妖精と碧の調べ



幽霊や祟りなんてない、とアイリスに言ったことがあった。
それは今でも変わらない。
けれど、科学ではまだ証明されていないものがあるのは事実。
だから科学に終わりはないわけなんだけれど。


「うーん……」


幽霊や祟りなんて恐ろしいものではなく、それはとても愛らしいものだった。
見たことのないポケモンも連れていたから、余計に神秘的に見えて。
しかし、今その姿を確認することはできない。
手に持った毛布を見つめると、それはとても残念に思えた。



「デントー! 何やってんだー?」

「サトシ、アイリス!」


仲間が呼んでいる。
デントはもう一度毛布を見つめ、深く息をはいた。



「何々? 毛布なんて持って」

「いや……」

「何だよデント、変な顔して」

「……聞いてくれるかい? 実は僕、妖精を見たんだ」


は? とサトシとアイリスが首を傾げた。
まあ当然かと、デントは苦笑する。


「それ、どんなポケモン!?」

「う、ん……」


ガッと肩を掴み、目を輝かせるサトシの反応は予想はしていた。
していたが、矢張驚いてしまう。
彼は本当にポケモンばかりだ、と。
それが彼のいいところではあるけれど。


「ポケモンじゃないよ。あ、いや……ポケモンは連れてたんだけどね」

「どんな妖精なの?」

「可愛い女の子だよ」


森の妖精だと思った。
木漏れ日が優しく照らす中、木の幹に寄りかかり静かに眠っていた女の子。
その子に寄り添うように一匹のポケモンも眠っていた。
森の妖精、それは比喩であって本気で妖精だと思ったわけではない。
そのくらい、その光景が似合っていたのだ。


「へぇ〜何か神秘的!」

「何でそれで妖精って思うのかオレにはわかんないぜ……」


デントの説明に、反応の違う二人。
くすりとデントが笑うと、アイリスが続きを促してきた。
キラキラと輝かせる瞳は先ほどのサトシと似ている。
デントは手を顎に当て、目だけ空に向けた。


「風が少し冷たくてね、風邪をひいたら大変だと思って毛布を取りに戻ったんだよ。気持ち良さそうに眠っていたから、起こすのは気が引けたしね」


急いで戻って来たけれど、その女の子はいなかった。
まるで最初から誰もいなかったかのように静かで、だから妖精だとサトシ達に話したのだ。
毛布を取りにいかず、話しかけていたら、妖精とお喋りができたかもしれない。
そう思うと、とても残念だった。


「なあデント。その子ポケモン連れてたんだろ? どんなポケモン?」

「君って人は……まあいいか。実はそのポケモンは見たことなかったから、わからないんだ」

「え、デントでも知らないの?」

「僕だって知らないポケモンはまだ沢山いるさ。ただ、全く知らないわけじゃない……イッシュにはいないポケモンってこと」

「ええ!? イッシュにはいないポケモン!? 会いたい! あたしも今すぐ会いたい!」

「オレも!!」


サトシとアイリスに詰め寄られたデントは、やんわりと二人を押し戻した。
会えるなら僕ももう一度会いたいよ、と。
思い出すように瞳を閉じれば、アイリスから含みのある笑いが聞こえてきた。


「ふっふっふ。デント……その女の子に一目惚れしたわね!」

「ひとめぼれぇ?」

「何よサトシその顔! あたしはデントに言ってるんだからね!」

「はは……一目惚れね……。残念ながら、そういう訳じゃないよ。気になっているのは確かだけどね」

「違うの?」

「もし一目惚れだったら、妖精じゃなくて天使と言っただろうね」

「ぶっ!!」

「……何故ふき出すんだいサトシ」


今度はデントがサトシに詰め寄った。
サトシは渇いた笑いをし、デントを宥めるよう両手を胸の前で左右に振った。



「ピカピー!」

「お、ピカチュウ。いっぱい遊んできたか?」


のんびり問いかけるサトシとは裏腹に、ピカチュウは何か慌てているようだった。
後ろを走るキバゴが追いつけないほどのスピードで、ピカチュウはサトシにつっこんだ。
おお、体当たり? なんてアイリスが楽しそうに言う。


「ピカピ! ピカピカピカチュウ!」

「な、何だどうしたピカチュウ?」

「ピカチュピピカピカ……ピカチュウ!」

「うーん……。何を言いたいのかイマイチわからないな。少し落ち着け、深呼吸だ深呼吸」


サトシの指示で大きく深呼吸をするピカチュウの後ろで、やっと追いついたキバゴが息を切らしている。
アイリスがキバゴを抱き上げ、何があったか問いかけるが、どうやらキバゴはわからないらしい。
困ったように頭を下げている。


「ん? あれ何だろ……」

「どうしたんだい? アイリス」


何か気づいたようにアイリスが目を瞬かせた。
女の子が眠っていた木の幹に近づき、何かを拾い上げる。
デントはアイリスに歩み寄り、彼女の拾ったものを覗き込んだ。
青色の雫の形をしたこれはバッジだろうか。


「どっかのジムのバッジ?」

「いや……どうだろう……。見たことない形だな……」

「ここにいた女の子、イッシュにいないポケモン連れてたんでしょう? なら違う地方のバッジかも」

「ああ、それなら大変だ。彼女はトレーナーかもしれない。トレーナーにとってバッジは大事ものだ」


まだ時間はそんなに経っていない。
きっとまだ近くにいるはずだ。
デントとアイリスは頷き合うと、直ぐに追いかけようとサトシに目を向けた。
落ち着いたらしいピカチュウの話を聞こうとしていたようだが、今はこちらを最優先させたい。
アイリスはサトシの首根っこを掴んだ。


「わっ、何だよアイリス!」

「いいから! 行くのよ!」

「どこに!?」

「デント、その女の子の特徴は?」


サトシの言葉は無視し、アイリスはデントに問いかけた。


「えっと、年齢は君たちと同じくらいかな。可愛らしい顔立ちで、オレンジ色の髪がとてもよく似合う子だよ」

「オレンジ色の……?」


騒いでいたサトシがピタリと動きを止めた。
そんな彼とは逆に、ピカチュウは驚いたように騒ぎだす。
しかし、今はそれに構っている暇はない。


「あ、思い出した! その子が連れてたポケモンは確か水タイプだ。名前は……えっと何ていったか……ま、マリ、ル……? だったかな……?」

「マリル!?」

「うわぁっ! いきなり大声出さないでよサトシ!」

「デント、それ妖精じゃなくて人魚じゃなかった!?」

「へ、人魚?」


急に何を言い出すのか。
デントはサトシの顔をまじまじと見つめた。
彼の目はとても真剣で、何かを期待しているようにも思えた。


「サトシがどういう意味で言っているかわからないけど、普通に可愛い女の子だよ。それとこれ……」

「これ……ブルーバッジ!?」


サトシは目を見開いた。
彼は何か知っているようだ。
カントー出身と言っていたから、このバッジはカントーのジムのものなのだろうか。
デントが口を開くと同時に、サトシはバッジを奪い走り出した。
突然のことにデントは声も出ず、ただただサトシと、そしてそれを追いかけるピカチュウの後ろ姿を見送ってしまった。


「ちょ、ちょっと待ってよサトシ! どこ行くのよ〜!」


慌てたようにアイリスも走り出す。
二人の姿が小さくなり、デントはやれやれとため息をついた。
後を追おうと一歩踏み出すと、すみません、と鈴を転がしたような声が耳に入った。


「あ……」


うっかり、さっきの妖精と声に出そうになった。
眠っている姿しか見ていないせいで、どこか現実味がなかった女の子が、今こちらをじっと見つめている。


「すいません、この辺りにバッジ落ちてませんでしたか?」

「バッジ…………あ……」


サトシが、持っていってしまった。
ほんのちょっと前までここにあったのに。
オレンジ色の髪を靡かせ不思議そうな顔をする妖精に、デントは笑って誤魔化すしかなかった。



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続きます。
BWにどうカスミちゃんを登場させようか楽しく考えて、二通り浮かんだうちのひとつ。
デントとカスミの出会い的なもののつもりが、気づいたら話が大きくなっていた……!
この続きは期待せずにお待ちくださいませ!
ちなみに、もうひとつの出会いはカスミが水中ショーのためにイッシュに来たというありがち設定。
こっちもいつか書けたらと思います。
お付き合いくださり、ありがとうございました!

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