「なんだそれ」

 見慣れないものを指差して、トラが呟いた。指の先は私だ。顔。華奢な赤ぶちのメガネ。
「小道具よ。うちのクラス、今年は劇ですって」
 放課後になってやっと教室に戻ってきたトラは知らないだろうけどね、とは嫌みだ。
 私にはどのメガネが似合うか、なんて女の子たちがはりきって、自分が持っている伊達メガネを持ち寄ったらしく結構な種類があった。もちろん度は入っていない。私の視力は今日まで1.5だ。
「ふぅん」
 机に並べられたひとつを手に取って、弄るトラ。そのまま掛ける。
 フレームのないタイプのそれは、意外とトラに似合っていた。
「賢く見えるわ……」
「うっせ」
 でも眼帯の上からなのだ。見る角度によっては違和感がある。

「外せないの、それ?」
「……まぁな」
 眼帯の事情を聞いたことはなかったが、オシャレにこだわるトラのことだからファッションだろうとなんとなく思っていた。
 眼鏡に眼帯は合っていないと私でもわかるようなこと、トラだって承知のはずだ。

 当の本人は立て掛けられた鏡を覗き込んでそのミスマッチ加減に笑っていたけれど、何かある気がしてならない。
「怪我、とか?」
 何度か考えた説は軽く否定された。笑って流された。
「そんなんじゃねーから、気にすんなよ」
 気分だ気分。カチャリとメガネを引き抜いて、元の場所に戻す。几帳面だ。
 気にするな、と言われるほど人間とは気になってしまうもの。
「ならいいわ」
 苦笑した顔が優しかったから、近いうちに教えてくれるのだろうと。勝手に確信させてもらった。

 なんとなく、だけれど。

 トラに言ったら馬鹿にされるかもしれないけれど。
 私たちは、少しずつ近づいている。
 そう遠くないうちに、きっと。
「ンじゃ、帰るか」
「ええ」
 夕方の教室を後にした影は、ちゃんと並んで繋がっていたはずだから。


求心のしあわせ



(111013)
企画:)よあけに提出。
発売日イェア!!
近々手直しします。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -