赤い鎖

※銀妙前提


どうすれば逃げられるか。
ここ最近は、それだけを考えていた。
妙は荒い呼吸を整え、辺りの気配を探る。
落ち着け、と何度も繰り返しながら。
鼓動を静めようと胸に手を当てると、手首についた赤い筋が見えた。
数日前は赤々としていたそれも、今はだいぶ薄くなっている。
一体どういうつもりなのか。
妙はぐっと唇を噛んだ。
出口まであと僅か。
見張りに立っているのはふたりだけ。
逃げ切れる。

「やっぱり、出口が見えると気は緩むみたいだね」

突然背後から声が聞こえ、慌てて振り返った。
と同時に、体を壁に押さえつけられる。
背中に痛みが走った。
ギリ、首を絞められる。

「君も諦めが悪いなあ。どうせ逃げ出せやしないんだから、大人しくしてなきゃ。君を助けに、あのお侍さんも動いてるんだし。待ってればきっと会えるよ?」
「……っ……!」
「ああ、ごめんね。これじゃ喋れないよね」

悪びれる風もなく男は笑う。
少しだけ力を抜かれ、妙は呼吸を取り戻した。
しかし、男の手は妙の首にかかったまま。
きっと簡単にへし折られてしまうだろうな、とぼんやり思った。

「……だから、逃げなきゃいけないのよ。お荷物になんかなりたくないもの。この手を放しなさい、神威さん」
「この状況でもそんな強気なこと言えるんだ」

神威はニコニコと妙を見下ろしている。
表面だけの笑顔。
自分をアネゴと慕う少女の顔がちらつき、針で刺されるように胸が痛んだ。

「坂田銀時の女だから、って高杉は言ってたけど……」

細められていた目が妖しく開かれる。
血を求める瞳。

「高杉自身も君を気に入ってるみたいだよ?」

あ、俺も気に入ったよ。
神威は愉快そうに言うと、スッと妙から離れた。
解放され、妙は大きく息を吸い込む。

「追いかけっこはお終い。高杉が待ってるよ。いつも逃げ出す君を、ね」

敵わないとわかっているけれど。
妙は拳を振り上げた。
いつも大の男を簡単に吹っ飛ばせる威力だが、神威の前では赤子同然。
容易く止められ、妙は顔を歪めた。

「力、この間より弱くなってるみたいだね。やっぱり疲れちゃった?本当に地球人は弱いなぁ」
「ええ、夜兎族から見れば確かに弱いかもしれない……。でも、絶対に屈しないわ。そういう強さ、あなた知らないでしょう?」
「うん。だから興味があるんだ。君も、あのお侍さんも」
「知ったら、きっと自分の弱さに嘆くことになりますよ」
「弱い……?俺が?」
「ええ、そうよ。あなたより、神楽ちゃんの方がずっと強いわ」

わざわざ口調を強めた。
真っ直ぐに神威を睨めば、愛想のいい笑顔が狂気へと変わっていく。
ぞくり、背筋が凍った。

「何か、君のこと殺したくなっちゃったな」
「まあ、それは光栄ね。私もあなたをぶっ殺したいわ」

最上級の営業スマイルを作った。
笑顔を作るのは得意だ。
作る必要のなくなった今では、昔ほど綺麗に笑えてるかはわからないが。
それでも、妙は真っ直ぐに神威に笑顔を向けた。
不安な心を押し隠して。

「……冗談だよ。君を今ここで殺すより、坂田銀時の前で殺した方が面白そうだし」
「あら、結局殺されるのね私」
「アハハ、本当は君みたいな強い女の子は殺したくないんだよ。あ、俺の子ども産んでくれるなら生かしてあげる」
「それこそ冗談ね。私、強い人じゃないと嫌だもの」

神威は目をぱちぱちと瞬かせた。
クスリ、微笑し妙の耳元に唇を寄せる。

「その減らず口がこの先どう変わるか楽しみだよ」

どういう意味か。
妙が問う前に、強引に引っ張られた。
向かうのは、妙に与えられた部屋。
高杉が待ってる。
その言葉に重い息を吐き出しかけ、慌てて止めた。
妙は神威の後頭部を睨むように見つめる。
減らず口がどう変わるか楽しみだと言った。
きっと、泣いて命乞いなどすればその瞬間殺されてしまうだろう。
だが、そんな真似するような女ではないと、神威もわかってるはずだ。
それとも、誰かを護るための懇願か。
もし、目の前で大切な人を傷つけられたら。
果たしていつもの強気でいられるだろうか。
屈しない強さを保てるだろうか。

「連れてきたよ〜」

間延びした声にハッとした。
いつの間にか部屋の前に辿り着いていて、妙は悔しげに眉を歪める。
もう少しだったのに。またここに戻ってきてしまった。
部屋の中から聞こえる三味線の音色。
妙は一度強く目を閉じると、キッと鋭い視線を向けた。
おかえり、と高杉の小さな笑い声を跳ね返すように。

「今日のは気合い入ってたみてェだな」
「あとちょっとで出口だったよ。おかげで俺が鬼の役やっちゃった。でも賢いよね、日に日に逃げるのうまくなるし」
「……ところで」
「ん?」
「その首」
「首?……あぁ……」

クスッ。神威は悪戯っぽく笑い、妙を部屋に押し込んだ。
乱暴な扱いだったため、妙は勢いのまま床に体を打ちつける。

「羨ましかったから、俺もつけちゃった」

痛みを堪えながら体を起こそうとする妙の喉元に神威の手が伸びる。
つ、と指で撫で上げられ、妙は悲鳴が出ないよう口を引き結んだ。
ちらりと、用意されていた化粧台の鏡を見れば、神威の指は赤い痕をなぞっていた。
先ほど絞められていたその場所。

「私は……あなたのモノじゃないわ」

こんなものに、何の意味もない。
不覚にも声は震えてしまった。
けれどそれは、神威に触れられている事が不快なのだと、真っ直ぐに睨むことで示した。
伝わったのか、伝わっていないのか。
神威はにこりと笑うと、妙の喉元から手を引いた。
ベベン、三味線の音が止まる。
仕方ない、と小さく呟いた神威は妙に背を向けた。

「またね。次の鬼ごっこ楽しみにしてるよ」

ひらひらと手を振り、神威は部屋を出ていった。
しん、と静まり返る部屋。

「……どうして」

妙は絞り出すように言葉を紡ぐ。

「私を自由にさせとくんです?」
「縛りつけてほしいのか?」
「違います。これでも、あなたの部下を何人もボコボコにしましたから。困るでしょう?私に勝手されると。なのに……」

高杉が立ち上がった。
それだけで、言葉が紡げなくなる。
ドクリと心臓が嫌な音を鳴らし、不安に満たされた。
ゆっくり近づいてくる高杉に、恐怖心が増していく。
立っている状態ならば、きっと竦んで震えていたかもしれない。
そっと自分の脚を撫でる妙の前まできた高杉は、静かにしゃがみ妙の顔を覗いた。

「あんたは自由にしてる方が面白い。それだけだ」
「それだけ……?人質に逃げられたらかっこ悪いですよ」
「ハッ、そうはさせねェ。生憎、テメーがいくらボコボコにしようが手下は多いんでね」
「手下……あなた、いつもそう。いくら私が逃げ出しても、あなた自身が捕まえにくることないわよね。いつもいつも、ここに戻ってくる私を愉しげに待っているだけ……むかつくのよ」
「……何だ、俺に捕まえに来てほしいのか」
「バカ言わないで。あなたの所有物扱いされるのがむかつくって言ってんのよ」

妙の言葉に、高杉は目を細めた。
目は口ほどに物を言う。
だが、片目しか見えない高杉の考えは妙にはわからない。
隠されたその奥に何があるのか見定めようと睨むも、逆に見透かされてしまいそうだった。

「銀時が」

ドクン。
大きく鼓動が波打った。
心臓の音が聞こえたのか、高杉の唇が弧を描く。

「銀時があんたを奪いに来た時は、俺が迎えに行ってやるよ」

低く、妖しく。
耳元で囁かれた。
奪う?迎え?
まるで妙が高杉側のモノであるかのような言い方に吐き気がする。
私はモノじゃないし、あなたに扱えるほど簡単じゃない。
口にすれば、ぐるりと視界が回った。
見下ろしてくる高杉の後ろには天井。
押し倒された。
マズイと拳を握るが、両手首を床に縫いつけられる。
力に顔を歪めた。

「俺ァ、完全な自由にしたつもりはねェ」

ギリギリと締めつけられる手首。
せっかく薄くなってきていたのに。

「……っ、これが、鎖ってわけですか」

縛るのは、赤く色づいた痕。
こんなものに、

「意味ならある」
「……!」
「少なくとも、銀時には効果的だろうなァ……」

高杉はククッと笑った。
ギリギリ、痛みはどんどん強くなっていく。
耐えきれず声が漏れると、高杉は満足そうに力を緩めた。
妙は大きく息を吐き出す。
涙は意地で堪えた。
弱味など、絶対見せてやらない。

「哀れだな」

ポツリ、高杉が妙の手首を撫でながら言う。

「哀れ?私が?」
「その強気な態度も、今まで生きてきた中で形成されたもんだろ。まだ十八の小娘が世の中を知った気でいやがる」
「どう、いう……」
「銀時は教えてくれなかったのか?てめーの弱さの在り所を」

刃で貫かれた気分だった。
強くなければならない。
それが日常だった。
弱さをどこかに隠して生きるのは苦ではなかった。
楽しく笑える日々のおかげで。

「弱さの上に成り立つ強さは俺ァ案外好きだぜ。見てて飽きねェからな、バカってのは」
「……そう、高杉さんは私をバカにしてたわけですね」
「ククッ……まだ意地張んのか」
「女は意地張ってなんぼよ」

へぇ、と高杉はますます愉しげに笑う。

「いつかは消えると思ってるのか」

この真っ赤な痕。
高杉の視線が鋭くなった。
ひゅ、と妙は息を呑む。

「こいつは一生消えねーよ」

突き刺すような眼差しで、子どもに言い聞かせるかのように優しく放たれた言葉。
妙が高杉から視線を逸らそうとした瞬間、それをさせまいと強引に口づけられた。
今まで、手首の痕以外に傷つけられる事がなかったからと、どこか安心していた。
何もかも見透かされているようで、心はぐちゃぐちゃだ。
それでも、意地だけは。

「……っ」
「わたしは、生きてきた人生否定するなんて事はしません。弱いのは当たり前よ……女の子なんだから」
「……フン、まさか噛みついてくるとはな。いいぜ、とことん勝負といこうか」

高杉は唇の端を親指で拭った。
僅かに滲む血。
今の妙にできる精一杯だった。

「心配しなくとも、その強さ……弱さごと愛でてやるよ」
「……っ!」

お返しだ、と唇の端を噛まれる。
じわりと血の味が口内に広がった。
自身のものなのか、高杉のものなのか。
わからないほどに混ざり合ってしまった。
逃げても逃げても囚われるのは、心も同じ。
意地で堪えていたもののひとつ。
涙は、ついに零れてしまった。

(身体に纏わりつく赤の先に、温かな銀色が見えた気がした)


end

以前銀妙サイト運営していた時に書いた高妙を新たに書き起こしてみたお話。
逃げ出すお妙さんをいつも部屋でお帰りと待ってる高杉と、お妙さんが高杉にキスされて噛みつく場面がそうです。前の文章でもそうでしたが、一番書きたいとこ……!
神威は絡んでませんでしたが、せっかくなので威妙も!と追加。
盛り込むだけ盛り込んだら、何の話かわからん感じ否めませんね。
でも書きたいもの詰め込んだので満足してます(笑)
ですが、ふわふわした文章なのは申し訳ない……!シリアスってむつかしい……!
高杉はお妙さんの弱いとことかガンガン抉りそうだなぁと思います。
そして最後まで己を保ち続けるお妙さん希望。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

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