本心を見た気がした



雲ひとつない真っ青な空。
朝の風は爽やかで、澄んだ空気を体内いっぱいに取り入れる。
今日も穏やかな一日が始まると、カスミはぐっと背を伸ばした。


「……ん?」


真っ青な空に浮かぶ星が光ったような気がして、カスミは眉を寄せた。
太陽はしっかり昇っている。
その輝きまでわかるはずがない。
しかし、確かに光ったのだ。


「……っていうか…………」


その輝きは段々とこちらに近づいてきてはいないだろうか。
―流れ星?
まさかそんなわけがない。
距離感からしておかしいそれは、みるみる内にその形を現した。
見覚えがある。そう思った時は、すでに玄関前に勢いよく落ちた後だった。


****


「まったく…………」


カスミは盛大にため息を吐いた。
少し前までは嫌というほど顔を合わせていたが、旅を止めてからはとんとご無沙汰している彼ら。
すっとしゃがみ込み、目を回しているニャースの頭を軽く叩いた。


「ニャ……? あ、あー!! ジャリガール!!」

「何ー!?」

「ジャリガールだって!?」


ニャースの叫びに敏感に反応した二人を交互に見て、カスミはもう一度ため息を吐いた。
だが、何となくおかしい気がして口元は緩んでしまう。
敵に対して思うことではないが、彼らはカスミが旅をしていたという証人だ。
―変なの。
彼らに会ってそれを実感したことが妙で可笑しい。
小さく笑いだしたカスミの様子に、ロケット団は訝しげに顔を見合わせた。


「そういえば、あんた達こんなとこまで飛ばされてきたの?」

「よくぞきいてくれた! もう災難の連続だったんだよ!」


コジロウが目を見開いて力説すると、いつものごとく、ソーナンスが勝手に飛び出て同意した。
この気の抜ける感じも懐かしい。
カスミはついソーナンスの頭を撫でてしまった。

彼らの話によると、カントーへの道すがらピカチュウゲット作戦を決行したらしい。
しかし、当然のようにやな感じと吹っ飛ばされ、落ちた先にはディグタの群れ。
驚いたディグタ達に思いきり上空に押し出され、かと思えば今度はオニドリルの群れに突っ込み、やはりつつかれ飛ばされて。
その後も似たようなことが続き、危険な空の旅はここ、ハナダのカスミ宅前で終了したというわけだ。



「自業自得じゃない?」

「何よ! 少しは同情してくれてもいいんじゃない!?」


ムサシが噛みつきそうな勢いで叫んだ。
同情の余地などないだろうに。
カスミは苦笑し、ふと疑問が頭をよぎった。
カントーへの道すがら。
彼らはそう言わなかっただろうか。


「サトシ……帰ってくるの……?」

「それは知らないわよ」

「方角的にはカントーだったけどニャ」


ニャースが頷くと、カスミの心にほわりと温かなものが灯った。
サトシが帰ってくる。
それはずっと待ち望んでいたことだ。
ハナダに寄ってくれるとは限らないけれど。
―ああ、いっそのことマサラまで行ってしまおうか。
お帰り、と。
そう言えることがどんなに嬉しいことか。


「カスミちゃん」


不意に聞こえた声に振り返った。
一瞬、何でハナダに? そう思ったけれど。


「ママさん、わざわざすみません!」


カスミは慌てて頭を下げた。
今日はプール掃除の日だったのだが、生憎姉たちは出かけていて、ケンジも忙しいらしくハナコが手伝いに来てくれる予定だったのだ。
忘れていたなんて。
だが、当のハナコは気にしていないようで、いつものように優しく微笑んでいた。


「そうそう、カスミちゃん。サトシがね、明日帰ってくるのよ」

「やっぱり帰ってくるんですね!」

「あら、やっぱり?」

「あ、えっとロケット団が……」

「ロケット団?」


え。
三人の声が重なった。
いきなり話を振られたからか、完全に意表をつかれた顔をしている。
こいつらどうしようと悩むカスミを他所に、ハナコは顔を綻ばせながら彼らに近寄っていった。


「どこかで見たと思ったら、サトシのお友達じゃない」


「え、」


今度はカスミも合わせ四つの声が綺麗に重なった。
んなわけあるか、とロケット団が言いたそうにしているが、ニコニコと嬉しそうに微笑まれては彼らも何も言えないようだ。
中途半端な悪人だが、それが彼らの良いところだと思うことにしよう。
カスミは一人頷いた。


「カスミちゃんの手伝いに来てくれたんでしょう? お弁当もたくさん作るから、頑張ってね!」


プール掃除と聞いて逃げ出そうとした足は、お弁当という言葉でピタリと止めた。
お得意の胡麻擂りポーズと、図々しくもメニューのリクエストまでして、ロケット団はハナダジムへと元気に向かって行った。


****


「行っとくけど、変なことしようとしたら許さないからね!」


カスミが眉を吊り上げ言うが、わかったのか適当なのか、ロケット団は笑顔でうんうんと頷いた。
どうも信用できない。
いつジムにいる水ポケモンたちを狙ってきてもおかしくない奴らなのだ。


「しょーがない……ギャラドス!」


呼びかけにすぐに反応してくれる頼もしいパートナーを、カスミは慣れた手つきで撫でた。
昔は苦手だったはずなのに、今こうしていられるなんて。
成長した自分を誇らしく思う。


「ギャラドス。ロケット団が変な真似しないよう見張っててくれる?」


首を傾げると、ギャラドスは任せろと言うように大きく頷いた。
なんとも頼りになる存在だ。


「ちょっと! ギャラドスに見張らせるなんて酷すぎじゃない! 怖いじゃない!」

「そうだそうだ! 俺たちの計画が台無しじゃないか!」

「ば、コジロウ!」


しまった、と慌てて口元を押さえたが、しっかりとその内容は聞こえている。
わかっていたことではあるけれど。
カスミはもう一度ギャラドスを撫で、掃除用具を持って彼らの所へ歩み寄った。
ずいと、力いっぱい差し出す。
どうせなら、変な真似する暇がないくらいこきつかってやろうじゃないか。
カスミはにっこりと微笑んだ。



「さ、始めましょうか!」


右へ左へいったい何往復か。
大変な作業ではあるが、ロケット団の出際はかなり良いものだった。
色々やっているだけある、という事なのだろう。
別のとこで生かせばいいものを。
それだけ彼らにとってロケット団という場所が心地いいのか。
カスミはほんの少し感心したように、彼らの作業を眺めていた。
すると、それに気づいたムサシが指を差しながら叫んだ。


「こら! あんたのためにやってんのよ!」

「自分だけサボるなんてずるいニャ!」

「いやぁ、でもこう自分の手で綺麗になっていく様をみるのは気持ちいいよなぁ」


ロケット団の反応にカスミは苦笑した。
ごめんごめん、と軽く謝り作業を再開する。
だが、その手はムサシによって止められてしまった。


「……何よ?」


がっちり手首を掴まれ、見上げればニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。


「前々から思ってたんだけど、あんた、あのジャリボーイの事が好きなのよね?」

「お、初恋の青春ってか? 若いね〜」

「ムサシもコジロウも、すでに縁のない話ニャぐふっ!」


ニャースを思いっきり踏みつけ、ムサシはカスミの肩に腕を回した。
これは面白がっている。
カスミはそう直感した。


「協力してあげようか? お嬢さん」


どうやら、興味はポケモン強奪からカスミの恋の行方へと移ったらしい。
もしこれが以前のカスミだったら、そんなわけない何であんなヤツ!とそっぽ向いていただろう。
だが、そう言われることはだいぶ慣れていた。
姉やケンジ、シゲル、ナナコやサクラといった旅で出会った友人たちにまでからかわれてきたのだ。
唯一、サトシのママであるハナコだけは何も言ったりはしなかったが、最早家族同然の扱いを受けていたりするわけで。


「そんなのいいから、手を動かしなさい! お弁当食べたかったらね」

「何よー。せっかく協力してあげるって言ってんのに!」


ブーブーと口を尖らせるムサシの背中を押し、カスミも作業を再開した。
―慣れって本当に怖いわ。
そう心の中で呟きながら。
すると、ムサシと入れ替わるようにコジロウが寄ってきた。
カスミは再び手を止める。


「真面目にはやってるんだし、ギャラドス何とかなんないのか?」

「だめ。しっかり見張っててもらわないといけないんだから」


ギャラドスに向けて手を振ると、低い唸り声で答えてくれる。
そんなギャラドスを見て顔を青ざめながら、コジロウはお手柔らかにと苦笑した。
カスミもにこりと微笑み返し、デッキブラシを持つ手に力を込める。
さてやりますか、と気合いを入れた刹那、バンッと勢いよく扉が開かれた。



「カスミ!」

「……サトシ?」

「あ、ジャリボーイ」


ぜーぜーと肩で息をしながらこちらを見下ろしている彼は、ほんの少しだけ大人びた、でも昔と変わらない姿をしていた。
何かあればすぐに駆けつけてくれる、仲間思いの優しい少年。
きっとママさんだな、とカスミは直感し、くすりと笑った。


「ピカチュウ! 10万ボルト!」

「え、」


これにはカスミも驚いた。
何か一言くらいあるかと思えば、いきなり攻撃だなんて。
ピカチュウの頬に電気が走る。
マズイ状況だと判断し、いつものように抱き合うロケット団の前にギャラドスが飛び出した。
カスミが手早く指示をしたからだ。
それに気づいたサトシは目を見開き、ピカチュウを止めようとしたが遅かった。
電撃はギャラドスに命中。
ギャラドスは苦痛の表情を浮かべたが、それも一瞬、勢いのあった電撃をいとも簡単に弾き返してしまった。


「こらー! サトシー!!」


よくもギャラドスに電撃を!
カスミが叫ぶと、サトシはぎくりと肩を揺らした。


****


「いや、その、だからさ、ママが……ロケット団がハナダジムに来てるって言うから……」


プールのど真ん中で正座させられているサトシは、もごもごとハッキリしない口調で事情を説明した。
サトシの前で仁王立ちするカスミは目を瞑り、静かに頷く。
その後ろで、ロケット団が何か言いたそうにしていたが、ギャラドスのにらむで黙らせておく。


「ピカチュピ……」


ピカチュウがギャラドスに10万ボルトを浴びせたのを気にしているように、しかし期待のこもった瞳でカスミを見上げている。
カスミはクスッと小さく笑い、腕をいっぱいに伸ばした。
すると、ピカチュウは嬉しそうに瞳を輝かせ、ピカッと可愛い鳴き声と共にカスミの胸に飛び込んだ。
久しぶりの再開を喜ぶように頬を擦り寄せる。


「ピカチュウのせいじゃないからね〜。気にしなくていいのよー」

「どうせ全部オレのせいだよ」

「拗ねないの。アンタがママさんの話を最後まで聞かないのが悪いんだから」

「だって……!」


言い訳しようと口を開くが、ぐっとこらえ唇を噛みしめた。
少しは成長したじゃない。カスミは嬉しそうに目を細めた。


「ギャラドスがずっと見張っててくれたから大丈夫よ。心配して、急いで来てくれたんでしょ? ありがとう、サトシ」

「うん……。でもまさかロケット団がプール掃除手伝うなんてな」

「成りゆきってやつニャ」


全てはお弁当のため!
三人は涙ぐみながら拳を握った。
そんなにお腹が空いていたのか、マトモなものを食していないのか。
カスミとサトシは顔を見合わせ苦笑した。


「でもさ、ジャリボーイは明日こっちに着くはずだったんだろ? ずいぶん早かったな」

「え、ああ、まあ……」

「彼女の大ピンチに駆けつける騎士様ってわけ? 妬けるじゃない〜?」

「時にヒトは物凄いパワーを出すことがあるのニャ。……それは愛のためだニャ!」

「良かったわね、ジャリガール。脈アリよ!」


いい加減なことを楽しそうに言うロケット団に、カスミは頭を抱える思いだった。
サトシは仲間思いなのだ。
これがカスミでなくとも、きっと彼はすぐに駆けつけたはず。
むしろ、真っ直ぐマサラに向かう予定を変えてしまっただろう事を気にしていたくらいだというのに。
お気楽幸せ脳なロケット団が少し恨めしい。
愛だの何だの、彼に限ってありえない。
そう言おう開いた口から言葉が出ることはなかった。


「サトシ……?」


何せ、彼がビックリするくらい顔を真っ赤にさせているのだから。
固まってしまっているのか、ピクリとも動かない。
カスミはもう一度、サトシの名を呼んだ。


「……え、あ、えっと……さ、さっきのギャラドスすごかったなあー! ピカチュウの電撃跳ね返したぜ! は、ハハハッ……!」


無理やり笑ってみせるが、顔は真っ赤に染まったまま、誤魔化すのも下手な彼の熱は、どうやらカスミにも移ってしまったようだ。


「あらま。初々しいこと」


ムサシの呟きはもうカスミの耳には入らなかった。
サトシとカスミがお互い真っ赤になって俯いてしまったからだ。
出番がなくなってしまったロケット団は、ギャラドスの監視のもと、再び掃除を始めることでその場を離れた。
きっとサトシもカスミも、ロケット団がいることすら忘れているのだろう。

可愛らしいその光景は、ハナコがたくさんのお弁当を持って来るまで続いたのだった。



---------------
長かった……!
多少でも物語になっているものは長くなってしまいます……。まとめる力が……!
ロケット団、コジロウの時と同じようなパターンになってしまい申し訳ないです!
ソーナンスなんてすっかり忘れてたし……!ピカチュウも空気化……!
でも、久しぶりに初々しいサトカスが書けたので満足です(^^)
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

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