夢にも理性



「待っ――!!」


ガバッ、と起き上がる。
聞こえてくるオニスズメの鳴き声が、朝を告げるものだと気づくにはずいぶん時間がかかった。
あまりにも強烈な夢。
夢とわかっていても、手の震えと熱くなる顔はどうしようもない。
叫びたい。
だが、胸の辺りで何かがつっかえていて出てきそうにない。
ぐしゃぐしゃと寝癖がついた髪を掻き回し、項垂れた。


「サトシー! 朝よ、朝! 起きなさい!」

「!?」

「あら、起きてる。おはよ、朝ごはんできてるわよ?」

「……っ!」


バン、と勢いよく開かれた扉。
よりによって、と泣きたくなった。


「ちょっと、サトシ?」

「うわっ!? ま、まっ……!」

「は?」

「部屋には入るな!」

「……ちょっと、何なのよ」

「いいから、カスミに入られると困るんだって!」


手を突き出し、全力で拒む。
カスミは眉をひそめた。
どういう意味だと目で訴えてくるが、内容が内容なだけに説明などできない。
気持ち的にもいっぱいいっぱいだ。


「とにかく! 出ていってくれ! 起きるから!」


あまりの剣幕に驚いたのか、カスミはたじろいだ。
わかったわよ、と不機嫌そうに唇を尖らせながら部屋に背を向ける。
ホッとサトシが安堵すると、とことことピカチュウがやってきた。


「ピカピ?」

「ピカチュウ……オレ、とうとうダメになったかもしれない」

「ピカァ?」


真っ赤な顔を手で覆う。
そんなサトシの様子に、ピカチュウは訝しげに首を傾げた。


****


ぽろり、ぽろり。
朝食が口に運ばれる前に落ちていく光景を、タケシとハナコはまじまじと見ていた。
サトシの好きな食事タイムで、こんな眼の焦点も合っていないような姿は今まであっただろうか。
何ものっていない箸をガジガジと噛み続けるサトシの鼻を弾いたハナコは、すくっと立ち上がった。
茶碗を奪い、中身を手にとり握っていく。


「おにぎりにすれば少しは食べやすいわね」

「……これは相当重症だな……。何があったのかは知らんが」


タケシはちらりとピカチュウに視線を向けた。
こくり、頷けばピカチュウも頷き返す。


「ピーカー……」


いつもより溜めて。


「……チュー!!」


バリバリと電撃がサトシに直撃した。


「けほっ……」


真っ黒に焦げ煙をあげるサトシは、咳をしただけで何の反応も見せない。
相変わらず焦点のあっていない眼のまま。
タケシとピカチュウはズギャーンの効果音を背後に驚き、ハナコはあらあらとのんびり笑った。


「これは……!」

「ピカ……!」

「う〜ん……カスミちゃんなら――」


ガダガタン。
サトシが椅子から転げ落ちた。
ピカチュウが駆け寄り、サトシの額を突く。
その顔は真っ赤で、汗が玉を作っていた。


「サトシ……? お前……」

「ち、違う! あれは、カスミが……! オレは待ってって言ったんだからな!?」

「何の話をしてるんだ」

「ピカチュ……」


視線を泳がせるサトシ。
キラリ、ハナコの目が光った。


「サトシ〜? カスミちゃんと何があったのかしら? ママに言ってみなさい」

「い!? 言えるかよ!」

「どうして?」

「だっ……! と、とにかく、母さんには言えない!」


ふい、とそっぽを向くサトシの汗は止まらない。
タケシとハナコとピカチュウは、ほんの数秒アイコンタクトを取ると、直ぐ様行動に移した。


「へ?」


サトシがすっとんきょうな声をあげる。
後ろからタケシにガシリと掴まれ、ハナコが倒れている椅子を直し、サトシに笑みを浮かべる。
優しく柔和な笑みのはずが、悪寒が走るこの感じは幾度か経験している。
ピカチュウに助けを求めたが、可愛い相棒は味方してくれなかった。


「ピィカ……」


逃げたら10万ボルト。
ピカチュウはハナコと同類の笑顔を浮かべていた。


「…………」


まるで、ドラマで観た取り調べのようだ。
きっと吐くまで解放してはもらえないだろう。
テーブルに置かれたおにぎりが、この場に不似合いな雰囲気を放っていた。


「さて、カスミは今買い物に出かけている。帰ってくる前に話してもらおうか」

「いや……その……カスミと何かがあったわけじゃないから……。それに、こういうのは……言いづらいっていうか……」


特に母親の前で言える内容ではない。
ぼそりとサトシが呟くと、ハナコは首を傾げ、タケシは何か気づいたように眉を動かした。


「ははぁ……」

「あら、なぁにタケシ君」

「いえ、昨夜まではサトシも普通だったでしょう? つまり、眠ってから起きるまでの間に……」

「まあ! サトシったらまさか……! 私たちが寝静まったあとにカスミちゃんとそういう……」

「ちょ……っ! 何想像した!? 今何を想像した!?」

「は、ハナコさん……ちょっと飛びすぎでは……多分」

「多分じゃない! 完全に飛びすぎだ!!」


母親にされる誤解としては最悪に値するだろう。
サトシはテーブルに突っ伏した。


「サトシ……わかるぞ、俺には……。俺も経験あるからな!」

「いい顔で言うなよ……」

「夢はいいよな……。やりたい放題やっても誰も責めないし」

「普段どんな夢みてんだ!?」


タケシは、思春期真っ盛りの男子なら当然だと親指を立てる。
女子からは引かれるから言うなよ、と耳元で囁かれ項垂れた。
刹那、バンッっ勢いよくテーブルが叩かれ、ビクリと肩が跳ね上がる。
ハナコが両手をついて体を震わせていた。


「サトシー!」

「は、はいぃっ!?」


思わず声も裏返る。


「あんたって子は……! ついに大人の階段を……! ママは嬉しいわ……!」

「…………え」

「男はいくつになっても子供っていうけど、さすがに心配していたのよ。カスミちゃんがこんな近くにいるのに、手も出さないなんて。ヘタレならまだしも、絶対そういう事に目覚めてないって思ってたもの……。男の子としての将来まで心配しちゃってたわ」


目頭をハンカチで押さえるハナコは、周りをキラキラさせながら喜んでいた。
息子の心境としては、かなり複雑だ。
ピカチュウに視線を向ければ、プスッ、と鼻で笑われた。
一体どういう意味の笑いだそれは。


「サトシ、ママは今夜は博士の家に泊まらせてもらうわね」

「あ、なら俺も」

「ちょ……っ! 頼むから止めてくれ! だいたい、誤解してるみたいだけどオレはそんな夢みてないからな!」

「あら、じゃ夢でも手は出せなかったのね」

「出せなかったんだな」

「……っ!」


この二人は。
サトシは頭を抱えた。
ああ、出せなかった! と叫びたい衝動にかられるも、ハナコがいてはそれもできない。
息子の事情に目を輝かせないでくれ。
はあ、とため息をついた。



「ただいまー!」

「あら、カスミちゃんが帰ってきたわ」

「頑張れ、サトシ」

「ピーカーチュ」


カスミとは普通に接することができないだろうし、それを見たハナコとタケシとピカチュウの反応は想像がつく。
考えないようにしていた今朝の夢が過り、サトシは髪を掻き回した。



----------
サートシ君がどんな夢をみたかはご想像にお任せします。
中学生くらいですかねぇ……。
お粗末さまでした!

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -