ARIA〜io canto〜



――la la la……。

スタッカートの響き。
それは弾ける泡。
音が跳ねる。


「はぁ……。こんなんで大丈夫なのかしら……?」


見上げた夜空。
ため息など吐いている場合ではない。
公演まであまり時間がないのだ。
月夜の星たちが煌めく、その音であるかのように。
ただひたすらに奏でた。


****


「カスミ」


呼ばれて振り返れば、かつての旅の仲間の姿があった。


「本当に来てくれたのね!」

「当たり前だろ?」

「そうそう。カスミが主役って聞いて飛んできたんだぜ」

「ピカチュピ!」


ぴょーん、とピカチュウが胸に飛び込んできた。
頬を擦り寄せ喜びに浸る。
カスミは改めて、来てくれたサトシとタケシを見つめた。


「どうした?」

「ううん……成長したな、と思って。特にサトシ」

「ハハ、確かに。中身はあんま変わってないけど、逞しくなったよな。背もちょこっと伸びたみたいだし」

「ちょこっとって何だよ! ちゃんと伸びてるんだからな! タケシがぐんと伸びたからわかりづらいだけだ!」


旅をしていた頃より身長差が開いてしまった事にショックを受けたのか、サトシは必死にタケシを睨んでいる。
クス、とカスミが笑った。
タケシと比べると小さいかもしれないが、いつの間にかカスミを追い越しているのだ。
それだけでも、彼が成長した証になるだろう。
サトシからすれば、女の子と比べられたくはないかもしれないけれど。


「カスミは髪がずいぶん伸びたな」

「だな。ヒカリより長くなってるし」

「サトシ……いくら友達とはいえ、他の女の子の名前を出して比べるのは……」

「いいのよタケシ。だってサトシだもん」

「……どういう意味だそれ」


ムッとサトシの眉が寄った。
タケシの言うように、やはり中身は変わってないようだ。
それが妙にくすぐったくて、カスミがおかしそうに笑う。
するとサトシの機嫌は益々悪くなるのだから本当に面白い。


「お子ちゃま」

「……そのセリフも久しぶりに聞いたな」


フン、とサトシは顔を背けた。
そういうところが子どもっぽいのだが、一応見た目が成長しているせいか、その不釣り合いな感じが可愛く見えてしまう。これは欲目だろうか。


「昔は人魚を演じるのにウイッグつけてたじゃない? 今はその必要もないから切ってないの」

「なんか……ショー中心の考え方になってないか?」

「そうかもね。でも、サトシがここから連れ出してくれて、また旅に誘ってくれるなら……バッサリ切っても構わないと思ってるわ」

「……!」


サトシは面食らったような顔をした。
冗談ではあるが、本音も混じっている。
それがわかるからこそ、サトシも簡単に茶化せないのだろう。


「ふふっ、ありがとね、サトシ」

「……お礼を言われるような事は……」

「何言ってんの。来てくれたでしょ?」


ピカチュウをサトシに返し、カスミは笑った。


「今から練習なの。良かったら見学してってね!」


羽織っていたパーカーを脱ぎ、そのままプールに飛び込んだ。
すると、ポケモンたちが一斉にプールの端へと向かう。
今回の水中ショーは、カスミが主役。ポケモンたちはその引き立て役だった。


****


「珍しいよな。ポケモンたちが引き立て役なんて」

「カスミに思いっきり焦点を当てているからな」


カスミが水中を舞う姿を眺めながら、サトシとタケシが呟く。
今までも人が主役のショーはあった。
それでも、ポケモンがただの引き立て役になる事などなかった。
それが今回は、ほぼカスミ一人の演技といっていいほどの内容だ。


「お姉さま方三人でこの脚本を書いたらしいぞ」

「へぇ……何でだろうな?」

「あの美人のお姉さま方のことだ……きっと海のように深い想いがあるんだろ」

「美人、ね……。カスミだって可愛くなったぞ」

「そこ、急にのろけない」

「?」


きょとん、とサトシはタケシの顔を見た。
今のは天然か……とタケシが苦笑する。



「お、やってるね」

「二人とももう来てたんだ!」


振り返る前に、その二人はサトシとタケシの横に並んだ。


「デント、マサト」


軽く挨拶をして、デントとマサトはプールに目を向けた。
カスミも二人に気づいたようで、手を大きく振っている。
それに答え、デントはちらりとサトシを見た。
何だと首を傾げるサトシに、笑みが溢れる。
先ほどのタケシとのやり取りが聞こえていたのだ。
マサトもそれに気づいたのか、ほんのりと頬を染め俯いた。
サトシはその微妙な空気に眉を潜める。


「な、なに……?」

「いや、少しは進展あったかなと思ってたんだけどね」

「ははっ。さっきの通り、サトシは天然だ」

「みたいだね」

「……?」


タケシとデントが苦笑し、マサトは俯いたまま。
サトシだけが、この場の空気を理解できないでいた。


「そういえば、デントとマサトが一緒に来るなんて珍しいな」

「うん。アイリスと一緒にイッシュから来たんだけど、そこで偶然会ってね」

「へぇ……ん……? で、アイリスは?」

「ボクと一緒だったお姉ちゃんとヒカリと盛り上がって、買い物に行っちゃったよ」


キョロキョロと辺りを見回したサトシに、マサトが答える。


「買い物だぁ? カスミより買い物って、どういうことだあいつら……」

「多分、そのカスミのための買い物じゃないかな」


ムッと不機嫌さを表したサトシの眉間をつつきながら、デントが笑った。
どういう意味だと聞いてくる視線を受け止めるも、デントは何も言わない。
タケシは理解したようで、なるほどと頷いている。
マサトはハルカから聞いたのだろう。特に疑問を抱いている様子はなかった。
置いてきぼりな感覚はしたものの、カスミのため、の言葉にサトシは嬉しくなった。
自分以外のことで、こんなに嬉しく思えるのはポケモンとカスミだけだろう。
それが益々嬉しかった。



「お、今回は歌うんだね」

「あぁ、演目がアリアだしな。人魚姫が歌うって事で、街で騒いでるの聞いたぞ」


本当に人魚がいて、歌を歌うとしたら、まさにこんな感じだろうと思った。
まるで海のように深く透き通った声。
水そのものが奏でているようにも聞こえ、しばらく四人は無言でその歌に耳を傾けた。


****


孤独を生きる人魚姫。
手を差しのべてくれる者もいた。寄り添う者もいた。
けれど、みな人魚姫より先にこの世から旅立ってしまう。
永い永い時を生きる人魚姫。
別れが辛くて、出逢いを拒んだ。
何度涙を流しても癒されない心。奏でるのは永久の歌。永久の終わりを願う歌。



「……か、哀しすぎるかも〜〜〜!!」

「こ、これは……涙なしには見れないわ……!」

「ぐすっ……わたし、ちょっとカスミ抱きしめてくる」

「待て、ヒカリ!」


ガバッ、と立ち上がったヒカリを慌ててタケシが押さえる。
ハルカとアイリスとヒカリ、三人が涙を流すその様子に、サトシは苦笑いしながらカスミに目を向けた。


「みんなー! どーだったー?」

「すごく良かったよー! 女子三人はすでに号泣してるー!」


身を乗りだし、カスミが叫んだ。
マサトがそれに答えると、カスミは照れくさそうに笑う。
先ほどの演技のカスミの表情。
役になりきるとはああいう事をいうのだろう。
まるで本当に孤独を生き泣いているようで、演技とわかっていても胸に熱いものが込み上げた。
しかし、ハルカやアイリスやヒカリのような反応は大げさだ。
何せ、


「リハーサルなのに、感情移入しすぎじゃないか?」


本番通りとはいえ、照明は明るいまま、カスミも簡単な人魚の格好をしただけだ。
実際はもっと人魚姫らしく飾るらしい。


「いや、リハーサルとはいえかなりの出来だよ。サトシも真剣に観てたろう?」

「ま、まぁ……すごいとは思ったけど……」


けれど疑問に思った。
カスミの演技は確かに凄かった。だが、カスミに似合わないような気がするのだ。
なぜ、哀しい終わり方にしたのだろう。


「フェルマータ……」

「フェル……? え、何?」

「フェルマータ。延音記号だよ。楽譜を借りてきたんだけど、最後はこの記号がついてるんだ」

「それが何……?」

「これは、奏者がその音を任意の長さに伸ばしていいって意味なんだ」


人指さし指を立て説明するデントを、サトシはじっと見つめた。
デントは苦笑し、楽譜をなぞる。


「カスミは最後に何を想い歌っていたのかと思ってね」

「何を……」


永久の終わりを願う。それは、人魚姫の願い。
カスミはそこに、どんな想いを乗せていたのだろう。



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長編書いてたら、普通の人魚なカスミを書きたくなりました。
普通の人魚って、水中ショーの人魚ですよ。
オールキャラにすると、やっぱり長くなるので、前後編にわけたいと思います!
シリアス書くのが苦手な私ですが、切ない感じが少しでも伝わってると嬉しいです!

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