ARIA〜noi cantiamo〜



――la la la……。


歌がきこえる。
泡のように弾けて消えてしまいたいと願う歌。



「カスミ」

「あら、サトシ?」


サトシが控え室に顔を覗かせると、カスミはハルカとヒカリとアイリスに囲まれていた。
忙しなく動く三人のせいで、カスミの姿はよく見えない。
その中で、カスミは歌の練習をしているようだった。
しかし、動かないでと三人に忠告され、歌は一旦中断される。


「もうすぐ本番だってのに、まだ練習するんだな」

「うん……あの泡を表現するのが難しいの。ここだけ納得いかなくて」

「本番前に声が潰れるぜ?」

「ふふ、大丈夫よ。ありがとう、サトシ」

「おう。で、ハルカたちは何をやってるんだ?」

「化粧だって」


答える暇があれば手を動かすと言わんばかりの三人に代わって、小道具を用意していたケンジが答えた。
今回ケンジは裏方でショーをサポートするらしく、リハーサルの時からバタバタと走り回っていた。


「ふーん、気合い入ってんな……。あ、カスミのための買い物って、こういうことか……?」


サトシが呆れたように眉尻を上げると、ケンジが苦笑する。
どうやらその通りらしい。


「うん! ばっちし!」


アイリスがビシッと親指を立てた。
ハルカとヒカリが手を添え、カスミは立ち上がる。
一瞬、今から何が始まるのかを忘れた。
ごくり、唾を飲み込む。


「あ、サトシってば見とれたわね?」


ヒカリがからかうように笑う。
だが、彼女の言う通りカスミに見とれた。
女の子は化粧ひとつで雰囲気がずいぶん変わるものだと、誰かが言っていたのを思い出す。
目の前にいる彼女は、カスミであってカスミでないような、でもやはりカスミであった。


「どうかな……」

「う、うん。いいんじゃないか?」

「ホント?」

「お、おぅ……」


綺麗すぎて直視できない。
ずっと見ていたいくらいなのに、中々視線を向けられないのが悔しかった。
クスクスと笑う声が聞こえる。
きっとハルカたちだろう。
睨んでやりたかったが、やっぱり見れなかった。


「……本番では、あたしの事……見ててね」


恥ずかしそうなカスミの声音に、思わずカスミを見れば、照れくさそうに微笑んでいた。
きゅん、と締め付けられる胸の痛みに、サトシもカスミと同じように笑った。


**********


開演の幕が上がった。
ちゃぷん、という音とともに、人魚の歌が始まる。
静かに、なぞるような、小さな想いの歌。
誰かとの繋がりを嬉しく思う歌。



「サトシ」

「ん?」


隣に座るタケシが、耳元で囁いてきた。


「お前、どうするんだ?」

「どうって?」

「……カスミを旅に誘うのか?」

「…………」


誘いたい。
というのが本当の気持ち。
カスミがジムリーダーになってから、幾度も旅を繰り返してきた。
その旅で、彼女を想わない日はなかった。
また、一緒に旅をしたい。何度そう思っただろう。
だが、カスミはハナダのおてんば人魚だ。
もう、おてんばというには綺麗に成長しすぎているけれど。
それでも、彼女はハナダの人魚。
ジムの方は、カスミにも何人か弟子がいて、ジムリーダーを任せられるほどの実力者もいるらしい。
カスミの姉三人もいる。
それでも、カスミはハナダにとって大切な存在になっているのだ。
自分の勝手で、連れ出してしまって良いのだろうか。


「ピカピ……」


サトシは柔らかく微笑み、ピカチュウを撫でる。
そんなサトシの頭を、タケシは手の甲でこつんと軽く叩いた。


「カスミはまた、サトシと旅をしたいと思ってるはずだ」

「うん……」


昨日も、彼女はそう言ってくれた。
冗談めいた、本音の気持ち。
人魚の歌が悲しげに揺れだした。
別れの辛さを嘆く歌。


「オレは……カスミとまた旅がしたい……」

「そうか……そうだな」


タケシは優しく頷いた。


「あ……」


カスミが納得がいかないと、最後の最後まで練習していた箇所。
知らず、サトシの拳に力が入る。
歌詞はなく、laのみで表現される泡の音。
弾けて消えてしまいたいと願う人魚の想い。


「…………」


淋しげな表情の中に、やり遂げたという喜びを見た気がした。
練習の成果はあったらしい。
だが、そう思ったも束の間。
カスミの様子が少しおかしい気がする。


「ね、ねぇ……」


ハルカが不安そうに胸の前で手を組んだ。


「声が、出てないんじゃ……?」


リハーサルの時と比べ、声があまり出ていない。
掠れているようにも聞こえる。
幸い、他の観客はカスミの様子には気づいていない。
だが、このままでは……。


「あ、サトシ……!」


自分に何ができるとかできないとか、考えもしなかった。
身体が勝手に動いたのだ。
傍にいってやらなきゃ。そんな気持ちでいっぱいだった。


「ピカピ……!」


ピカチュウの切羽詰まったような声。
カスミの表情が、焦りに満ちている。


「サトシ……!」

「た、タケシ……」


手首を掴まれた。
今はショーの真っ最中だ。
今ここで出ていけば、カスミの邪魔をしてしまう。
わかっているけれど、それでも。


「あぁ……カスミ……!」

「まずいね。彼女、余裕がなくなってきてる。このままじゃ、他の観客にも気づかれてしまうのも時間の問題だ……」


タケシに続きサトシを追ってきたマサトがおろおろしだし、デントは額に冷や汗を浮かべた。
ハルカとヒカリとアイリスはすでに泣き出しそうになっている。
何とかしなくては。
だが、何をどうすればいいのか、まったく見当がつかない。


「サトシ君」


ふいに呼ばれ、サトシは声のした方に顔を向けた。

「サクラ、さん……?」


そこには、優しく微笑みながら手招きをしているサクラの姿があった。


**********


――ああ、まずい。

カスミは精一杯に歌いながら、心の中は不安でいっぱいだった。
せっかく弾ける泡の表現がうまくいったのに、声が出なくなってきている。
練習しすぎたのだ。
何も本番中に出なくなる事ないのに。
そう思いながら、カスミは歌い続けた。
永久の終わりを願う歌。
今、観ている人たちの瞳は人魚と一緒に哀しんでいる。
まだ、気づかれていない。何としても歌いきらなければ。
しかし、そんな想いとは裏腹に、声はどんどん掠れていく。

――せっかく皆が応援してくれてるのに……。

カスミの目に、涙が浮かんだ。
カスミの涙。観ている者にとっては人魚の涙。
雫が水に溶けた瞬間、カスミの耳に歌声が聞こえた。
振り返ると、ハルカとヒカリとアイリスが歌を奏でていた。
それに重なるように、また歌が聞こえてきた。
今度はタケシとマサトとデント。
共にいる事を願う歌。


「カスミ」


優しい声に、カスミは顔を上げる。


「ピカチュピ」


カスミは目にいっぱいの涙を浮かべながら微笑んだ。
王子様の格好をしたサトシと、その肩にはピカチュウが乗っている。
差し出された手に、恐る恐る自分の手を重ねた。
王子様は人魚姫を抱きしめ歌を歌う。
哀しき心も癒す愛の歌。
カスミの目から雫が溢れ落ちていった。
歌の最後に、奏者が自由に伸ばしていい音があった。
カスミはここに、幸せだった想いが永久に続くようにと願いを込めた。
出逢ってきたもの全て、人魚姫にはかけがえのないものだから。


「カスミ。オレと一緒に行こう。ずっと……一緒に」


人魚姫を囲うように、ポケモンたちが水中を舞った。
ショーの脚本に忠実に従う彼らが、自らの意思で願った。人魚姫の幸せを。



「どこまでも、貴方と共にいくわ」



繋がる絆が、永久に続くことを願う歌。


**********


「髪、切ったんだな」

「ええ。もう長くなきゃいけない理由もないもの。似合う?」

「ピッカ!」

「ふふ、ありがとうピカチュウ」




「やっぱりね。貴方たちのことだから、哀しいままにしておかないと思ったの」



ショーのあと、サクラはそう言った。
飛び入りだったにも関わらず、衣装が用意されていた事から、予想していたのだろう。
いや、そうなるように仕向けたのかもしれない。
どっちにしろ、ショーは大成功だった。


「本当にいいのか?」

「いいの。帰りたくなったら、帰ってくればいいもの。ハナダはあたしの故郷なんだから」

「……そうだな」


サトシはカスミの頭を抱き寄せた。
ここからまた、彼女との旅が始まる。
それがすごく嬉しかった。


「ねぇ、サトシ」

「ん?」

「ずっと一緒?」

「ああ、ずっと一緒だ」


カスミは幸せそうに微笑み、サトシもまた同じように微笑んだ。



----------
わりと長いこと温めていたお話なのでした。
しかし中々まとまらず、まだ早い、まだ早い……と……。
これじゃ、いつまで経ってもまだ早いだな(苦笑)
ということで、今回文章にしてみました。
でも……やっぱりまとまらんね!
結局、何が言いたいの?となってしまったわけですが……こう……雰囲気が伝わっていれば幸いです!
サトカスの幸せの雰囲気さえ伝わっていれば満足ですはい!
タイトルの意味ですが、
io canto 私は歌う
noi cantiamo 私たちは歌う
です。
音楽がテーマでアリアということもあり、イタリア語になります。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -