満天の星(2)

「はい、いい子にしててねー」

そう聞こえた瞬間、バシャンと頭から水を被った。
次にわしゃわしゃと身体を擦られ、あまりのくすぐったさに抜け出そうとするも、力で圧されかなわない。
銀時は悲鳴を上げた。
猫になってそれほど外を出歩いてはいない。
汚れてはいないというのに。
妙があまりにも嬉しそうに笑うから。

「ニャー!」
「ふふ、大人しくしてね。どざちゃん」

どざちゃん!?
やっぱ俺、どざえもん扱い!?
魂が半分になり、身体も土方と入れ替わったのがついこの間。
どざえもんの正体が銀時だった事にショックを受けたようだが、それ以上に、ペットを失った事の方がつらかったようで。
つか、俺が銀さんってバレたら、こいつまた……。
どざえもんの事も、今も。
騙すつもりなどないが、結果的には妙を傷つける事になる。

「はい、終わりよ。いい子ね」

タオルにくるまれ、抱き上げられる。
そのまま縁側に降ろされ、ちょっと待っててね、と妙はパタパタと部屋の奥へと消えていった。
プルプル、銀時は身体を震わせ水分を飛ばす。
座りなれたこの縁側も、猫になった今は広く感じた。
……ほんと、広い屋敷だな……。
妙と新八の二人で過ごすには、あまりに広すぎる。

「お待たせ〜。さ、乾かしましょうね」

妙が持ってきたのはドライヤー。
カチッとスイッチの音がすると、生暖かい風が身体に当たった。

「……気持ちいい?」
「……ナウ」

ブオォォ、という風の音だけが屋敷内に響いていた。
ここにはいつも、万事屋の皆で訪れるからだろうか。
音が少なく静かだ。
昼間だというのに、あまりの静けさに怖いと感じてしまうほど。
銀時は空を見上げる。
雲一つない澄んだ青空だった。
こいつ……いつも一人でいんのか。
こんな広すぎる屋敷に一人。
寂しくて当然だ。
どざえもんのおかげで楽しく過ごせた日々が、突然なくなったようなものなのだから。

「…………」

銀時はちらりと妙を見た。
目が合い、にこりと微笑む妙。

「うん。キレイになった」

すっかり乾いた毛がふわふわと揺れた。
膝に乗せられ、優しく撫でられる。

「ふふ……手触りいいのね、あなた」

妙の細い指が銀時の身体を撫でる。
何だか奇妙な感覚だし、字面がやべーし……。
だが、心地よかった。
思わず自分から妙にすり寄ってしまうほどに。
何やってんだ、俺!
けれど止まらない。
猫だから、だろうか。
くすぐったそうに、妙は優しく目を細めた。
再び胸元に抱き上げられる。
間近に妙の顔。
こいつ……やっぱ顔はいいんだよな……。
ふふふ、と笑いながら頬ずりされた。

「…………」

何だこの状況。
こんな事するために猫になったわけじゃねーぞ俺は。あれ、何するためだっけ?
だんだん頭がぼんやりしてきた。
胸ねーけど……すげーいい匂い……。
甘くて、安らぐ香り。
このまま眠れば、いい夢を見れそうだ。
目を閉じかけ、ハッとした。
いかんいかんと小さく首を振る。

「あ、忘れてたわ」

スッと妙が離れる。
もう少しこうしていたかった、という気持ちをぐっと押し込め、銀時は妙を見上げた。

「のど、渇いてない?お水でいいかしら?」

用意してきたのに忘れてたわ、ごめんなさいね。
妙はそう言って、テーブルを指差した。
その上のお皿には水が張っている。

「零すといけないから、テーブルの上で飲んでね」

はい、とテーブルに降ろされた。
ペロリ、水を舐める。
妙はそれを嬉しそうに眺めた。
居心地悪いな……。
ぎこちなく水を舐めていると、庭の方から物音が聞こえた。
妙は眉を寄せ、覗き込む。

「あ、お妙さん!」
「……殴られないうちに帰ってください」

近藤だった。
またいつものストーカーか。
銀時はため息をつくと、思い出したように身を隠した。
近藤は猫になった銀時を知っている。
今ここで見つかれば大変な事になるのは明白だ。
物陰からこっそりと二人の様子を窺った。

「あの、お妙さん!これ、よければ……!」
「何です?」
「ダッツですよ!お妙さんの好きな味買ってきました!」
「まあ……ありがたく受け取っておきます。ではさようなら」
「え!?ちょ、ちょっと待ってお妙さん!」

ゴリラも懲りねェな……。
何度アタックしても、結果などわかりきっているのに。
ペラペラと世間話をする近藤と、見向きもせずアイスを頬張り始めた妙。
途中に何度か殴られながらも、近藤は妙に話し続けた。
豪快に笑いながら。

「……もう、いい加減にしてください」
「いや〜、俺は女性の励まし方など知らないものですから、うるさかったかもしれませんね」
「はい?」
「最近、元気がないようでしたから……」

近藤は申し訳なさそうに頭を掻いた。
くすり、妙は笑う。

「ふふ……気持ちは頂いておきます」
「お、お妙さん……!」

……何これ。
え……何か……いい雰囲気じゃね?
銀時は目を見開いた。
いつも妙が近藤をボコボコにしてるばかりだと思っていたが、もしかしたら、二人っきりの時は案外こんな風にのんびり会話をしているのかもしれない。
マジでか。
思ってもいなかった光景に、銀時は面食らった。
しかし、やはり近藤は近藤らしく。
だんだんエスカレートする話題に妙がキレて、結局ぶっ飛ばされて気を失った。
もったいない、残念なやつ。

「あ、やっぱりここにいたんですね」

どうも、と現れたのは沖田だった。
珍しい事もあるもんだと、銀時は身を隠したままじっと様子をみる。

「今日も近藤さん引き取りにきやした」
「ご苦労様です。沖田さん」

今日も!?
君たち接点あんの!?
まるで日常茶飯事だ、と言わんばかりの妙と沖田のやり取り。

「そういや、桂を見やせんでした?」
「桂さん?」
「この辺で目撃情報があったんでねィ。ここに来てるかと思ったんだが……猫しかいねーらしい」

チラリと沖田の視線が銀時に向き、ドキッとした。
俺だってバレてないよね!?何だあの黒い笑みは!

「じゃ、近藤さんは回収していきまさァ。桂見かけたら連絡くだせェ」
「ええ、お仕事頑張ってくださいね」
「どうも」

ズルズルと近藤を引きずりながら去っていく沖田。
銀時はホッと胸を撫で下ろした。
やはり、あいつは侮れない。
意外なとこで繋がりのあった妙と沖田だが、特に何かあるわけではなく。
いや、意外じゃねーか。
近藤が妙のストーカーである以上、今のようなやり取りはあって当たり前だ。
銀時が知らないだけで、実は結構話したりしているのかもしれない。
ドSとドSだぞアイツら……大丈夫か色々……。
コンビ組まない事を祈ろう……。
銀時はフーと息を吐いた。

「……ニャウ?」

視界が突然陰った。
何だと思う間もなく、ガッと勢いよく身体を掴まれた。

「キャー!何この猫!銀さんそっくりー!!」

さ、さっちゃんんんんん!?
いつからいたのか。
あやめが興奮しながら天井からぶら下がっている。
銀時はジタバタと暴れた。

「猿飛さん!また不法侵入ですか!」

妙が慌てて銀時をあやめから奪い取った。
警戒するように、ぎゅっと胸に抱く。
またあの香りがして、銀時はくらりと目眩を覚えた。
何でこいつこんなにいい匂いなの。
天井にぶら下がっていたあやめが、スタッと軽やかに着地した。

「お妙さん……!何なのその猫!銀さんそっくりじゃない!どういう事よ!」
「この子は拾ってきたんです」
「拾ってきたですって?」
「そうです。今日からうちのペットなんですよ。ね、どざちゃん?」
「どざちゃん〜?」

あやめはカッと目を見開いた。
目にも止まらぬ速さで、妙から銀時を奪う。

「散々銀さんとイチャついて、まだイチャイチャする気!?」
「その子は銀さんじゃありませんよ!返してください!」
「クリソツじゃない!この癖っ毛といい、この目といいクリソツじゃない!」
「確かに似てますけど……」

妙は訝るように銀時を見る。

「この子、実は銀さんなんでしょ!?とんだプレイしてるじゃないの!」
「どうしてそうなるんですか」
「だって、あのどざえもんが銀さんの半身だったのよ?この子が銀さんでもおかしくないわ」
「それは……でも……」

マズイ……!
何でこんな時に限って鋭いんだよさっちゃん!
この話題は危険だ。
銀時はあやめの眼鏡を弾くと、ぴょんと妙に飛び移った。
ゴロゴロと甘えた声を出す。
妙はホッとしたように笑みを浮かべた。

「……私の眼鏡弾くなんて……何てS猫なの……この興奮する感じ……やっぱり銀さん……!」
「猿飛さん、それ壺です」

そもそも、何でこいつここにいるんだ?
妙しかいないこの家に。
銀時が訝る。
あやめは眼鏡をかけると、コホンと咳払いをした。

「お妙さん。これ、あげるわ」
「何です?」
「私が作った石鹸よ。いい香りでしょ?」
「あら、本当」
「最近あなた元気ないから……。べ、別に、心配なんてしてないんだからね!恋敵として最大のライバルでいてくれないと張り合いないってだけなんだからね!」

どこのツンデレ?
しかし、まあ……。
銀時はきゃっきゃと女子特有の声を上げる二人を見た。
仲がいいのか、悪いのか。
いつもはあやめが一方的に妙を恋敵として突っかかっているようだが、時々女子トークを繰り広げたりもする。
友達としては、うまくやっているのかもしれない。

「まあ……銀さんがいなくなって寂しく思う気持ちはわかるけど、お妙さんがそんなんじゃ、銀さんも後ろめたくなるんじゃないかしら?」
「猿飛さん……。銀さんじゃありません。どざえもんさんです」
「同じでしょーが!銀さんとイチャイチャしてた事は許してないのよ私は!」
「銀さんじゃありません。どざえもんさんです」

それ、俺はどう受け止めりゃいいんだ。
いくら半身とはいえ、銀時の意思ではなかった。
別人として扱うべきなのか、それとも。
別人として扱いたい……のか……?

「妙ちゃん?話し声が聞こえたから庭から失礼するよ」
「九ちゃん。どうしたの?」

今度は九兵衛か。
こいつはいつここに訪れてもおかしくはないが……。

「ちょっと近くを通りかかったから、寄ってみたんだ。猿飛はなぜここに?」
「私はまたお妙さんが銀さんとイチャイチャしてるんじゃないかと思って見張りにきたのよ」
「銀時とイチャイチャ……?また……?」

九兵衛の表情が変わった。
あ、ヤバイ殺される。
銀時はブルブルと身体を震わせた。
お妙の事になると暴走しだすんだよなこいつ……!

「どざちゃん?どうしたの?」
「妙ちゃん、その猫は……?確か……拾った猫は帰るべきとこに帰ったって……」
「この子はさっき拾ってきたの」
「そうか……。妙ちゃん、元気がないようだったから心配してたけど、新しい家族ができたんだな。それにしても……この猫、見覚えが……」

マズイ!
銀時はサッと顔を逸らした。
しかし、それがいけなかったのか、九兵衛は更に顔を寄せじっと真っ直ぐ見つめてくる。
冷や汗が浮かんだ。
銀時に似ているな……と呟く九兵衛の声には怒気が含まれている気がして。
さっちゃんが余計な事言うから……!
銀時は何とかこの場をやり過ごそうと、ニャーと鳴いて妙にすり寄った。
ゴロゴロ、喉を鳴らす。

「ずいぶんと妙ちゃんに懐いているんだな」
「ふふ……そうなのかしら?」
「悔しい……!私が先に拾ってれば、銀さんは私に懐いたはずなのに!」
「銀さんじゃありません。どざちゃんです」
「どざちゃんだろうが何だろうが、銀さんに似てるって事が重要なのよ!私に寄越しなさい!大事に育ててあげるわ!」
「ちょ、やめて!」

銀時を奪い合う妙とあやめ。
何なんだ、このひとっつも嬉しくない状況は!
銀時は妙の着物にしがみついた。
これが綺麗でまともなお姉さんとかなら、喜んで愛想を振りまいて愛でてもらうのだが。
ゴリラ女と変態ストーカーじゃ……。
だいたい、何でこんな事になったんだっけ?
あれ、と銀時がホウイチに頼まれた事を思い出しかけたその時。
ゴッ、と音が響いたかと思えば、あやめがその場に倒れた。
後頭部にはたんこぶ。
殴ったのは九兵衛だった。

「妙ちゃん、今日は帰るよ。猿飛は僕が連れていくから……」
「九ちゃん……ごめんね。ありがとう」
「いいんだ。妙ちゃんの顔を見に来ただけだったし」

それじゃ、と九兵衛はあやめを引きずっていく。
銀時はホッと安堵のため息をついた。
妙を見上げれば、嬉しそうに微笑んでいる。
この少しの間に、こんなに濃い来客があるとはな。
でもまあ、これで静かになった。
そう思ったのも束の間。
ピンポーンと、またも来客を告げる音が鳴り響いた。


to be continued


まだ続く……!
思った以上に長くなりそうだ……。次で終われるかも怪しい……!

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