感情ライン



足元には一本の線があって、きっとそれは越えてはいけない線。
片足だけ、その線踏んでいる状態。
戻さなきゃいけない。
そう、思っているのに。


「カスミ?」

「……っ……!」


そんな風に無邪気に人の顔のぞきこまないで。
これ以上、そっちにはいけない、いきたくないの。
ぎゅっと閉じこめたい心は、それに抗うかのように震える。
あぁ、だめよ。と。ドキドキ。
頭と心が離れてしまうのはどうしてなの。


「……はやく、タケシに会いにいきましょ」

「ん? あぁ、そうだな。タケシに会うの楽しみだなぁ」


タケシに会えば、きっと昔の気持ちを取り戻せる。
あの頃もドキドキはあった。
それでも、ワクワクやハラハラといった感情の方がずっと強かった。
だから、サトシに抱いていたのはとてもとても淡いもの。
肉眼では見えないくらい薄い桃色だった。
ここにきて色濃くなるなんてあり得ない。
あっていいはずがない。



「オレさ、またカスミとタケシと旅ができるようになって嬉しいんだ。初めての旅のメンバーでさ」

「うん……あたしも」

「あまり嬉しそうに見えねーけど……。やっぱりジムが心配なのか?」

「それは心配してないけど……」



正直、ジムに心は置いてはいられない。
これからが、いっぱいすぎて。


「じゃあ、何が心配?」

「……あたしの心」

「は?」


一線を越えてしまわないかが心配なのだ。
早くニビシティに着けと願うも、まだまだ遠い。
早く早くと願うほど、時は緩やかに過ぎていくように感じた。
タケシに会って、あの頃を取り戻したい。
ただ夢を追いかけて、同じように夢を追いかける仲間の関係を。


「ピカチュピ」

「ピカチュウ……?」


サトシの一番の友達。
ピカチュウが肩に飛び乗ってくる時は、ピカチュウ自身が甘えたい時と。


「ありがとう、ピカチュウ……」


あたしが悩んでいる時。
言葉で伝えることができない分、ただ寄り添い優しく鳴いてくれる。
変わらない関係。
望んだ関係だ。
あぁでも心は痛むもの。
あたしは、どうしたいのだろう?


「カスミ」

「え?」

「やっぱり嫌だった?」


真剣な顔。
そんな顔をしないで。余計、心が揺れてしまうから。


「サトシは変わらないね」

「そうか? 背はカスミを抜かしたぜ?」

「そうね。それもあたしを悩ませる要因なのよ」

「え? 何だよ、オレがお前を抜かしたのが悔しいのか?」

「ええ、そうよ。まざまざと見せつけてくれちゃって」

「はぁ?」


変わるのが当然なのは分かっている。
ただ、あの頃の思い出が美しすぎたのかもしれない。
変化がなければ夢は叶わない。
分かっていても身動きできない状況に、もう一本線を引いた。
あたしの後ろに。


「サトシがあたしを突き放してくれたら……きっと後ろの線まで簡単に下がれるんだろうなぁ」

「突き放す……?」

「うん……。でもサトシには無理ね。だから……せめて肩を少し押してほしいのよ。後ろに」


ただの友達、仲間のまま。
そこに戻りたいのに、戻れないのは、進展を望んでいるから。
そんなの、いらない。
なのに自分で後ろに足を動かすことができないなんて。


「さっきから何の事言ってんだ?」

「あたしね、サトシに恋をしたくないの」

「……は?」

「昔はね、サトシが一番近い男の子だったから意識することもあったわ。でも、それは淡くて、恋なんて呼べないもの。けど今は? もう立派に恋心を理解できるのよ? あたしはサトシとは友達でいたい……昔みたいな関係でいたいの。好きになんか、なりたくない」


恋をするなら遠い遠い人がいい。
友情、仲間。
その関係を傷つけない、絆の繋がっていない人。
サトシとは美しい絆のまま、永遠すら感じるまでの強いもので結ばれていたい。
汚したくない確固な関係。


「えっと……それってさ……カスミがオレのこと好きってこと?」

「あら、そういう事も分かるようになったのね。でも、好きじゃないわ。そうなる前の場所にいるの。あ……線は片足で踏んでるんだったわ」

「だから、好きなんだろ? オレのこと……」

「好きになりたくないって言ってるじゃない」


だから自分で線を引いて、その線の向こう側に行きたい。
自分で行けないからって、サトシに押してくれなんてあんまりだけど。
恋は理屈じゃない。まさにその通りなのだ。


「ね、サトシ。『カスミは大切な仲間だ』って言ってよ」

「……イヤだ」

「は? イヤって……そりゃ勝手言ってるのはわかってるわよ。だけど、サトシだって困るでしょう? これから先もずっといい関係でいたいと思ってくれてるなら、あたしのワガママ聞いてよ……」

「イヤだ。……ピカチュウ、カスミが絶対後ろに下がらないようにしといてくれ」

「ピカ!」

「へ? ちょっと……!」


前にはサトシ、後ろにはピカチュウ。
どちらにも足を動かせないこの状況は何なのか。


「何で」

「え?」

「何でわざわざ好きな女をフんなきゃいけないわけ?」

「…………え?」


今、彼は何て言った?
好きな女、とは誰のこと?


「…………!」


普通なら、望むところに立ったと考えるべきだろう。


「や、やめて! あたしは友達がいいの!」

「何でだよ。オレはお前が好きで、お前はオレが好き。両想い、ってやつだろ? 何の問題もないじゃんか」

「そんなの望んでない……! あたしは……あたしは、あたしの後ろに引いた線まで押してって頼んだの! 昔抱いていた感情ラインまで……!」

「ピカチュウがいるから無理」


こんなの、望んでない。
なのにどうして鼓動は甘い音を奏でるの。
どうして幸せを感じてしまうの。
あたしの幸せは、あの頃の時間だというのに。


「線、片足で踏んでるんだっけ? なら、もうこっち来ちゃえば」

「……イヤよ」

「何を意固地になってんだ? 変わるのは当たり前。オレはあの頃は気づかなかったけど、あの頃からカスミが好きだったぜ?」

「そんなの、あたしが一番近い女の子だったからよ」

「そうかもしれない。でも、それが大きな気持ちになったっておかしくないだろ」

「ええ、おかしくないわ。なら、変わりたくないって思うのもおかしくないでしょ?」


どんなに見た目が変わっても、考え方が変わっても。
変わってほしくないのは、繋がりだ。
堅く結ばれていた友情の絆が恋愛の絆に変わるなんて、絶対に嫌だ。


「あたしはこの線は越えない。意固地と言われようが、絶対越えない!」

「……なら、オレがカスミを引っ張るまでだ」

「……っ……」


サトシとピカチュウが行動を起こしたのは同時。
サトシに腕を引っ張られて、ピカチュウにはポンと足を押されて。
下がりたいのに、前へと進んでしまった。


「オレが愛ってやつ教えてやろうか?」

「……やってみなさいよ、お子ちゃまのくせに生意気」


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私の中のサトヒカの場所に行きたいカスミの話。
私自身が男女の友情に憧れているので、ついつい創作にうつしてしまう……。
憧れっつっても、自分には当てはめたくないのだけど(苦笑)
しかしこの設定だとタケシの居心地の悪さったらない。
お粗末さまでした!

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