カフェオレに甘さをプラス

※銀八先生と志村姉弟は昔からご近所さん設定


やっぱり、やめておくんだった。
何度そう思ってきただろう。
けれど、選んだのは私。
妙はぼんやりと窓の外を見た。
チョークが黒板を叩く音。カリカリとノートの上を走るシャーペンの音。
ふう、と妙はため息をついた。
何度も同じ自問自答して、気づけばもう三年生になっていた。
あと一年、って時に。

「志村」

ハッとした。
慌てて顔を正面に戻す。
じっとこちらを見ている、担任で、現在授業している国語の先生。

「授業中によそ見か。何、好きな男子が体育でもやってるとか?」
「何ー!?お妙さん!それは本当ですか!?」
「体育なんてどこのクラスもやってないけどねィ」
「あ、あれ高杉アルヨ。サボリネ」
「あー?これだから不良は……って、何だアイツ。定春に食われたぞ」
「定春ぅぅぅう!そんなの食べたら中二病になるアルヨォォォオ!!」

近藤と沖田、神楽を皮切りに教室内がざわつき始めた。
妙はそっと息を吐き出す。
ドキドキしてしまった胸を押さえて。
ふと、妙の視界が陰った。

「姉上」
「新ちゃん。どうしたの?」
「いえ……ぼーっとしていたみたいなので……。具合が悪いのかと……」
「大丈夫よ。何でもないわ」

ニコッと笑えば、新八はそうですかとホッとしたように微笑した。
おらー、席に戻れー。
ハーイ。
ガタガタと机と椅子が床を擦る音が響く。
ちらり、教壇に目を向けた。
先ほどと同じように、妙を凝視している担任の、坂田銀八。
心臓が痛み、思わず視線を逸らした。
今のは不自然だったかも。
しまった、ともう一度銀八を見る。
銀八は何かまた適当なことを言ったらしく、新八につっこまれていた。
けれど次には笑い合ってて。
どうして新ちゃんは、あんな風に笑えるのかしら。
羨ましい。
妙は胸の奥にあるものを吐き出そうと、深く息を吸った。


****


「終わった……」

ぐっと妙は背を伸ばした。
出された宿題はすべて終えた。
時計を見れば、もう八時を過ぎている。
お風呂の前に飲み物でも買ってこようかな。
妙は立ち上がり、テレビを見ていた新八に声をかけてから玄関を開けた。
夜の静けさ。
遠くで聞こえる犬の遠吠え。
いつもの道、いつもの風景。
同じというのは、とても安心する。
乱れた心を落ち着けてくれるもので、慰めてもくれる。

「あれ、志村。何してんだ、こんな時間に出歩いて」

揺れる銀の髪。
何でこんな時に会ってしまうのか。

「……先生……。せっかく、落ち着いたのに……」
「あ?」
「いいえ。先生は今帰りですか?」
「ああ。お菓子にアイスと色々買い込んだし、これからゆっくり糖分補給だ」

ガサリと買い物袋を揺らす銀八に、妙は苦笑した。
甘いもの好き。
昔から、変わらない。

「それじゃ、私はこれで」

ぺこりと頭を下げる。

「志村」
「はい?」
「飲みもんなら、買ってあるけど」
「え」
「カフェオレ。飲むだろ?」
「な……」
「ほら、突っ立ってないで行くぞ」

ちょいちょい、と手招く銀八。
歩き出す銀八につられるように、自然と妙の足は動いていた。
ダメ、という気持ちとは裏腹に。
だって、昔からそうだった。昔から、手招くこの人の後ろを追っていた。
追いかけて、手を伸ばして、シャツを掴んで、振り向かせた。

「ん?どうした?」
「あ……」

妙の顔が熱を帯びる。
掴んでしまった銀八のくたびれたシャツ。
慌てて離すと、銀八はフッと笑った。

「そんなに慌てなくても、余分に買ってあるよ。新八のもあとで持ってけ」
「え……あ……はい……」

がちゃり、ドアの開く音。
いつの間にか銀八のアパートに着いていたらしい。
中に入る銀八を見ていると、何してんだ早く入ればと手を引かれた。
がちゃり、ドアの閉まる音。
心臓がドキリと痛んだ。

「そういや、お前宿題は終わったのか」
「は……い……」
「ふーん。バイトしたり家のことしたり忙しいのに、よくやんなァ……」
「い、え……」

言葉がうまく紡げない。
ただ手を引かれただけなのに。
妙はそっと家の中を見回した。
服や雑誌が散らかってはいるが、そこまで汚れてはいない。
新八が時々掃除しに来ているからだ。
以前は妙も来ていたが、高校に入ってからは来るのをやめた。
来てはいけないような気がして。
新八と一緒なら、何度か訪れたが一人でここに上がるのは久し振りだ。
上がって、いいのだろうか。

「妙」
「……!」
「何してんだよ。早く上がれ。お前、最近変だぞ」

妙。
下の名前を呼ばれた瞬間、どうしようもない想いが込み上げた。
衝動のまま、銀八に飛びつくように抱きつく。

「銀、さん……!」
「おいおい、どうしたよ」

ぎゅっとシャツを掴むと、煙草のにおいが脳を揺らした。
その中に甘いにおいも混じっている。
その甘さを求めるように、ぐっと顔を押しつけた。
ポンポン。
優しく頭を撫でられる。
そっと顔を上げると、銀八はゆるく笑っていた。

「ほれ、カフェオレ」
「……ありがとう……ございます……」

紙パックのカフェオレ。
差し出されたそれを受け取った妙は、靴を揃えると部屋の奥へ進む銀八を追った。
そこ座れ、と指を差された場所。
昔からの妙の定位置。
それだけで胸が熱くなる。
妙は近くにあったクッションを取ると、ぎゅっと抱きしめた。

「お前、何か悩みごとでもあんの?銀さんが聞いてあげるよー」
「…………」
「何、銀八先生の方が良かった?」
「い、いえ!そうじゃなくて……」

ん?と銀八はいちご牛乳の口を開けながら首を傾げる。

「わ、私……」
「うん」
「あなたと……どう接していいのか……わからなくて……。私が今ここにいるのも……まずいのに……」
「……そうだな。ババア……理事長は事情知ってるし、一、二年は特に授業も担当してなかったのに……三年になってお前らの担任になるとは思わなかったよ」

ハハハッ、と銀八は笑った。
妙はクッションを握りしめる。
本当なら、銀八のいる銀魂高校には行かないつもりだった。
銀八とは昔からの知り合いで、よく新八と一緒に遊んでもらったお兄さん的な存在だ。
そんな人と、教師と生徒の関係になる。
それがどういう事か、わからないはずないのに。
けれど、新八は銀魂高校を志望校に選んだ。
銀さんが先生してるの見てみたい。なんて、無邪気に笑って。
それは、妙にもあった気持ち。
銀魂高校に入れば、教師と生徒になってしまうとわかっていながら、結局は妙も選んだ。
家から近いからだ、と自分に言い訳をして。
最初は良かった。
本当に教師をしているんだと、新鮮な気持ちがあった。
しかし、日を追うごとに痛感する。
あの人は教師で、私は生徒なのだと。
気軽に銀さんと呼んではいけない、手を触れてはいけないのだと。
新八は男だ。
昔からの知り合いと言っても、問題はなかった。
でも妙は違う。
女だというだけで、教師と生徒以上の関係は許されない。
志村と苗字で呼ばれるたび、先生と呼ぶたびに、胸が痛んだ。
遠くに感じて。

「正直さァ」
「え……?」
「俺もちょっと困ったわけよ。お前が銀魂高校受験するって聞いて。いや、嬉しかったけどね。けど、銀さんとして接するわけにいかねーもんな」
「……そうですね……」
「でも、よく考えてみると、気にしすぎかなって気もしてきてさ」
「……え?」
「さすがに、こんな時間に家に招くのはヤバイとは思うけど。学校では生徒として、学校出れば可愛い妹分の妙として、切り替えてもいいんじゃないかってな。ま、お前のが意識して俺に近づかないようにしてたから、合わせてはいたけど」

ズゴッ、と音が鳴った。
銀八が空になったいちご牛乳を振ると、カラカラと中でストローと紙パックがぶつかる。

「お前によそよそしい態度されんの、ちょっと傷ついた」
「銀さん……」
「ま、仕方ないことだけどな。俺も、どうしたってお前ら姉弟を贔屓しちまうし」

銀八は笑うと、ちょいちょいと妙を手招いた。
妙は腰を上げると、銀八の側に寄る。
ポンと頭に手を置かれ、優しく髪が梳かれた。

「たとえお前が別の高校でも、他から見たら女子高生家に招いてる事実は変わらないし?」
「それは……そうかもしれませんけど……」
「普通でいんだよ、普通で。やましいこと、何もねーんだから」
「銀さん……」
「な?」

銀八の優しい笑みに、妙はこくりと頷いた。
普通でいい。
新八と笑いあっているように、一緒に笑っていいと、そういう事でいいのか。
やましいことは何もない。
確かにそうだけれど。

「先生」
「え、先生?」
「私が小さい頃に言ったこと、覚えてますか?」
「うん?」
「大きくなったら、銀さんの……」
「ああ、お嫁さん?」
「……その夢……今も変わってないかもしれませんよ。私は、どうしたらいいですか?銀八先生」
「……それは……まあ、あれだ……うん……」

銀八はポリポリと頬を掻いた。

「その気持ちは心の奥底に隠して、大切に育むこと。いいですか、志村さん」
「……ふふ。かもしれない、ですよ先生」
「かもは認めねェ」
「先生ってロリコンだったんですね」
「バカ言うな。お前が可愛く成長したせいだ」
「贔屓しちゃうくらい?」
「そう。贔屓しちゃうくらい」

妙はふふふと笑った。
やましいことはないけれど、やましい気持ちは持っている。

「妹分って言ったくせに」
「そう思ってないとマズいだろ」
「卒業するまで……彼女作っちゃ嫌ですよ?」
「お前こそ、あっさり彼氏作んなよ」

さらり、さらりと妙の髪を梳く銀八。
これはセクハラにならないんですか?
意地悪く首を傾げれば、銀八は困ったように、

「銀さんとして、これくらいさせろ。妙」

わしゃわしゃと、髪を掻き回された。
明日になればまた、銀八先生、志村と呼び合うだろう。
けれど、きっと気持ちは晴れている。
ようやく口をつけたカフェオレは、いつも飲むものと同じなのに、やけに甘く感じた。


end


昔馴染みっていいよね。
からできた話。
小さい志村姉弟を高校時代くらいの銀八先生が遊んであげてたら可愛い。
あ、そこに桂や高杉がいてもいい……!もっさんも!
そうなると、志村姉弟と桂高は幼なじみですね。萌える!
坂田坂本で子どもたちが可愛いだ生意気だ話してたら萌える!!
お粗末さまでした!

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