スタートライン



その差なんて、当然で、わかっていることだ。
けれど、最初からそうであるわけではない。
徐々に生まれる差は成長というのだろう。


「ご、ごめん……!」


だからそんな辛そうな表情をする必要なんかないのに。


「あのね、別にたいしたことないのよ。もう気にしないでって言ってるじゃない」

「うん……。でも、オレ……自分じゃそんなつもりなんて……」

「わかってる。わかってるわ。そんな顔されたら、逆にあたしが悪いみたいじゃない」


笑ってみたけれど、サトシの表情は変わらない。
まいったな。カスミは困ったように眉尻を下げた。

それはいつもの、ほんの些細なケンカだ。
お互い本気で言い合っていたわけでも、昔のようにムキになっていたわけでもない。
ただ、ちょっと意見が食い違っただけ。
カスミがサトシの腕を掴んだのを、サトシは振り払っただけなのだ。


「あたしが勝手にバランス崩して、木に打ち付けたのよ」


包帯が巻かれた肩を回してみせる。
タケシの適切な処置により、痛みはほとんどない。
のだけれど、サトシはギョッとしてカスミの腕を掴んだ。
やめろ、と目が言っている。
だから痛くないって。呟いたが、信じてくれそうにない。
責任を感じている相手には、強がりにしか見えないのだろう。
カスミは人差し指を顎に当て思案する。
ここはサトシの気がすむようにしてあげよう。


「……じゃあ、お願い聞いてくれる?」

「……! あ、ああ! オレにできることなら!」


サトシは嬉しそうに笑った。


「で、何だ? お願いって?」

「うん。おんぶ、して?」

「へ、おんぶ?」


目を点にしているサトシに、カスミはうん、と頷いた。
何でおんぶ?そう思っているだろう。
本当は少し照れくさいのだけど。
カスミはクスリと笑い、サトシの背中に回った。


「いいでしょ?」

「ん……別にいいけど……。そんなんでいいのか?」

「いいのよ」


言って体重をかけると、軽々と持ち上げられてしまった。
力の差も歴然ということだ。
何だかこそばゆくて、笑ってしまう。


「お前、ちょっと軽すぎないか?」

「普通よ」

「えぇ? 絶対軽すぎだって。腕だってこんなに細いし……。ちゃんと食ってんのか?」


―呆れた。まだ気づかないの?
カスミはサトシにギュッと抱きつき、髪に顔を埋めた。
香るお日様はなんて彼らしいのか。
大きく逞しくなった背中も、見上げなければならなくなった身長も、支えてくれる腕も、名を呼んでくれた声も。

全部、全部。


「あんたが成長したってことじゃない」

「え?」


かっこよくなったわね。
そう言えば、頬に朱を散らせ狼狽えたのがわかった。
そういう純粋なとこは変わっていないようだ。
けれど、そこは変わってほしくないとこ。


「あたし、またサトシたちと旅ができるのをすごく嬉しく思ってるの」

「そりゃぁ、オレだって……」

「うん。きっと、まだまだ成長するんだと思う」


それを近くで感じられるのがとても嬉しい。


「どんどん開く差は少し寂しいけど、すごくね、嬉しいことなのよ」

「……そっか」


成長かあ、なんてまるで人事のように目を細めるサトシ。
カスミはそんなサトシの頭をふわりと撫でた。
一瞬きょとんとして、すぐにむむっと眉を寄せる顔はやっぱり昔のままで、つい口元が緩んでしまう。
子ども扱いされるのが嫌いなのは知っている。
でも、これはそういうのとは違って。


「ふふ、嬉しいのよね」

「……? 変なカスミ」

「変とは何よー」


ぐしゃぐしゃとサトシの髪をかき回す。
この感じ、本当に懐かしい。
久しぶりに笑い声を響かせたような気がする。


「サトシ、これからよろしくね」

「おう……。今度からは気をつけるから、さ」

「……何を?」

「…………」


首を傾げると、目の端に白い布をとらえた。
ああ、そうか。
カスミはくすりと笑った。
気にしないでという言葉は、もう無意味なのかもしれない。
それなら、存分に気にさせてあげようじゃないか。


「そうね。あたしは、かよわーい女の子なんだから、気をつけなさい」

「……誰がか弱いって?」

「あ、た、し、よ!」

「……心配して損した」

「あら、気にしなくていいって最初から言ってたはずなんだけどな〜」


いたずらっぽく笑うと、サトシは言葉に詰まり何も言い返さなくなった。


「……え?」


かと思えば、言葉の代わりにニヤリと笑い返され、間抜けな声がもれてしまった。
何?
問う前にサトシはぐんと走り出す。
突然のことに、おぶられていたカスミはバランスを崩したが、持ち前の反射神経で何とか立て直した。
だが、その速さといったらない。
人をおぶっていてこのスピードは普通出ないだろう。


「って、サトシ! 速い! 速いってば!」

「何だ、怖いのか?」

「こ、怖いとかじゃなくて〜!」


揺れる、揺れる。
温かくて安心できた大きな背中は、今は乗り心地最悪。
サトシの首にしっかりとしがみついていないと、振り落とされてしまいそうだ。
先ほどの仕返しだろうか。
そんな中、サトシは楽しそうに笑って、


「カスミー!」


こんなにも近くにいるというのに、大声で名を呼んだ。


「なにー!」


負けじと大声で聞き返すと、サトシは一層楽しげに笑う。


「これからよろしくなー!」

「……うん!」



歩いて走って、時には立ち止まって。
また一緒に、旅をしよう。



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無印組でまた旅をする日がくるといいですよね。
この辺で、どうでもいい個人的な一人称設定なんかを。
〜18歳くらいまで
サトシ→オレ
カスミ→あたし
19、20歳〜
サトシ→俺
カスミ→私

だいたいですが、こんな感じで書いてます。
必ずしもというわけではありません。
公式でどうなっているのかわからないですし……。
最後まで読んでくださった方(長いあとがきまで……!)、ありがとうございました!

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