大好きな君たちへ



きっとそうだと確信していた未来。
もう十年も前からそうだろうと、そうであってほしいと。
夢をみていた風景だ。
嬉しくて、幸せで、胸が温かいのに。
自然とこぼれ落ちた涙に気づいた時、どうしようもない想いに苦しさを感じた。
どうして人の心は、こうも複雑なのか。


「ピィカ……?」

「ピカチュウ……。お前も嬉しいだろう?お前の大事な友達の幸せな姿は」

「ピカチュウ」

「俺も、嬉しくて仕方がないんだ」


変わらないな、と会うたびに言っていた。
だけども変化は必ずある。
変わらない中にも変化はあり、変わったと思っても実際は何も変わっていない。
これは、大きな変化だった。
ふたりにとって。


「タケシ」


ふわり、空から降ってきたような優しい声。
振り向けば眩しいくらい輝いていた。
思わず目を細めたが、何分元が細い。彼らはこちらの表情の変化は気がつかないだろう。
どんなに目映いことか。


「どうだった?」


昔はおてんばだった少女が、美しい女性の笑みを浮かべ問いかける。
見慣れているのに、それでも見惚れるほど美しかった。
どんな綺麗な女性より魅力的だと、そう素直に感じた。


「あぁ、すごくよかったよ」

「俺は緊張しすぎてあまり覚えてないかも……」


彼女の隣にいる彼はヘラリと笑う。
背も伸び逞しくなったその姿は、もう立派な青年だ。
ただひたすら夢に突き進んでいた彼の目には、今はその先のもっと深いところを見据えている。
ふたりとも、大人になったのだ。


「あんたは……おっきくなってもお子ちゃまなんだから」

「何だよ、お前だって緊張してたくせに」


変わったことと、変わらないもの。


「サトシ。カスミ」


いつも呼んでいた彼らの名前。
それなのに、口にするのも輝かしくて震える。


「何?タケシ」

「どうしたんだよ、タケシ」


変わらぬ響きで呼んでくれる名前。
あふれでる想いは、そんな当たり前で何気ないことがきっかけだったりする。
ふたりの驚いた顔で、ああ、また自分は涙を流しているのだと気づいた。


「俺はずっと夢をみていたんだ……。この日がくることを」

「タケシ……?」

「楽しみにしていたんだ……」


だってそうだろう。
ふたりが大好きなのだから。
大好きなふたりが、ようやく結ばれたのだから。


「よかったよ……カスミの花嫁姿も、サトシの力強い眼差しも……ふたりの幸せな笑顔も……。すまん……笑って祝えなくて……」


涙は止まらなかった。
どんなに悲しくても辛くても、こんな風に泣くことなどなかったのに。
なのに、ふたりを見たら簡単にこぼれていく。
幸せなのも、これからもっと幸せになるのもふたりだというのに。
まるで自分がこの世で一番幸せであるかのように、胸に満ちる想いは優しく穏やかで温かかった。


「何言ってんだよタケシ……」

「そうよ……ちゃんと、笑ってるじゃない」


サトシとカスミが微笑む。
思わず呆けてしまった。
それでも勝手にこぼれ落ちていく涙。
それを掬ってくれたのは、肩に飛びのってきたピカチュウだった。
けれど、小さな手では大粒の涙は掬いきれない。
ポンポンと優しく頬を叩かれ、そっとピカチュウの頭を撫でた。


「俺にとってサトシとカスミは……旅の仲間で、友達で、兄弟で家族で……かけがえのない存在だ……」

「うん」

「ずっと見てきたから……」

「うん……」

「だから、本当に嬉しくて……!」


親心のような、自分の夢が叶った時のような、たくさんの想いが混じりあう。


「タケシ……!」


ぎゅっと、カスミが抱きついてきた。
肩が僅かに震えている。


「タケシはずっと一緒に旅をしてきた仲間だもんね……!見守ってくれて、ありがとう!大好きよ、タケシ」

「カスミ……」

「ったく、ふたりとも涙腺ゆるくなったんじゃないのか」

「サトシは?」

「俺はもう大人だからな。泣くわけないだろ」


ふい、と顔を背けるサトシの目はうっすらと潤んでいた。
変わったもの、変わらないこと。
サトシはサトシであり、カスミはカスミだ。
それは、変わらない。


「嬉しくて、やっぱりちょっと寂しかったんだな……俺は……」

「大丈夫よ、タケシ。タケシとの旅も、教えてもらったことも、励ましてくれた言葉も……全部覚えてるもの。そしてこれからも……見守っていてね」

「そうだぜタケシ!俺たちはずっと仲間だからな!」

「ピッカ!」


いつの間にか、涙は乾いていた。
ピカチュウが優しく目尻を擦ってくれる。
なかなか顔を上げようとしないカスミの頭をポンポンと叩けば、くすり笑い声が聞こえた。


「サトシとケンカした時は、また胸貸してね」

「おいおい、いくらタケシでもそれは複雑だぞ……」

「ははっ……カスミも美人さんになったからな……。なかなか俺好みだぞ」

「あら、本当?」

「おい!」


パッとカスミが顔をあげた。
大人っぽくなった中にも、昔のように花が咲いたような、愛らしい笑顔。
温もりが離れていくのは、やはり寂しい気はするけれど。
サトシのもとへと背を押した。


「ありがとう。サトシ、カスミ……」


今度はちゃんと、笑顔で言える。


「結婚おめでとう!」


いつまでも大好きな君たちへ。



‐‐‐‐‐
いつもはサトカス視点でただただ幸せ〜な感じなので、たまにはこういうのも。
別の道を歩いてもずっと一緒にいるような気がしてたのに、その二人が同じ道を歩き始めたから、ちょっと寂しくなったタケシくん。
幸せなのに寂しいという感覚は、親が子の結婚式を見るあの感じ。多分。
そんな嬉し寂しな幸せは、私は当然経験したことありません。
なので想像のものではありますが、伝わっていたらなぁ……と思います。
自分の妄想なのに、タケシに感情移入しすぎて涙ぐんだのはここだけの話。なんて(笑)
ありがとうございました!

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