幻の影は微笑む

※五年三組


笑い声が響いていた教室は、すっかり静まり返っていた。
あれだけ喧しかった空間。今は怖いほどの静寂に包まれているのは、不思議な感じがするといつも思う。
ぽつんと一人、窓から校庭を眺めていた高杉はフッと目を伏せた。
怖くて淋しい感じはするけれど、好きな空間だ。心が落ち着く気がして。
今日は何の話をしようか、と考える。
ガラリ、静寂を破る音に高杉は目を開けた。

「あら、高杉君?まだ帰ってなかったの」

学級委員長の志村妙。
ドアを後ろ手で閉めながら、妙は自分の席に鞄をおろした。

「委員長がこんな時間まで何やってんだよ」
「うん。図書室にいたんだけど、猿飛さんが突っかかってきて迷惑だから教室に来たの」

質問の答えになってないが、高杉はそれ以上何も聞かなかった。
あっそ、と適当に返し再び校庭を眺める。

「……おい」
「ふふ、何見てるのかなって思って」

高杉は隣に立った妙を睨む。
けれど、妙はそんな事では怯まない。
ニコニコと笑みを浮かべるだけだ。

「高杉君、もしかして坂田君のこと待ってるの?」
「あ?」
「さっき職員室寄ったら、坂田君が先生に怒られてて。ガラス割ったのお前だろ、俺じゃねェ、ってずっとやってたわ。だから、待っててあげてるのかなって」
「……アイツじゃねーよ」
「え?」
「ガラス、割ったの」

質問の答えになっていないけれど、妙はそうと笑った。
それがなぜだか癪な気がして、フンと鼻を鳴らす。

「高杉君、誰がやったか見てたの?」
「いや。ただ、アイツがやってねェってならやってねーんだろ」
「……ふふ、信じてるのね」
「気持ち悪い言い方すんな」
「うん……でも、私もそう思う。悪ガキだけど、そういう事して楽しむ人じゃないって。割ったら割ったで、俺がやったんだって自慢しそうだしね」

妙はクスクスと笑う。
そんな妙の横顔をチラリと見た高杉は、また校庭に視線を戻した。
会話は成り立っているのに、どこかズレている。
ズレているのに、会話が成り立っていると言った方がいいのか。
素直じゃない者同士の会話らしい。
腹立たしい事に、それを高杉も妙もわかってやっているのだ。
高杉はムスッと眉間に皺を寄せた。

「……ただの風邪だろ」

妙は驚いたように目を丸くさせた。
いつも笑顔を張り付けているその表情が簡単に崩れ、ザマーミロと内心でわらう。

「……何で知ってるの?」
「俺、保健室にいたからな。だいぶ熱があるって話してるの聞いた」
「そう、なの……」

きゅ、と妙は拳を握った。

「新ちゃん、無理するとこあるから……」
「だったら早く帰った方がいいんじゃねーの」
「……おばさんが病院連れてくからって早退させたんだけど、私今日は家の鍵持ってくるの忘れちゃって……。だから職員室で電話借りておばさんの携帯に電話したの」
「迎えに来るって?」
「うん……まだ診察終わらないから、もう少し待っててって」

笑う妙に、高杉はふーんと返した。
両親を早くに亡くしたと聞いたのは、いつだったか。
弟と親戚の家で暮らしていると言ったのは誰だっただろう。
きっとそれは、噂話の類いだった。
可哀想だとか泣かなくて偉いだとか、そんな話を聞いた気がする。
そんな同情の声の中で、妙はきっと今のように笑っていたのではないだろうか。
そう思うのは、ムカつくくらい綺麗な笑い方をするから。
子どもなら、子どもらしく笑え。
自分に返ってくるのは承知ではあるが、やはりそう思ってしまう。

「……今日、命日なんだよ」
「え?」
「俺の大切な人の」
「大切な人……?」
「塾の先生」

妙は大きな目をさらに大きくさせた。

「俺にとっては誰よりも大切な人だ。でも、死んじまった。だから今日は墓参りに行く事になってんだよ。銀時とヅラと。ヅラは花買いに行くって先に帰ったけどな」
「……そう……なの……」

何でこんな話をわざわざクラスメートってだけの関係の奴に話すのか。
それは、高杉なりの礼儀、と言えばいいのだろうか。
委員長がこんな時間まで何やってるのかという問いに、妙は答えた形になった。
だから、銀時を待っているのかという問いに、ただ待ってるというだけでは自分が嫌なために理由もつけて答えた。
ただ、それだけ。
けれど、もしかしたら。
大切な人を亡くしたという所に、勝手に親近感のようなものを覚えてしまったのかもしれない。

「……つらかったね……」

高杉は目を剥いた。
妙は眉尻を下げて微笑している。
つらかったね。
今初めて聞いたはずの事を、簡単に過去の話にしてしまった。
大切な人を失った苦しみは、今もずっと続いているのに。
つらかった、と。
周りは可哀想だの頑張れだの一人じゃないだの、要らない慰めの言葉ばかりだった。
けれど、年齢が同じはずのこの少女は、ただその事実だけを聞いて言葉を放った。
何も知らないくせに。
湧き上がる怒り。
……は、なかった。
それはきっと、この少女が口にしたからだろう。
痛みを知っているからこそ、流してしまえるのかもしれない。

「お前……最悪だな……」
「それ、ほめ言葉?」

こんな奴が学級委員長というのだから、できた人間だと思った。
この少女に、救われた者も多いだろう。
弟がいい例だ。

「俺は簡単に過去のことにするつもりはねェ」
「……泣いて過ごすの?」
「誰が泣くか」
「泣いた方がスッキリするかもよ」
「テメーが言うな」

大切な人を想うのに、涙なんざいらねェ。
吐き捨てるように呟く。

「……バカみたい……」

ぽつり、妙が言った。
さすがに苛立って妙を睨むも、すぐに力が抜ける。
大きな瞳からポロリとこぼれた透明な珠。
音もなく静かに落ちた。

「別に、私は自分のこと……特別だなんて思ってない……でも……でも、こんな風に私も見えてたなら、バカみたいだって……!情けなくて……!」

何を言っているのか。
高杉は思わず狼狽えた。
ぽろぽろとこぼす涙の理由がわからない。

「泣けないって、こんな……悲しいことだったなんて……!」
「……!」

泣かなくて偉い。なんて、どうして言えただろう。
泣かしてあげられる場所を、どうして作ってあげられなかったのだろう。
大切な人を亡くして、悲しまない人間なんていないのに。
子どものくせに、大人みたいな志村妙が初めて見せた涙はとめどなく溢れ、それこそ子どものように泣いていた。
ずっと我慢していただろう想いと一緒に伝う涙を、高杉はただ呆然と眺める。
このまま泣き崩れてしまいそうだ。

「志村……」
「な、な……に……?」
「……つらかったな」
「……う、ん……!」

抱えていたって、どうしようもない。
濡れる床を見つめ、高杉はそっと息を吐いた。
ガラリ、突如空気を裂くように開いたドア。

「…………は……?」

銀時がどうしたという顔で立ち尽くし、ボロボロ泣いている妙を見ると顔色を変えた。

「高杉お前!なに志村泣かし……て……」

勢いよく掴まれた胸ぐら。
しかしすぐに勢いは失速し、銀時は瞳を揺らした。

「何、で……お前も泣いてんの……?」

高杉は銀時の手を払いのけた。
泣いていた、だなんて。
気づかなかった。見られたくないやつに見られた。
けれど。

「ほんと……最悪だ……」

泣くなんて事、しなかったから。
涙の止め方がわからなかった。
頬を伝うあたたかなものが、子どもの感情を引き出すようで。
つらかったね、と少女が流してくれた想いが心をぐちゃぐちゃに乱した。
でも、もう過去のことだと。
心の真ん中にそれは突き刺さったように、しっかりと。
それが目の前で泣いているこの少女も同じだといいと、そっと願った。

「な……んなんだよ……」

戸惑う銀時はその場から動けずにいる。
担任が何事かと教室にやってくるまで、高杉と妙は泣き続けた。
泣かしたのは銀時だろうと、彼はまた怒られるはめになってしまったが。

「泣いたのは秘密ね」
「ああ……」
「俺……悪いこと何もしてねーのに……!」

おばさんが迎えに来たからと、赤くなった目を細めて笑いながら手を振る妙はいつもの妙だった。
バイバイ、また明日。
揺れるポニーテールの少女は、当たり前だが少女で、自分も子どもなのだと思い知らされた気分だった。
だが、そう悪くはない。

「で、結局なんで委員長は泣いてたわけ?」
「……さぁな」
「……ふーん……」

銀時はそれ以上何も聞いてはこなかった。
高杉が泣いた事も、今はからかうつもりはないらしい。

「……俺らも行こうぜ。多分ヅラが待ちくたびれてる」
「……お前、いつも先生の墓の前で何報告してる?」
「は?何って……クラスの女子全員のスカートめくってやったぜ、とか?」
「…………」
「何だよその顔」

こんな事をわざわざ報告するやつがいるのだ。
たまには、クラスメートの話をしてみようかと思う。
きっと、笑って聴いてくれるだろうから。


end


ここまで長くなるとは思わなかった……!
何が書きたかったって、高杉君と志村さんが一緒に泣いちゃうとこよね!
本当はヅラも入れようと思ったけど、長いからやめました(笑)
銀時君は、銀→妙でもいいけれど、ここはあえて、ガキ大将だから泣いてる子はほっとけない不器用なヤツで!
5−3設定だけど、新八は下級生にしました。じゃないとこの話にならない(苦笑)
カップリング話ではないのに、ここまでお付き合いくださり感謝です!
お粗末さまでした!

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