満天の星(5)

どこかから猫の鳴き声が聞こえた。
ハッと顔を上げる妙だが、すぐに違うとわかったらしく、またしゅんと頭を下げる。
家中探し回ったのに、見つからない。
当然だ。探してる猫はすぐ目の前にいるのだから。

「……あのよ……猫って気まぐれだろ?」
「…………」
「だから、多分、お前の他に可愛がってくれる奴が何人かいて、そこを転々としてんじゃねーの?」
「そんな子じゃありません」
「…………」

銀時はため息をついた。
すっかり元気をなくしてしまった妙は、ぼんやりと縁側を見つめている。
どうしてこんな事になったのか。
せめて、俺が猫になった原因がわかればな……。
くしゃくしゃと髪を掻き回しながら、銀時は妙が見つめる縁側に立った。
今日は空がよく澄んでいるため、星がいつもより多く見える。

「……お妙はさ……」
「何です?」
「お前、自分がどう思われてるかって気にした事あるか?」
「え……?」
「今日、いろんなヤツらがお前を訪ねてきたんだろ。その意味だよ」

愛されてると、そう土方は言った。
皮肉めいた言い方であったが、本当にそう思っているのだろうし、事実そうだ。
普段はいがみ合って、ケンカして、嫌いだ何だと言いながらも、一緒にバカやってるのが当たり前。
そんな当たり前だからこそ、忘れてしまっていた。気がつかなかった。
元気がないというだけで、こんなにも心配してくれる人が大勢いる事に。

「夜にならなきゃ、星の輝きなんてわかんねェからな……」

昼間だってそこに在るのに。

「何です、それ。突然ロマンチック気取りですか?」

少しだけおかしそうに笑う妙が銀時の隣に並んだ。
同じように空を見上げる。
綺麗……と、小さく呟いた。

「あ……」

瞳を揺らす妙の横顔を見つめ、銀時は思わず声を上げた。
慌てて口を押さえるが、出てしまったものはしっかり聞こえていたようで、妙が不思議そうに首を傾げる。

「銀さん?どうしました?」
「い、いや……」

夜にならなければ、星の輝きはわからない。
そうだ。猫になって妙の側にいなければ、気づけなかったかもしれないのだ。
どれだけ妙がどざえもんに愛情を注いでいたのか。
どれだけ妙を心配してくれる人がいるのか。
わかっているつもりでしかない事に、気づかずにいたかもしれない。
身内に近い存在なのにな……。

「銀さん……?」
「……俺さ、実は猫と話せるんだよね」
「はい?」
「どう言い出していいかわかんなかったから黙ってたけど……。あいつ、お前に感謝の気持ち伝えたかったらしいよ」
「え……?ぎ、銀さん?急に何言って……」
「どざえもんだよ。あの猫」

妙は目を丸くさせた。
銀時はただじっと妙を見つめる。

「ど、どざえもんさん、は……貴方でしょう?」
「確かに俺の半身だったが、俺は俺だし、どざえもんはどざえもんだった。もとは猫の身体に俺の魂が入った事によって生まれたヤツだからな……。お前が拾ってくれなきゃ、どうなってたかわかんねェし。でも、無理やり魂引きずり出しちまったから、ちゃんと伝えられなかっただろ。お前に、感謝してるって」
「…………それでも……銀さんじゃない……」

あやめには、どざえもんは銀時でないと言っていたのに。
銀時はフッと口元をゆるめた。
今、一番妙を心配しているのはどざえもんだろう。
誰よりも護りたい人であったはずの妙が、自分のせいで落ち込んでいるなど知ったら、きっと。
銀時は身体を妙に向けると、その手を恭しく取った。

「命あるのも、居場所をくれた事も、愛情を注いでくれた事も、すべて。感謝しています、姐さん」

だから、どうかいつものように笑っていて欲しい。
姫を護る王子のように、手の甲に口づけを落とす真似。
ほわっと、妙に熱が灯った。

「不思議ね……何だか……本当に……あの子がどざえもんさんだったように思えてきて……」

きらりと一際輝き落ちる星のように、妙の頬を雫が儚く伝った。
銀時がその透明な珠を掬い穏やかに笑むと、妙もにこりと優しく笑う。

「ありがとう、銀さん。気を遣ってくださって」
「いや……」

別に気を遣ったわけではない。
それどころか、傷つける事にしかならないだろう。
だからという訳ではないが、あの猫が銀時であったと伝える事はない。
嘘を吐いている事になるけれど、でも、それは。
やはり、どざえもんの願いでもあるだろうから。
――お前自身がそうさせたのかもな。
桂の言葉の意味を理解し、銀時はまた満天の星空を見上げた。
ああ、そういえばまだ来てないヤツらが。
そう思った直後、ドタドタと廊下を走る音が響いた。

「姉上ー!ただいま帰りました!」
「アネゴー!」
「わん!」

新八、神楽、定春が襖を開け勢いよく部屋に飛び込んできた。
ずっと走ってきたのか、息は切れ額には汗が浮かんでいる。

「あれ、銀さん?何でウチにいるんですか」
「別に俺がどこにいようが勝手だろ」
「アネゴ!もうご飯食べちゃったアルか?」
「いいえ、まだよ。そういえば準備しようとしてて……色々あって何もできてないわ」

いけない、と眉をひそめた妙だが、新八と神楽は顔を見合わせるとパッと嬉しそうに笑った。

「だったら皆でどこかに食べに行きましょう!姉上は何が食べたいですか?」
「お金は私たちが払うアル!今日の仕事は私と新八と定春で頑張ったネ!」
「まあ……!いいのかしら?」
「もちろんです!姉上にご馳走しようって神楽ちゃんと話してたんですよ」
「アネゴの好きなもの食べに行くアル!」

行こう行こうと、新八と神楽が妙の手を引く。
いつもの光景、いつもの様子。

「わん」
「ん?何だよ、定春……」

つぶらな瞳で銀時をじっと見つめる定春。
何か言いたげな目だ。
そういやコイツ……俺が猫だった事知って……。
そう思った瞬間、定春はフッと何とも言えない表情を浮かべ神楽たちのもとへと向かっていった。

「…………」

何だろうか、この気持ち。

「銀ちゃーん!何やってるアルか!置いてくヨー!」
「言っときますけど、銀さんは自分で払ってくださいよ」
「わーってるよ」

やっぱりガキ共の奢りってわけにはいかないか。
ふー、と息を吐いて銀時は跡を追う。
くるり。妙が銀時を振り返った。
柔らかで、穏やかな笑み。

「解ってますよ、銀さん」
「え?」
「みんなに心配をかけてしまった事。元気づけてくれようとした事。ちゃんと、解ってます」
「ああ……うん……」
「本当にあの猫ちゃんがどざえもんさんだったら……いなくなってしまったのは……安心したから?」
「そうだろ。お前の周りにたくさんの人がいるって、わかっただろうから」
「そう……。私は……ありがとうを言えなかったけれど……伝わるかしら?」
「伝わってるよ、充分に」

良かった、と妙は花のように笑った。
ふわり、あの甘い香り。
猫にとって心地よい香りは、人間にとっても同じなようで。
前を向く妙に手を伸ばして、髪を掬って口づけた。
今度は真似ではなく、本当に。

「え?」
「……え?」

驚いたように振り返った妙の顔は真っ赤で。
するりと滑り落ちた髪の毛の感触が残る手には、甘い香りも残っていて。
二人して、ぽかんと見つめ合った。

「オイ、腐れ天パ。何やってんだコルァ」
「すごいものを見てしまったアル……!」

お子様二人と犬一匹の視線に、銀時は自分がした事を理解した。
本当に何やってんだ俺……!
無意識にしてしまった事だから、余計に恥ずかしい。
それもこれも、妙がいい匂いしているから。

「いや、あの……これはだな……!猫、猫のエサはやっぱり店で売ってるキャットフードに限るよって言いたくてだな……!」
「あ?何で今そんな話が出てくるんだ?それと姉上へのセクハラと何の関係あるってんだ」
「いや……だから……コンビニで当てたキャットフードが結構うまかったらしいよって……」
「何意味わかんねーこと言ってんだ!死ねェェェ天パァァァ!!」

新八からの制裁を受ける寸前、どうして山崎からもらったキャットフードの事を知ってるのか、という顔をした妙が目に入った。
ホウイチの依頼はこれで片づいただろうか……。
銀時はそのまま意識を沈めた。


****


「何だ、コレ」

あれから数日。
珍しく早起きした銀時の仕事用デスクに、くしゃくしゃになった紙切れが置いてあった。
あくびをしながら手に取ると、ひらり、一枚落ちる。
どうやら二枚あるそれは、割引券と書かれていた。
ボーッとしている頭は徐々に覚醒し、紙の端にある足跡らしきもので、ああそうかと頷いた。
どうやら、これがお金にかわるイイモノらしい。
甘味処の割引券はなかなか良いが、この店がカップルサービスをしている事が少し問題だ。
二枚あるという事は、まあ、そういう訳で。

「デートにでも誘えってか」

すっかり元気になった妙に、いまさら。
だからこそのタイミングなのかもしれない。

「あのブサ猫……」

悪態を吐こうとしたが、ピンポーンというチャイム音に邪魔されてしまった。
続いて聞こえた、女の高い声は知っている声で。
何だこのタイミングは。どざえもんの仕業か。

「おはようございます、銀さん。起きてますか?」

遠慮なく入ってくる妙に、朝っぱらから何の用だと問おうとしたが、途中で言葉は止まってしまった。
その腕に抱えられている猫のせいで。

「あら、銀さん。珍しくちゃんと起きてたのね。この子、何だか万事屋に用があるみたいで、ずっと外から眺めていたのよ。だから連れてきたの。フフ、猫が万事屋に用があるなんて、おかしな感じですけど」
「……このやろう……」
「え?」
「いや……」

お前もお節介か。
銀時は割引券をぐっと握る。
睨む銀時など知らぬと言うように。
妙の腕に抱かれたホウイチが、ニャアと鳴いた。

「くそっ……」
「あの、銀さん?何か機嫌悪いんですか?それなら出直しますけど」
「あ〜……いや、そうじゃなくて……」
「ん?」
「……お前を、どう誘うか考えてただけ」

デートに。
ひらり、割引券をちらつかせる。
二枚あるそれ。
銀時の言葉の意味をすぐに理解したらしく、妙の頬がほんのり色づく。
すると、もう用は済んだと言うかのように、ホウイチが妙の腕から飛び降り、銀時を一瞥して走り去った。

「……何か……まるで私をここに連れてきたかったみたいな……」
「そうなんじゃねーの」
「え……?」
「言っただろ。俺、猫と話せるって」
「…………本当に?」

顔を覗き込んでくる妙に、銀時はふっと口元をゆるめる。

「すぐ用意する。待ってろ」

妙は恥ずかしげに眉根を寄せたが、すぐにいつもの笑顔で頷いた。


end


どざえもんの身体を埋めるシーンとかあってもいいのになぁ……とか、とにかくお妙さんに何かしらの描写欲しかった!と思って。
トッシーみたく、銀さんの中にどざえもんの人格があったりすればいいのに(笑)そんな事考えながら、とにかくお妙さんに愛を詰め込んだお話。
最初はここまで長くするつもりはありませんでしたが、欲張ってしまいました……!
最後までお付き合いくださり、ありがとうございます!
お粗末さまでした!

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