積もる赤は真白を想う
「薔薇の花を?」
そう、と露店のおじさんは頷いた。
「だから町の入口で薔薇を渡されたのか……」
「サトシ君だっけ? 君は誰かにあげるのかな?」
「え!? あ、えっと……」
「ハハ、若いね〜。頑張ってな」
「ありがとう、ございます……」
汚れのない真っ白な薔薇の花。
サトシはそれを掲げ、浮かんだ少女の姿に口元を緩めた。
****
『あ……』
声が綺麗に重なった。
同時に汗が流れる。
「何してんの、アンタ……」
「そっちこそ……」
じっとにらみ合い、重苦しい雰囲気が流れた。
「おや、そのお嬢ちゃんコジロウ君の知り合いかい?」
首にかけたタオルで汗を拭きながら、おじいさんが二人に近づいた。
コジロウがぺこりと頭を下げる。
「知り合いというか、なんというか……」
「こ、こんにちは……あたし、カスミです」
「そうか、カスミちゃん。君も薔薇を見に来てくれたのかな?」
「あ、はい。薔薇の町と評判だって聞いてて……」
「ふぉっふぉっ、綺麗だろう?」
おじいさんは目を細めて笑った。
薔薇の町。
この町に入ってから、色とりどりの薔薇があちこちで咲き乱れていた。
そして、町の中心にある大きな噴水。
その周りを白薔薇が囲み、さらにその周りを倍以上の赤薔薇が囲んでいる。
「コジロウ君はここの手入れを手伝ってくれての。とても丁寧で助かっているよ」
「いえ……薔薇の世話は思ったより楽しいので」
「手伝い、ねー……」
「む、何だよジャリガール。文句あるのか?」
「また何か悪巧み考えてんじゃないでしょーね」
「失礼だな! オレは真面目に……!」
「これこれ、綺麗な薔薇を前にケンカなんて無粋じゃ」
おじいさんが宥めると、コジロウとカスミは口をつぐんだ。
チラリとカスミはコジロウを見る。
土のついたエプロンと軍手、額にうっすら浮かぶ汗。
真面目にやっていたのは本当なのだろう。
「ねぇ、ムサシとニャースはどうしたのよ?」
「どっかその辺にいるんじゃないか? オレはここの薔薇を見に来て、そしたらおじいさんが一人で世話をしてたから手伝ってただけだし。そっちこそ、他の連中は?」
「この町に入ってから皆別行動よ。あたしもここの薔薇を見に来たの」
カスミは噴水を囲む白薔薇に駆け寄った。
薔薇のいい香りに心が落ち着く。
そして、町の入口でもらった赤薔薇を掲げ見た。
そういえば、サトシとタケシは白薔薇を貰っていた。
コジロウを見れば、エプロンの胸ポケットに白薔薇が挿してある。
彼も町の入口で貰ったのだろう。
「ある青年が、恋をした」
「え……?」
おじいさんがそっと白薔薇に手を伸ばし、優しく微笑んだ。
「だけどね、青年には夢があった。旅に出ることを決意したんだよ」
「……夢……」
「恋をした女性に、一本の白薔薇を贈り想いを告げた。旅に出てしまうから、いつ帰ってくるかもわからない自分を待つ必要はない。幸せになってくれと伝えた……」
知らず、カスミとコジロウが息をのんだ。
おじいさんはクスリと笑い、目を閉じる。
「そうしたら、その女性は一本の赤薔薇を青年に贈った。私はこの赤薔薇のように強く想い続けます、と……」
「……その女性は待っていると言ったんですね……」
「それで……二人はどうなったんですか?」
「気が遠くなるほど長い間旅をして、青年は帰ってきた。青年は女性に会いに行った。そうしたら、白薔薇を囲むように赤薔薇が咲き乱れていた。女性はずっと、気が遠くなるほど長い間、青年を待っていた……」
「赤薔薇は長年積もった青年への愛、という事ですね?」
「その通りじゃ」
コジロウの言葉に、おじいさんは優しく頷いた。
まるで、その赤薔薇の想いに焦がれているように。
「……素敵な話ですね」
「じゃろう?」
「夢は叶えたのかな……」
「さあ……それはわからぬが……きっと、旅は無駄ではなかったはずさね」
「ふふ、そうですよね」
カスミは嬉しそうに笑った。
「あ……おじいさん……あの人……」
「ん? おお、ウチのばーさんじゃ」
遠くで手を振っているおばあさんに、おじいさんも大きく手を振り返した。
とても愛しそうに。
「コジロウ君、手伝ってくれてありがとう。カスミちゃんもこんなじじいの話をきいてくれて、ありがとう」
「いえ、とても素敵なお話でした。ありがとうございます、おじいさん」
おじいさんに手を振り、ペコリと頭を下げる。
カスミはゆっくりと立ち上がった。
「ずっと続くってステキよね……」
「うんうん。いい人に巡り会えるっていいよな……オレなんて……オレなんて……!」
「ロケット団やめたらいい人に巡り会えるんじゃない?」
「ぬぁにぃ!? ロケット団こそすべて! ロケット団ばんざい!」
「………………」
変に燃え出したコジロウを呆れたように見つめ、カスミはため息をついた。
ふと、コジロウの白薔薇に目を留める。
「いつも赤薔薇だからかな。コジロウが白薔薇って、何か変な感じ」
「え、そうか……? そういうジャリガールこそ、赤薔薇はキツイんじゃないか?」
「どういう意味よ」
「………………」
「………………」
コジロウは何かを思案し、胸ポケットから白薔薇を引き抜いた。
ス、とカスミに差し出す。
その行動の意図がわからず、カスミは首を傾げた。
「やるよ。お嬢さんには白薔薇のが似合うだろ」
「え、あ、ありがとう……。じゃあ、あたしの赤薔薇はコジロウにあげるわ。やっぱり、あんたは赤薔薇のイメージだしね」
お互い薔薇の花を交換する。
「それじゃ、あたしは行くわ。悪さしちゃダメよー」
「こんな綺麗な町で悪さなんてするわけないだろ!」
「ロケット団ばんざいとか言ったくせに」
クスッと笑って、カスミはコジロウに手を振り走り出した。
****
「あ、タケシ!」
「ん? あ、カスミ……!」
ポケモンセンターで合流の予定だったが、その途中で出会ったタケシにカスミは駆け寄る。
タケシはなぜかびっくりして表情を固まらせていた。
カスミが訝るように眉を寄せると、タケシはまじまじとカスミを見つめた。
「なに……?」
「カスミ……その薔薇……」
「ん? これ?」
カスミの持つ白薔薇が揺れる。
「えっと……サトシ、か……?」
「は? サトシがどうかしたの?」
「え!? サトシじゃないのか!?」
タケシが大きくのけ反った。
その大げさな反応にカスミは目をぱちくりさせる。
一体何なのか。
「おーい! カスミ! タケシー!」
「あら、サトシ」
嬉しそうに駆けてくるサトシを、カスミは不思議そうに眺め、タケシは何故か冷や汗を流していた。
「カスミ! お前に……ん、あれ……?」
「何?」
「か、カスミさん……?」
「だから何よ?」
「その白薔薇……え、白薔薇? なんで……? いや、誰と、か……?」
「何でしどろもどろ? この白薔薇はコジロウに貰ったの。あたしの赤薔薇と交換してね」
「は……はぁ!? コジロウって、ロケット団の!? なんで!?」
ものすごい形相のサトシに、カスミはたじろいだ。
確かにロケット団は悪いやつらだが、今回は何か悪事を働いたわけではない。
何もしないとも言っていた。
「カスミのバカヤロー!」
「な……何ですって!?」
「あー……カスミ、ちょっと」
サトシが頭を抱えて叫ぶのを見かねたタケシは、ぐいとカスミを引っ張った。
「カスミ、薔薇を交換する意味、知ってるか?」
「へ? なんか意味あるの?」
「やっぱり知らなかったか……」
タケシは額を覆った。
サトシはまだ叫び続けている。
この雰囲気が何かわからないカスミは、困惑するばかり。
「男は白薔薇、女は赤薔薇。好きな人に自分の薔薇を差し出すんだ。カスミが白薔薇を持っている意味……わかるよな?」
「…………あ、アハハ……だから二人は白薔薇で、あたしだけ赤薔薇だったわけね……」
カスミは顔をひきつらせながら笑った。
薔薇の花の交換。
それは、想いを渡し、想いを受け取ったという事。
知らなかったとはいえ、そういう事になってしまったらしい。
きっとコジロウも知らなかったのだろう。
「うーん……。ま、まぁ、いいじゃない! ね、サトシ!」
「いいだぁ〜? お前! コジロウのことが好きだったのかよ!」
「違うけど……」
「けど!? けどって!?」
「変な意味はないわよ! お互い、色が似合わなかったから交換しただけだし……!」
じとり、サトシに睨まれカスミは目を泳がせた。
薔薇は一本。
もう交換することはできない。
「……おじいさんの話が元になった行事かな……」
「おい、カスミ! 何話逸らそうとしてんだ!」
カスミは小さくため息をつき、白薔薇を掲げ見た。
ふわふわと、香りが鼻を掠める。
今頃、コジロウも同じ状況になっているかもしれない。
ムサシとニャースは楽しんでそうな気はするが。
カスミはおかしそうに苦笑した。
(えっと……サトシ、この白薔薇いる?)
(いらねーよ!)
(あーあー……すっかり拗ねちゃったな、サトシのやつ)
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サトカス始めたばかりの頃に書いた、サトカス+コジロウの話。
カスミとコジロウの組み合わせが良かったという反応をいくつか頂きましたので、また書いてみた……!
コジカスではなく、あくまでコジロウ+カスミの関係が好き。
冒頭の雰囲気から、サトカスでラブっぽくなると思った方、申し訳ない!
サトシ君もごめんね!(笑)
惜しむらくはピカチュウを出せなかったこと……!(構想段階ではピカチュウも出てきたけど長くなっちゃったので……汗)
お付き合いくださり、ありがとうございました!