一巡り



「なあ、ちょっといいか?」


自分の声がやけに低く聞こえた。
普通にしているつもりだが、思った以上に感情は抑えきれていないらしい。
振り返ったシンジはこちらの言わんとする事に気づいているのだろう。
露骨に顔を歪めていた。


「俺はこれからバトルの約束がある。手短にな」


シンジはライバルだ。
いつも先にいて、追いかけてばかりだった気がする。
考え方が正反対で、反発してばかり。
けれど、どこか似ていた。同じだった。やり方が違うだけで。


「もう分かってると思うけどさ……カスミのことでちょっと」

「……ちょっと、か」

「…………」


拳を握った。
どうしてもっと早く気がつかなかったのだろう。
いつも後悔はしないよう、全力で物事に取り組んでいるのに。
どうにもならない事もある。
それを突きつけられた気分だった。


「……シンジ、カスミと付き合ってるんだって?いつからだ?」

「……ちょうど一年、だな」

「いち、ねん……」


短いのか、長いのか、よくわからなかった。
基準なんて知らないのだから。
でも、長いと思った。
季節を一巡り。
共に過ごしていたと思うと、胃の辺りがムカムカする。


「あのさ、オレとシンジって考え方正反対じゃんか。カスミはオレ寄りの考え方だと思うんだけど」

「そうだな」

「そうだな……って……」

「最初はうざい女だと思ってた。口喧しいことこの上ない。アイツの一言は、苛立たせるものばかりだったな」

「……お前、カスミのこと嫌いだったのか……?」

「ああ、嫌いだった。当然だろ。あんな女」


ずいぶんな言いぐさだ。
この場にカスミがいたら、怒り狂っていたかもしれない。
カスミが嫌い。
なら、なぜ付き合っているのか。
それも一年も。
こちらの疑問を察したのだろう。シンジは視線を逸らしながら言った。


「俺とお前の関係と一緒だ。考え方も違う。反発ばかり。だが、そこから見いだした考えもある。だから俺はお前をライバルだと認めた」


認めた。
ズキリと胸が痛む。
認めてしまったのだ。
シンジはカスミを。


「アイツにも俺にも、信念はある。それが同じものではなくても理解はできる。そういう関係なんだよ」

「それは人としてだろ……?付き合うってのは、好き同士だからじゃないのか。カスミの気持ちを弄んでるなら……」


シンジが動いた。
びくりと肩が揺れる。
こちらに向かってくるトレーナーが目に入り、小さな声がもれた。
シンジの言っていたバトル相手。


「……ひとつ言っておく」

「え?」

「一年、だ。今更お前に譲ってやる気はない」


シンジはそれだけ言うと、やって来たトレーナーの元へと向かってしまった。
ムカムカとしていた辺りに、渇いた音が響くようだった。
どうしようもない気持ちが渦巻く。
バトルを始めたシンジの背が遠くに感じた。


「あー!もう始まってる!」


突然聞こえた声に振り向けば、カスミが息を切らせて立っていた。
ドキリ、痛む。


「あら、サトシじゃない。サトシもシンジのバトル見にきたの?」

「え?あ、ああ……うん……まあ……」

「何よ、ハッキリしないわね」


カスミは笑った。
昔みたいに隣に並んで、同じものを見る。
ただ、見ているものへの想いはだいぶ違っていた。


「一年……だって?」

「え?」

「シンジと付き合って」

「え、シンジから聞いたの?」


カスミは顔を赤らめうろたえた。
もじもじと指を動かし、恥ずかしそうに小さく頷く。
恋する乙女、とはこの事か。


「……シンジのどこが好きなんだ?」

「何よサトシ……そういう事にやっと興味もったの?」

「うるさいなー。オレだってもう大人だぜ」

「ふふ。そうよね」


カスミはくすくす笑う。
昔と変わらない花のような笑顔。
好きだと、心が叫ぶ。


「あたしね、最初はシンジのこと大嫌いだったの。何様なのかしらって」

「そうなのか?」

「そりゃそうよ。考え方もまるで違うし、シンジみたいなのがトレーナーだなんて許せないとさえ思ったわ」

「…………」

「でもね、ただ冷酷非情なだけじゃないの。自分にも厳しくて、ただ己の道を突き進んでいるように見えて実は迷ったりもがいたり……。そういうのって、とても愛しいなって思うの。だから理解しようとしたのよ……それがきっかけ」


フと口元がゆるんだ。
哀しくて、淋しいのに。
笑みがこぼれた。
泣きたいのに。


「そっか……なるほどな……」


惹かれ合うってやつか。


「シンジもカスミと同じ事言ってたよ」

「……本当……?」

「ああ」


カスミは笑った。
恋する乙女の顔で。
カスミの笑顔は何度も見てきたのに、この笑顔は知らなかった。
引き出したのが自分じゃないのが悔しい。
けれど、しょうがないのだ。もう、何もかもが遅い。


「ほら、バトル終わったぞ。シンジの勝ちだ。良かったな」

「当たり前よ。シンジは強いもの」

「そうだな……」


カスミの見ているものは、もうシンジだけ。
離れていても繋がっていると思っていたのに。


「サトシ」

「ん?」

「あんたも頑張りなさいよ。夢、絶対叶えてよね!世界の美少女カスミちゃんが応援してるんだから」

「カスミ……」


そうだ。繋がっているのだ。
どんなに離れていても。どんなに時が経っても。
絆は変わらない。
共に過ごしたあの日々がなくなるわけじゃないのだ。
それが恋という形にはならなかっただけ。


「……ほら、シンジのとこ行ってやれよ」

「サトシ……ありがとう!」


カスミの眩しい笑顔に目を細めながら、その背を押した。
シンジの元へと駆けていく。
もう、どんなに伸ばしても届かない。


「バカみてぇ……」


いつかこの想いは、消えてなくなるのだろうか。



ーーーー
つ、つらぁぁぁぁい!!
何だこの気持ち!辛い、辛いぞ!
でも楽しかった!!
矛盾するこの気持ちをどうしたらいいんだ。
以前、アンケートでサトシ君の片想いに結構票入っていたので、悲恋ものを書いてみました。
ごめんね、サトシ君。
シンジの「譲る気はない」というセリフを書けたことに満足してます。
最後までお付き合いくださりありがとうございました!

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