一回りしてきた街の様子を思い出して、翼は一鳴きした。
女の子たちのおしゃべりによれば、今日はにゃんにゃんの日らしい。 ということは、みんな猫を猫かわいがりするべきだろう。
月子だって、あんな男ほったらかして俺を抱き上げて頬ずりしたくなっているはずだ。
しばらく戻らない覚悟で飛び出してきた楽園はひとつ屋根の向こうなのに、ぴょんと跳び移ればもうすぐそこなのに、今の俺にはとっても遠くに感じられる。
『月子ー』
呼んだって、あの厚い窓が閉まっているのだからきっと君には届かない。 あんなに愛してくれたのに、これじゃあまるで俺の片想いじゃないか。切ない。
『つーきーこー』
届かないとわかっていながら呼んでしまうのは、あのこが笑っている姿がここからでも見えるからだ。 俺を見て笑ってほしい、触ってほしい、お腹をごろごろ撫でてほしい。 あんな男に媚びないでよ。ねえ月子。
「にゃあ……」 「聞こえないよ。聞こえるわけないじゃん」
ふいに声がして飛び退くと、もともと座っていた後ろあたりに人間の男が立っていた。 ん? ちっこいから男の子、か?
「……何? 猫のくせに僕にガン飛ばしてるの?」 『おまえ、俺に話しかけてんの?』 「はぁ? 他に誰がいるのさ」
黒い毛並のそいつは、俺の言葉がわかるらしい。今まで人間から一方的に話しかけられたことに対して律儀に答えていた俺だが、こっちからの言葉にちゃんと正しく返されたのは初めてだ。 この人間は、俺と同じで頭がいいみたいだ。
『俺としゃべれるなんてすごいな!』 「あー、まあ、僕も理解できてるなんて理解したくないんだけどね」
つまらなそうな顔で、その子どもは笑ってみせた。 猫の言葉がわかるなんて気持ち悪いよ、とか。失礼なやつだ。
『まだ子どもの癖にひねくれてんな、おまえ』
呆れたとたんにそいつの表情に影が差す。
「僕が……なに?」 『ん? だから、ちっちゃいのに――』 「んにゃっ」
親切にも言い直してやろうとしたら、ぎゅっとしっぽを掴まれた。痛い。いたいいたい。
「僕はもうすぐ18歳だ!」
小さいからって見下すな! フーッっと、しっぽがあったら毛が逆立っているだろう様子で、鋭くさせた目で俺を睨んできた。
え、俺、なんか怒らせるようなこと言った?
☆くりごと (120225)
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