
地球人には効果が薄い。だから頭から被ったにも関わらずそのまま街へと出た。
油断していたと言っていい。

「ねぇ、何だっけ?」
「おい神楽。お前さっきから何聞いてんだ」
「だから、そのマタタビが問題になってる星アル。テレビでその星が社会問題になってるって言ってたヨ。その天人が何かに似てて……何だったか忘れたネ」
「俺は知らん。んなもんがあるの初めて知ったしな」

銀時と神楽の会話を右から左へ流しながら、土方は先ほど購入した煙草を懐から取り出した。
煙を吸って落ち着きたい。
ため息を吐きながら箱を振り、出てきた一本を咥える。
箱をしまい、ライターを探していると不意に咥えていた煙草を取り上げられた。
少しだけムッとしたような顔をする妙。
不覚にもドキッと胸が高鳴ってしまった。
見た目で判断するような愚かしい男ではないつもりだが、それでも、やはり顔立ちがいいというのは厄介だと思った。

「こんなの吸ったら、せっかくのいいにおいが台無しじゃないですか」
「え?そうなの?じゃあ吸わねーと……」
「私のために禁煙してください」
「何でお前のために禁煙しなきゃなんねーんだよ。むしろ喫煙しまくるわ」

煙草で効果が薄れるのなら。
土方は少しだけ安堵の笑みを浮かべる。
妙と煙草の取り合いをしながら、

「おい、誰か火よこせ。ライターが見つかんねーんだ」

ライターでもマッチでも何でもいいから。
土方は妙の手から煙草を奪い返した。
パチパチ、と。音が聞こえ振り返る。
赤く燃える松明。

「……火よこせとは言ったけどよ……そんなでかいの要らないよ?」
「燃えろ、土方」
「……え」
「姉上とイチャイチャしてんじゃねーよ!!」

炎が迫り、土方は慌てて飛び退いた。
妙を抱きかかえて。

「姉上をはなせ!」
「離れねーのはコイツのほうだバカヤロー!つーか、姉貴ごと燃やす気か眼鏡!」

いつイチャイチャしたというのか。
土方は舌打ちする。
しかし、この状況では何を言っても聞かないだろう。
ならばと目は銀時を探す。
先ほどしたように新八を止めてはくれないだろうかと。
だが。

「そんなに煙が好きなら、お前自身が煙の元になればいいネ」
「だよな〜。落ち葉捨てんの面倒いし、こいつと一緒に燃やしちまうか。あ、ついでにゴリラも」
「オイィィ!何でテメーらまで俺を燃やそうとしてんだ!!警察相手に殺人やらかす気か!?」

燃え盛る炎が、土方の叫び声と一緒に舞った。


後編へ続く!


また長い話を書いてしまった……!
銀妙土を書こうと思って書き出したら、土妙になったし。
恋愛色も薄い!
土方さん視点にしたのがいけなかったのか……。
鉄板である酔っ払いネタは今までも書いた気するけど、別の形で書きたいなぁと思って猫にマタタビ。
一応、銀妙土として書こうと思った話なので、後編はもちっと恋愛色出せたらいいなと思います。
このままの感じでいきそうな気配もあるけど(苦笑)

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