全てを込めた



目を開けてまず見えたのは、ピンク色の丸い物体だった。
あれは何だろう。ぼーっとする頭で考える。


「……ってか、オレ、何してたんだっけ……?」


あくびをし、瞼を擦ると段々と意識がはっきりしてきた。
膝の上ではピカチュウが眠っていて、肩には柔らかな重み。
見なくてもわかる。これはカスミだ。


「あ……じゃあ、あれは……」


再びピンク色の丸い物体に目を向ける。
その横に転がっているのは、真っ赤なリンゴと黒いマジックペン。
間違いなく、あのプリンだった。
よく見れば頭にたんこぶができている。
眠ってしまったサトシたちに落書きしようとしたところ、頭上にリンゴが落ち気絶してしまったのだろう。
気の毒に思う一方、落書きされずにすんで良かったという思いもある。


「そういや、タケシは……あ、」


木の根元で眠っていた。
その顔はしっかりとプリンに落書きされている。
けれど、とても幸せそうな表情だ。
いい夢でも見ているのだろうか。


「う〜ん……」


ドキッと、サトシの心臓が跳ねた。
肩に寄りかかって眠っているカスミが声をあげたのだ。
起きるかと思ったが、むにゃむにゃと何事か呟いてまた眠ってしまった。
ホッと胸を撫で下ろして、はたと気づく。
起こした方がいいのではないだろうか。
プリンが先に起きれば、厄介なことになるのが目に見えているのだから。


「カスミ……っ」


起こそうとして、止めた。
なぜだろう。ドキドキする。
視線が定まらず、あちこちに飛んでしまう。
彼女から香った、甘いにおいのせいだろうか。

シャンプー……かな……

ふわふわと香る甘さに酔いそうで、サトシはギュッと心臓をつかんだ。
その甘さは決して嫌なものではなく、とても安心できる心地のいいもの。
なのに、心臓はうるさいくらいに音をたてる。
その矛盾がわけわからなくて、手に力を込めた。
ちらり、さまよっていた視線をカスミに向ける。


「カスミ……?」


小さな小さな声。
きっと彼女には届かないだろう。
それでも彼女の名を呟いたのは、名前のつけられない感情が溢れてくるから。
伝えたい想い、伝えなければならない想いなのはわかる。
けれど、これは一体どういう感情なのだろう。



「ぷりゅ……?」


再びサトシの心臓が強く跳ねた。
しまったと思ってももう遅い。
目覚めてしまったプリンが不思議そうに辺りを見回し、ぱちり、サトシと目が合った。
サトシがにへっと笑うと、状況が理解できたのかプリンは怒りだしてしまった。
しかし、その怒りは眠ってしまったサトシたちではなく。


「プリィー!」


頭にたんこぶを作ってくれたリンゴにだった。
これでもかというくらいに膨らみ、リンゴに手を伸ばす。
が、突如ふわりと風が舞い込み、プリンを上空へと浮かせてしまった。
そのまま風に煽られ、ふわりふわりと風船のように飛んでいく。
サトシが呆然とその光景を眺めていると、やがてプリンの姿は見えなくなっていった。


「…………」


まあ、危機は脱したのだからよしとしよう。
サトシは自分に言い聞かせるように頷いた。
すると、今ので目が覚めたのか、膝の上で眠っていたピカチュウが不思議そうにサトシを見上げていた。


「ピカピ」

「起きたかピカチュウ……。でも、まだ静かにな」


ピカチュウの頭を撫で、人差し指を口元に当てる。
サトシの肩に寄りかかるカスミを見てすぐに理解したのだろう。
ピカチュウはにっこりと笑った。
ふと、何かに気がついたようにピカチュウの耳が動く。
振り返り、駆け寄った先には真っ赤なリンゴ。
プリンに落ちたものだ。
ピカチュウはそれを嬉しそうに掲げ、サトシを見つめる。
サトシが頷くと、ピカチュウは目を輝かせリンゴにかじりついた。

オレも腹減ってきたな……

ランチにすると話していた時、プリンが現れたことを思い出して苦笑した。
早くタケシを起こし、ランチの用意をしてほしいけれど。
もう少し、このままでいたい。
サトシはほんの少し、カスミに寄り添った。


「カスミ……」


小さく小さく呟いて、そっと目を閉じた。
甘いにおいがふわり、濃くなる。
ドキドキして、どうしていいかわからなかった気持ちは今は妙に落ち着いていた。
心臓の音がうるさいのは相変わらずだけれど。


「カスミ」


自分でも驚くくらい優しい声音をしている気がして、ちょっぴり照れくさい。
こんな気持ちは初めてだから、これが何なのかはわからないけど。



(君を呼ぶ名に全てを込めたんだ)



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プリンの歌で寄り添って眠る二人があまりにも可愛くてもえたというお話。
無印を見てて思うのが、お互い意識してる設定はどこにいってしまったのか。
大人の事情……?
わからなくもないけど、やっぱり寂しいですよね。
だからせめてカスミ出してと念を送ってみます(笑)
関係ないあとがきになりましたが、お付き合いくださりありがとうございました!

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