妖精と碧の調べ



「ピカチュピー!!」


ピカチュウの叫びが時の始まりだった。
呆然としていたサトシがハッと我にかえる。


「カスミ! お前なんでイッシュにいんの!? ってか、デントとアイリスが何で……!」

「とりあえず落ち着こう、サトシ」


予感がしていただけに、デントは冷静だった。
サトシを宥めるデントの横で、ずっとピカチュウにくっついていたらしいキバゴが、ゆっくりとカスミに近づく。


「キバ?」

「ピッカ! ピカチュー!」


ピカチュウがキバゴにカスミを紹介している光景に目を細め、デントはパンと手を打った。


「さ、順を追って話そうか。まずはサトシ、君からだよ」

「え、オレ……? オレは……このジムバッジとマリルが気になって……。ピカチュウも様子がおかしかったし……もしかしてって……」

「ピカチュウはカスミがここにいるって知ってたのかい?」

「ピカチュ!」


デントが首を傾げると、ピカチュウは元気よく頷いた。
キバゴと遊んでいる時に彼女を見かけたのかもしれない。
ちょうど、デントが毛布を取りに戻っていた間だろう。
ピョン、とピカチュウがカスミの肩に飛び乗ると、キバゴも手を上下に振り始めた。
くすりとカスミは笑い、キバゴを抱き上げる。


「あなたキバゴっていうのね。可愛い」

「でしょ!? キバゴの良さがわかってくれて嬉しい!」

「アイリスの一番の友達なのね」

「そうなの!」


すっかり仲良しになったらしい。
デントは微笑ましげに眺め、次いでサトシに目を向けた。
未だに混乱しているらしいのと、仲間に会えたとは思えない不機嫌さを覗かせている。
出会って早々、ヤキモチかい?
コソリ、耳元で囁けば、サトシは顔を真っ赤にさせた。


「サトシってば、カスミさがして走り回って、結局すれ違っちゃったのね。勝手な行動するからそうなるのよ。まったく、子どもね〜」


アイリスは大げさに肩をすくめ、首を左右に振る。
それを見ていたカスミが、プッと吹き出した。
肩を小刻みに震わせ、やがておかしそうにお腹を抱え本笑いし出す。


「か、カスミ……?」

「ふ、ふふふふ、ご、ごめ……! だって……!」


余程おかしかったのか、カスミは涙を浮かべひとしきり笑った。


「ふふ、ごめんなさい……懐かしくて、つい」

「懐かしい?」


アイリスが首を傾げると、カスミはこくんと頷いた。
目尻の雫を払い、優しく微笑む。
その包み込むような微笑を向けられているサトシは何故か不機嫌で、カスミはピンとその鼻を弾いた。


「拗ねないの。そんなだからアイリスに言われるのよ。本当に変わってない……お子ちゃまなんだから」


サトシの目が大きく見開かれ、アイリスもぱちくりと瞬きをする。
なるほど、とデントは皆に気づかれないように笑った。
時々、アイリスに子ども扱いされたサトシが微妙な表情をする事があった。
怒っているわけでも、拗ねているわけでもない、懐かしむような表情。
これが原因らしい。


「で、カスミ。君はなぜイッシュに?」

「え? あ、うん……出張でね」

「出張?」

「ええ。ちょっと照れるんだけど、あたしのファンって子がいるの。でもその子はちょっと体が不自由な子で、旅に出ることができないらしくて。だから、あたしがこっちに来たの」


カスミはサトシから受け取ったブルーバッジをそっと撫でた。


「出張って、ジム戦? そのために来たのか?」

「ええ」


サトシが問いかけ、カスミが笑う。
バッジ、出張、ジム戦。
キーワードを拾い上げ繋げれば直ぐにわかる事。
しかし、アイリスはよくわかっていないらしく、マリルを抱き上げながら首を傾げている。


「君はジムリーダーなのかな」

「そうよ。カントーハナダジム、ジムリーダーのカスミちゃん! 覚えておいてね!」

「ええ!? ジムリーダー!? あたしと歳変わらないのにすごい!」


確かにすごい。
このイッシュ地方に遠いカントーに住む彼女のファンがいるという事は、かなりの実力者であるという事だ。
そして、わざわざ出張までしてジム戦を引き受ける彼女の心の広さに感嘆した。


「その子も水ポケモン大好きでね。よく手紙をくれたの。いつか、あたしみたいに水ポケモンと一緒に泳ぎたいって」


カスミは嬉しそうに頬を染めた。
マリルを見て予想はしていたが、矢張彼女は水タイプ専門らしい。
それでサトシは彼女を人魚と比喩したのだろう。
あのサトシがそんなふうに例えるのに少々驚いた。


「カスミ。その出張はこれからなのかい?」

「ええ」

「なら、僕たちも見学していいかな? もちろん、相手の子がいいと言ったらだけど。君にすごく興味があって、是非ともお願いしたいな」


デントはカスミに微笑みかけた。
興味とは純粋に、だったのだけど。
サトシが面白いくらい慌てふためいているのが視界に入り、意地悪するわけではないが黙っている事にした。


「もちろん! ぜひ観ていって! アイリスも、サトシもね!」

「え、あ、うん……」

「やったー! 楽しみ! ね、キバゴ!」

「キバ!」


やっぱりサトシの様子がおかしくて、ついに吹き出してしまった。


****


水中を舞う姿はあまりに優雅で華麗で、目を奪われた。
ソムリエとして普段から分析するクセがついているのに、それどころじゃない。


「すごい……カスミ綺麗……」


アイリスがほぅ、とため息をつく。
デントは出会った時の事を思い出した。
神秘的な光景は、まさに妖精で。


「やっぱりカスミは妖精だったんだね」

小声で呟いたのに、隣のサトシにはし
っかり聞こえていたらしい。
少しだけ面白くなさそうに、眉を寄せている。


「カスミは人魚だって。あの水中ショー見ればわかるだろ?」

「人魚だって妖精だろう?」

「いや、人魚だっ……うん? 人魚? 妖精……?」

「サトシ。妖精とは自然そのものと言ってもいいんだよ。だから、人魚もまた妖精なんだ」

「へぇ……。でも、カスミは人魚だぞ」

「……よくわからないなら、それでいいんだけどね」


初めて見る水ポケモンと一緒に水中を舞うカスミ。
それをキラキラと目を輝かせながら見つめる、彼女のファンの子。
ジム戦も、この水中ショーも。彼女の魅力は言葉に表せないほど美しかった。
ソムリエとして、まだまだ未熟だと思い知った。


「ミジュマル頑張れー!」


ファンの子が叫ぶ。
カスミは初めて会ったはずのサトシのミジュマルと、もうすでに自分のポケモンのように息を合わせていた。
彼の失敗をフォローするように、他のポケモンたちが囲う。
その中を舞うカスミは、サトシの言うようにまさしく人魚であった。


「素敵な子だね、サトシ」

「……あ、あのさ、デント……」

「心配しなくても大丈夫だよ。カスミは君の妖精なんだろ?」


ちょっと残念だけれどね。
そう付け加えれば、彼はやっぱり焦ったように顔を赤くさせるのだった。



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後編!
本当はサトカスを二人っきりにさせる予定でしたが、BW文として書いているので、最後までデント視点にしました。
で、結果的に結局水中ショーという……。
デントの面倒くさいしゃべり方も考えたのですが、やっぱり面倒くさかったので止めました(コラ)
時間かかったくせに駄文にしかならず、申し訳ないです。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!

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