旅の必需品



雲ひとつない真っ青な空と、穏やかな風が吹くこんな日は絶好のバトル日和。
……と、言いたいとこなのだけど。



「たまには、のんびりもいいもんだ」


ぐっ、と背伸びをしながらタケシが呟いた。
それにうんうんと同意するのは、微睡んでいるポッチャマを抱いているヒカリだ。
サトシはというと、そうだな〜、と頷いてはいるが少し残念そうにしている。
彼の場合は、のんびりの前に一勝負がしたいのだろう。
だがしかし。


「トレーナーどころか、人もいないんだから仕方ないじゃない」


呆れたようにヒカリがため息を吐いた。
あまりにのどかで、きっとこの辺に住んでいるポケモンたちも夢の中だろう。
そんな日にバトルなんて無粋というやつだ。


「ランチまでまだ時間あるし、荷物の整理でもしたらどうだ?」

「それもそうね。要らないものなんかも捨てないと。ほら、サトシも」

「ああ、そうだな」


リュックの奥底やポケットなど、使わないものやゴミなどついそのままにしてしまう。
何でこんなものが? なんてこともあったりするのだから面白い。


「えっと……これはいる、これは……いらないかな」

「あ〜、これは捨てられないわね……。これも……う〜ん……」


てきぱきと進めるサトシに対し、ヒカリはなかなか進まないようだ。
女の子というのはどうしてああも荷物が多いのか。
女心のわからないサトシは首を傾げるばかりだ。
その点、タケシはさすがと言っていいだろう。
自分のはもちろん、ヒカリの荷物整理のアドバイスをしているのだから。
伊達にフラれてばかりじゃないということか。



「……よし、と。わりと早く終わったな」

「ピーカー」


要るもの要らないものがハッキリしていたからか、それほど時間がかからなかったサトシは、ピカチュウを撫でながらタケシとヒカリの様子を眺めていた。
奮闘っぷりが可笑しくて自然と口元が緩む。
それにしても、と見上げた空は何もなくてサトシはひとつ大きな欠伸をした。
こんなに穏やかだと眠くなるのも当然だ。
そのままゴロリと横になれば、すぐに夢の狭間へと足がかかる。



「サトシ」

「……今すっげぇいいとこだったのに……」

「何が?」


いや別に、と体を起こすと、ヒカリが訝しげな顔をして立っていた。
どうやら荷物整理は終わったようだ。
再度大きな欠伸をすると、ヒカリは変な顔だと笑いながらサトシの横に腰をおろした。


「はい、これ」

「ん……? え、え? な、なん……!」

「落ち着いて。大丈夫、傷とかついてないから」


慌てふためくサトシの手の平に、ヒカリはやっぱり笑いながらそれを置いた。
ピカチュウもサトシと同様の反応をしている。


「注意力が足りなかったんじゃない?」

「あ、ああ……ありがとう……」

「ふふ、サトシの足下に落ちてたのよ。きっと荷物を整理してた時に落としたのね」

「そっか……。危ないとこだったぜ。ヒカリ、本当にありがとな」

「どういたしまして」


ヒカリはホッと安心したようにお礼を言うピカチュウの頭を撫でた。
サトシもピカチュウも、とても大事にしているものなのね。
そう言葉を漏らすと、サトシは大きく頷き、すっと優しく目を細めた。
少し変わった、けれどとても可愛らしい人の形をしたルアーを空に掲げる。


「前見せてくれた時は触らせてもくれなかったものね」

「そう、だっけ……?」

「そうだったの!」


ヒカリはぷくりと頬を膨らませたが、サトシは本当に忘れてしまったのか、腕を組んで頭を捻っている。
それが何だか妙に可笑しくて、


「……ふふふ」


小さく笑ってしまった。
何だよ、と目をぱちくりさせるサトシの鼻をぺしりと弾く。


「そんなふうに大切にされたら、そのルアーを渡したカスミさんも幸せ者よね」

「……そ、うかな……」

「そうよー。いわば、分身みたいなものじゃない?」

「それは大げさだろ」


サトシが呆れたように言うが、ヒカリはわかってないわね、と首を左右に振る。
カスミにとっても大切なものだとタケシが言っていた。
それをサトシに送ったのだ。
きっとそれは、とても意味のあることだとヒカリは思う。


「そう思ってた方が素敵でしょ?」

「素敵って……」

「ピッカ!」

「ほら、ピカチュウもそう言ってるじゃない」


う〜ん、とサトシは照れくさそうに頬をかいた。
本当は彼もわかっているのだろう。
だからこそ、ルアーを大切にする気持ちも強い。


「ねぇ、サトシ」

「ん?」

「たまにはカントーに帰って、カスミさんを安心させなきゃ」

「……あ、安心ってなんだよ……」

「タケシから聞いたんだけど、サトシたちと別れてからカスミさんに言い寄る男が増えたんだって」


サトシの目が驚いたように少し見開かれた。
増えた、って最初からそんな奴いないだろ。
そう言おうとしたが、ある人物が脳裏に浮かび口をつぐんでしまう。
キザでプロポーズみたいな言葉をカスミに向けたあるジムリーダー。
彼が特殊だと思っていたけれど。


「ピカピ?」

「……サトシ、眉間にしわ」

「……え?」


にやにやと笑うヒカリとピカチュウ。
サトシは慌てて指で眉間を揉んだが、あまり効果はないようで。
不機嫌になってしまったのも隠しきれず、モヤモヤと心の中が渦巻いた。


「サトシって、わかりやすいのね」

「……オレは、別に……」

「いいのいいの。……うん、大丈夫!サトシがこんなに想ってるんだもん。カスミさんもサトシを待ってるわ。きっと、絶対ね!」

「でも、あまり待たせると誰かに取られるかもしれないな〜」

「た、タケシ……!」


いつの間にやら輪に加わっていたタケシが懐かしむように頷いていた。
一番に思い浮かぶのは、サトシとカスミのケンカだ。
けれどそれは仲がいい証拠。
意地っ張りな彼らは、そうやって思いを伝えてきたのだ。
だからこそ恋愛に関しては特に素直になれないのだろう。
気になっているのに、気にしていないフリをして。


「ジムリーダーは忙しくて恋愛してる暇なんてない、なんて言ってたけどな。それって、お前を待ってるからだぞ?」

「カスミさんって一途なのね! 素敵!」

「サトシも相当な」

「〜っ、もう何なんだよ二人して!」


珍しく顔を真っ赤にさせて慌てるサトシに、ヒカリとタケシは楽しそうに笑った。
からかってはいるけれど、嘘を言っているわけではない。
カスミに言い寄る男がいるのは事実であり、サトシもサトシでわりと好意をもたれることもあった。
いくら一途と言っても。


「不安になることだってあると思うのよ」

「そうだな。特に待ってる方は、な」

「……街に、ついたら……その、電話、する……」


ポツリと呟くような言葉だが、サトシにも何か感じるものがあったようだ。
是非そうしろと、ヒカリもタケシも頷き微笑した。
その事に何より喜んだのはピカチュウで、とても嬉しそうに両手を伸ばしている。
モニター越しとはいえ、やはり顔を見れるというのは嬉しいものだ。


「そのルアーも大切にしてるって、ちゃんと言うのよ?」

「う、うん……」

「こりゃ、街に着くのが楽しみだな」

「うん……あのさ、タケシ……。カスミに言い寄る男って、どんなやつ……?」

「…………ぷっ、」



雲ひとつない青空に、それはもう楽しそうな笑い声が広がった。



(やっぱ気になるんだー!)

(青春だなぁ)

(……あー、もう! 笑うな!)



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DP組楽しい(^^)
ルアーの話はやっぱり書かないと!と思って書いてみましたが、考えてたのとだいぶ違ってしまった。
そういえば、ヒカリ→サトシっぽさとかあった方がいいのでしょうか。
基本的にヒカリとサトシは仲良しなので……。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

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