繋ぐ絆



最悪、としか言い様がない。
何でこんなことになってしまったのか。


「普段の行いはいい方だと思うんだけどなあ……」


大きなため息をひとつして、カスミはトボトボと歩き出した。
普段の行いはいいけれど、今回ばかりは自分が悪いとは自覚している。
それに、飛び出してきたのも自分だ。
またひとつため息をついて、どんよりと雲が広がる空を見上げた。
今にも雨が降りだしそうだ。


「あ……」


ぽつりと額に当たった滴。
思った矢先の雨にカスミは慌てて駆け出した。
雨宿りできる場所を探さなくては。
手で顔を覆いながらキョロキョロと辺りを見渡すが、段々と強くなる雨に視界が悪くなっていく。
これはマズイ。焦燥感に泣きそうになった。
浮かんだ顔に心の中で助けを求めてしまった自分に活を入れ、カスミは振り切るように走り出した。
冷たい雨に熱を奪われながら、やっとの思いで見つけたのは小さな洞穴。
一安心して飛び込んだが、そこには先客がいて。


「……あ!」

「あ!ジャリガール!?」


なんということか。
先ほど空の彼方へと飛んでいった、否飛ばしたはずのロケット団の片割れがそこにいた。


「あんた、なんで……」

「それはこっちのセリフだ!お前たちのおかげで散々な目に……って、他の連中はどうしたんだ?」

「そっちこそ後の一人と一匹はどうしたのよ」


沈黙が続いた。
まさかこんな時に、こんな所で敵に会うだなんて本当についていない。
荷物もポケモン達も仲間のとこに置いてきてしまったため、身を守るすべがない。
じり、と少しずつ後ずさる。


「おい」


ドキン、心臓が痛いほどとびはねた。
マズイ、マズイ。頭の中でぐるぐると言葉が巡る。
早く逃げろと思っても体が固まって動かない。
まさかこんなヤツに恐怖するなんて。
カタカタと震えているのにきっと気づいているだろう。悔しくて涙が浮かんだ。


「これ使うか?」

「……へ?」


ふわりと投げられたそれは、少し湿ったタオルだった。
思わず漏れた間抜けな声に、何だよ、と目をぱちくりさせている彼がいて、思わずその場にへたりこんでしまった。


「おいおい、大丈夫か?ちゃんと拭かないと風邪ひくぞ?」


ポンポンと頭を叩かれて、ありがとうとぎこちなく言うのが精一杯だった。
何を考えているのか。
裏があるのではと疑ってみたが、雨止まないかな〜、などと暢気に言うもんだから。
まあいいか。カスミは髪ゴムをほどいてがしがしと頭を拭いた。



「ムサシとニャース……心配してるかな……」


はあ、とため息をつく隣人をカスミはちらりと盗み見た。
いつも邪魔しに現れる最低な奴と一緒にいるだなんて妙な気分だ。
ムサシじゃないだけマシだろうか。……どうだろう。
とりあえず彼、コジロウは今のところ無害だ。安心はできないけど。


「そういえば、何でこんな所にいるのよ?」

「お前らが俺らを吹っ飛ばしたからだ」

「あたし達が悪いみたいに言わないでよ!」

「悪いだろ!あの後、俺だけ風で煽られて一人はぐれたんだからな!そしたらこの雨だ…………あぁ、もう……ムサシとニャースに会いたい……」

「あんたたち、悪人だってわかってる?」


ちょっぴり罪悪感なんてものを感じてしまった自分は馬鹿なのかもしれない。
敵に情けは無用なのだから。
しかし、ここは協力するのが得策だし、コジロウもそれはわかっているだろう。
ムサシたちが彼を見つける前に、サトシたちを見つけられれば……。


「………………」

「で、ジャリガールは何でこんな所に一人でいるんだ?」

「ーっ!何だっていいでしょ!!」

「うわっ、な、何だいきなり!俺なにか変なこと言ったか?」

「あ……ご、ごめん……」


サトシの顔を思い浮かべてイラついて、ついコジロウに当たってしまった。
最低だ、と自己嫌悪に陥りたいけれど、彼はあまり気にしていない様子だ。
ムサシで慣れてるのかもしれない。


「……ケンカ、したのよ」

「……そっか……。こう言っちゃなんだけどさ、いつもの事なんじゃないの?」

「そう……ね……。そうだけど……」


早く仲直りしてしまえば良かったのだろう。
素直に謝れなくても、悪かったと一言があればこんなことにはならなかったかもしれない。


「あたし……サトシのこと傷つけちゃった……」

「ま、そういうこともあるさ。一緒に旅してるんだからな。けど、そんな簡単に壊れる絆じゃないだろ?」

「何であんたがそんな事言うのよ」

「わかるからかな。俺にもムサシとニャースっていう仲間がいるわけだし」

「……そっか」


悪人にも仲間の絆は理解できるらしい。
何となくおかしくて、クスリと笑ってしまった。
その時だ。かさり、と茂みが動いたのは。緩んだ緊張が一気にピンッと糸を張った。
勢いで飛び出してきてしまったが、ここは森の中。
こんな所を一人で走っていたと考えると、背筋に冷たい汗が伝う。


「何だ?何かいるのか?」


コジロウが手を伸ばすのをカスミは慌てて服を握り引き止めた。
思いっきり引っ張ったため首がしまったのか、うげぇっ、と苦しそうな声を出しているが気にする余裕はない。
今は自分のことで手一杯だ。
何せ、


「む、むむむ虫はイヤ……!」


苦手な虫がわんさかといる森の中なのだから。
カスミはコジロウを思いっきり突き飛ばした。


「うわっ!?」

「む、虫だったら遠くにやってよ!」

「……ったく、引っ張ったり突き飛ばしたり……。ムサシ並みの乱暴さだな……」

「何か言った!?」

「言ってません……」


はあ、とため息を吐いたコジロウはそっと茂みをかき分けた。
お、と声を漏らすコジロウにカスミはひぃと小さく悲鳴をあげる。
ギュッと目を瞑り、見ないようにしているがコジロウがこちらに近づいてくる気配がして、つい見開いてしまった。


「きゃぁぁぁぁっ!!」

「ううわぁ!お、おい、落ち着けって!よく見てみろ!」

「……へ……?」


カスミは恐る恐る顔を上げた。
服の滴を払うコジロウの腕に抱かれていたのは、苦手な虫ポケモンなんかではなく。


「ナゾ?」


可愛らしく体を揺らすナゾノクサだった。
コジロウがよしよしなんて頭を撫でている。
カスミは涙が溜まる目をぱちくりさせ、安堵のため息を吐いた。
気が抜けて、涙が頬を伝う。


「おい……大丈夫か?」

「ええ……。びっくりしたけど……」

「お前もびっくりしたよな〜。ごめんな〜?」

「ナゾ!」


コジロウが驚くほど優しい顔で笑っているから、カスミは流れる涙を拭うのも忘れて呆けてしまった。
珍しいポケモンではないにしろ、ロケット団がこれでいいのだろうか。
そんな様子に思わず笑ってしまった。


「ふふ……」

「何だよ?」

「コジロウって、根は優しくていい人よね。ロケット団向いてないんじゃない?」


カスミの言葉に、コジロウは眉を寄せ反論しようと口を開いた。



「カスミー!!」


突如響いた声。
振り返ってみると、弱くなってきた雨の中、人影がこちらに近づいてくるのが見える。


「サトシ……!?」


肩で息をするサトシがずぶ濡れでこちらを睨んできた。
やっぱりまだ怒っているのだろうか。
カスミは首にかけていたタオルを握りしめた。


「カスミ!」


サトシはカスミの手を掴み、思いっきり引っ張った。
よろけて鼻をサトシの肩にぶつけたカスミが文句を言おうとするが、あまりの気迫に口をつぐんでしまった。
だが、それを向けられているのはカスミではなく、いきなりの来訪者に驚き狼狽えているコジロウだ。


「サトシ……」

「カスミ、大丈夫か?」

「え……?う、うん……へいき……」

「ロケット団……!」


ギロリとコジロウを睨むサトシに、カスミはハッと目を見開いた。
慌ててサトシの服を掴み、違うの、と首を横に振る。
カスミの行動に驚き、サトシはカスミとコジロウを交互に見た。
コジロウも何もしていないと必死に状況説明をしている。
サトシはようやく緊張を解いたようで、はぁ〜、と長いため息を吐いた。


「本当に何もないんだな?」

「うん。大丈夫よ」

「そっか……。それならいいんだ」


やっと笑ってくれたことに、カスミの胸がきゅんと鳴った。
勝手な理由で彼を傷つけ、勝手に飛び出してきたにもかかわらず捜しに来てくれたのだ。


「そのナゾノクサは?」

「多分野生だ……。つ、捕まえたわけじゃないぞ!コイツが迷いこんできたんだからな!」

「ナゾ!」


ピョン、とコジロウの腕から飛び降りたナゾノクサは、陽気に歌いながら走って行ってしまった。
追いかけた先に映ったのはキラキラと輝く光。


「雨が……」


雲が晴れ、太陽が出ている。
洞穴から出た三人は手を翳し青空を見上げた。
遠くに虹も見える。



「コジロウー!」

「コジロウ〜!」

「ムサシ!?ニャース!!」


仲間の声が響き、コジロウも慌てて行ってしまった。
タオル、どうしよう。
カスミはコジロウを引き止めようと伸ばした手を下ろした。
首にかけたままだったこのタオルはコジロウのものだ。
お礼も言いそびれてしまったことに、カスミは困ったようにため息を吐いた。
次会ったら返せばいい、というのは友人だからできることで、彼は悪の組織ロケット団の一員だ。そう簡単にありがとう、と返すのもおかしな話なわけで。


「貰っておこうかしらね……」


変なRの文字が気になったけれど。
カスミはまたひとつため息を吐き、サトシへと体を向けた。不思議そうな顔をするサトシに、自然と笑みがこぼれる。


「風邪ひくわよ」


たった今貰ったばかりのタオルを、サトシの頭に被せがしがしと拭いてやった。
痛い、痛い、と手をばたつかせるサトシのこの感じ。いつも通りで本当に安心した。


「カスミ……」


急に暴れるのを止めたサトシは、弱々しくカスミの名を呟いた。
細い手首を優しく握り、真っ直ぐに瞳を見つめる。


「ごめんな……」

「……な、んで……先に、謝っちゃうかな……」

「悪いと思ったら、謝るのは当然だろ?」

「うん……。でも、サトシは悪くない……」

「何言ってんだ。オレは…………お前が虫ポケモンが苦手だって知ってたのに……」


違う、違うよサトシ。
カスミはキュッと口を結び、俯いた。
誰にだって苦手なものはある。それは仕方のないことだ。
けれど、それを好きな人にとってはとても悲しいことだろう。
水ポケモンが苦手、と言われたら、カスミだって必死になって彼らの素晴らしさを熱弁するはずだ。
サトシは特別虫ポケモンが好きというわけではないけれど、どんなポケモンたちも同様に想っているから。


「謝らなきゃいけないのはあたしの方……。ごめんね、サトシ……」

「……おあいこ、な?」


ピン、と痛みを感じない程度に額を弾かれた。
顔を上げると、ニッと笑うサトシがいて、カスミもつられるように笑った。
不意に、コジロウの『そんな簡単に壊れる絆じゃないだろ?』という言葉が浮かんだ。
仲間だから、きっとこうしてわかりあい、仲直りができるのだろう。
彼のおかげで気づくことができた。今回ばかりは彼に感謝だ。


「そういえばサトシ。ピカチュウとタケシは?」

「……置いてきた……」

「ええ!?タケシはともかく、ピカチュウも!?」

「うん……。だ、だって仕方ないだろ!カスミが森に入ってちゃうし、雨が降りだしたし……無我夢中っていうか……」


ケンカして、でもすぐに追いかけてきてくれていたみたいだ。
追いつくことはできなかったようだけれど。
何だかんだで、心配して、気にかけてくれる心優しい少年なのだ。


「お前だってポケモン持って行かなかったんだから、人のこと言えないぞ」

「わかってるわよ……」

「悲鳴が聞こえた時は心臓が不安でどうにかなるかと……」

「悲鳴?」


ボソッと呟くような言葉に、カスミは首を傾げた。
そんなものあげた覚えは……。
記憶を辿り、ハッと思い出した。
ナゾノクサを虫ポケモンだと思って叫んでしまったことか。そういえば、そのすぐ後にサトシが駆けつけてきた。


「……ちょっと驚いただけよ。ありがとう、サトシ」


サトシは頷き、カスミの手と自分のとを繋いだ。
突然のことに顔を赤らめるカスミに、ニッと口角をあげる。


「やっぱカスミは笑ってた方がいいぜ」


そう言って、繋いでいない側の手をカスミの頬に当てた。
思いもよらない行動に、カスミの顔がますます赤くなっていく。
すっ、と。親指が目尻を優しく擦った。


「……サトシ……?」

「涙のあと、残ってたからな」


無邪気な笑顔は彼によく似合っていて、彼の最大の武器だと思う。
笑っていた方がいい、なんて。それはこちらのセリフじゃないか。


「さ、帰ろうぜ」

「……うん!」


繋いだ手はそのままで。



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サトシの登場までが長い……!
毎回他キャラが出張るのは愛ゆえに。
最初から最後まで、文章がめちゃくちゃですみません……。長いと特に目立ちますね……。
次はきちんとサトカスと呼べるものを書きたいと思います。
最後までお読みくださった方、ありがとうございました!

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