泳ぐことを忘れた人魚の理



「カスミー!」


伸ばした手は届くことはなかった。
もう少しだったのに。あと少しで掴んだのに!


「くそっ……!」


悔やんでも悔やみきれない。
助けられなかった、守れなかった!
自分の非力さが許せない。
どんなに自分を責めても、壁に拳を打ち付けても、何も解決しないのはわかっている。
けれど、この胸に渦巻く気持ちをどうしろというのだ。



「サトシ……」

「……タケシ、オレ……」

「ああ……。諦めたわけじゃないだろ?」

「うん……」


タケシがいてくれて良かった。
自分一人では何をしていたかわからなかったから。
彼の笑顔を見ると心が落ち着いていくのがわかる。
そうだ、しっかりしなくては。
カスミを、助けに行かなきゃいけないのだから。


「こんなに広くて自由な海なのに、縛りつけようなんて絶対だめだ」


人魚になんかさせたりしない。
平和のためにカスミを犠牲になんてふざけんな。
彼女の大好きな海で、辛い思いなんてさせるものか!


「カスミはカスミだ。ハナダのおてんば人魚であって、この海の人魚じゃない」


だけど、あと一歩。勇気がほしい。迷わないための、確かな何か。


「タケシ……カスミは、こんなこと望んでないよな……?」

「当たり前だ、カスミはお前に手を伸ばした。それがカスミの気持ちだ」


目を閉じ思い出す。
深い深い水の底へと引き込まれていく姿が、まぶたの裏に鮮明に映る。
助けて、とは言わなかった。
けれど、確かに手を伸ばした。
キラキラと真珠のような涙をこぼしながら。


「助けに行こう、サトシ。大丈夫、カスミは強い。泡になって消えたりはしないさ」

「……ああ!」


もう迷いはない。
いつものように突っ走って、彼女を暗い深海から引き上げる。
今度はちゃんと掴んで、離さないから。
そうしたら、また無茶をして、って怒ってもらおう。


「待ってろよカスミ。必ず助けて、守ってやるからな!」


海の奥深く、彼女に届くよう声を張り上げた。

必ず、そう自分に誓って。



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ちょっぴりファンタジー?
細かい設定は何も考えてませんが、人魚として海に縛りつけられるカスミとそれを救う王子サトシ。みたいな。……王子(笑)
読んでくださった方、ありがとうございました!

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