嘘吐きに落ちた真



言葉がなければ気持ちは伝えられない。

言葉があっても想いが伝えられるわけじゃない。


何を思っているのかなんて、所詮本人しかわからないことだ。
だから嘘をつくし、騙される。
言葉ほど確かなもので、不確かなものがあるだろうか。



「あ……」

「なに?」


間違えた。
そう思った時はもう遅い。
また最初からやり直しだと、深々としたため息が出た。


「珍しいわね、シゲルが失敗なんて」

「君がじっと見てくるから、気が散ってね」

「あたしのせい?」

「そう言ってるんだけど?」


会話だけなら今にも言い争いが起こりそうな雰囲気。
しかし、まったくそんな様子はない。
ふーん……、と悪びれる風もなく、カスミはシゲルの背中を見つめたままだ。


「ね、本当に間違えたの?」

「どうしてそう思うんだい?」

「だって、そのわりに落ち込んでも怒ってもないし」

「そんなことする暇あったら直ぐにやり直した方が効率いいだろ?」


ふーん……、と。
カスミは俯いた。


「……じゃあ、あたしが勝手に喋っててもいいわよね?」

「気が散るって言ったはずだけど?」

「いいじゃない。別に聞き流したって構わないもの」

「なら、そうするよ」


シゲルが手をひらひらと振ると、カスミは俯いたまま困ったように苦笑した。
しかし、カスミは何も喋らない。
かわりに小さな嗚咽がシゲルの耳に届いた。
堰を切ったように溢れ出す感情は何なのか。
シゲルはカスミではないのだから、それは分かるはずもない。
だが、理解はできると思うから。


「……泣きたいときは泣いたらいいよ」


泣ける場所があるのなら。
それが彼女にとって救いであるように。


****


「シゲルから見て、あたしは弱いと思う?」


赤く腫らした目を気にしながら、カスミが問いかけた。
シゲルは一呼吸分の間を置き、


「君は強いと思うよ。泣くことは弱さにはならない」


背を向けながら柔らかい声音で答えた。


「シゲルって、すごく優しいわよね」

「そうかい?」

「ええ。すごく優しいわ。だから頼っちゃうのね、きっと……。あたしのこと、大嫌いなくせに」


時が止まったような気がした。
音も、空気さえもが止まったかのように息苦しい。
それは、カスミが無意識に呼吸を止めてしまったからではあるが、確かに、二人を包む空気は停止していた。
ふ、と。
シゲルの小さな笑いが振動となり大気を揺らした。
世界が時を刻みはじめる。


「僕が君を嫌いだと言ったこと、あったかい?」

「何度もあるじゃない」

「それはからかっているだけさ。皮肉と言ってもいい。僕は君が好きだよ。じゃなきゃ、とっくに追い出してるよ」

「……嘘つき」


本当は嫌いなくせに優しいから。
カスミが囁くように言った。
シゲルはそっと目を閉じ想う。
人の心がわからないように、人に心を見せることはできない。
だから言葉があるのだが、そんなもの嘘で塗り固めることはとても簡単だから。
自業自得だと言われれば、それまでだけれど。


「……そういう君も、僕のこと嫌いだよね」

「……嫌いな人に話したり、ましてや涙なんて見せるわけないじゃない。あたしはシゲルのこと好きよ。大好き」

「君だって嘘つきじゃないか」

「嘘じゃないわよ。いつも嫌味ばかりとか言うけど、シゲルのそういう所嫌いじゃないもの」


すとん。
不思議とカスミの言葉が胸に落ちたような気がした。
何だろう。シゲルはカスミを振り返った。
絡んだ視線に何か見えたような気がしたのは、シゲルの錯覚だろうか。
いや、錯覚なんかじゃ、ない。


「……いい表現だな、それは」

「でしょ?」

「ああ。僕も君の意地っ張りなとこ、嫌いじゃないよ」

「ふふ、ありがとう」


時に曖昧な言葉は信用できる。
好きか、嫌いか。
ハッキリした言葉よりも、ずっと解りやすい。


「カスミ」

「なに?」

「いつか僕たちは、嘘を吐く必要がないくらい近くに寄れるだろうか」

「……あたしは、その一歩を今踏み出したつもりよ」

「……そうだね、その通りだ」


いつか、嘘偽りのない想いを伝えられるだろう。
不確かなものが、確かなものへと変わって。



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何これ、な話になってしまった……。
お互い本音ではなく、嘘の言葉を並べてきたせいで本当の想いさえ嘘臭いものになってしまった、というお話……。
その理由も、お互い気を遣いすぎた、みたいな。
前半のくだりを生かせなかった自分の文章力に涙!
二人の言う好きは、恋愛を意味するものかは読んでくださった方のご判断にお任せします。
こんなシゲカスですが、私は親友と言ってもいいくらい仲が良いシゲカスが好きです。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

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