夢 | ナノ
世界の為の佐野万次郎




 流れていたヒットソングを23時の時報が遮る。番組が変わりニュースが流れ始めたラジオの電源を落とすため、客用の応接ソファから腰を上げた。ヨーロッパで起こった記録的な熱波と干ばつ被害を伝えるアナウンサーの声を途中で落とせば、広い店内はシンと静まり返った。
 とっくに店仕舞いを終えた店内。パッと通った車のヘッドライトに照らされ、ずらりと並んだバイク達が煌めく。再び闇に沈んだショールームから、微かに明かりが漏れるバックヤードに静かに近づく。

 それなりの広さの作業場でバイクの前にしゃがみ、手を動かす広い背中。
 その近くに置かれた丸椅子に腰かけ、CB250Tをカスタムするその手元をじっと眺める。フィリピンに行った際に拾ってきて、一から組み立てた大切な宝物。俺の誕生日プレゼントになるそれを整備していた真一郎が、ふと手を止め顔を上げる。

「……そんなに見られるとやりづれェんだけど」
「イーじゃん、別に。いっつも元黒龍のヤツらに見られながら作業してんだろ」
「それとこれとは……」

 ぶつぶつと呟きながら、真一郎は作業に戻る。
 その手元から視線を切って、壁にかかるカレンダーと時計を確認する。2003年8月13日。記憶の中ではこの後、この店に。
 ざわつく胸に手を当てて、一つ息を吐き出す。

「心配すんなって」

 真一郎が作業を中断して、俺と目線を合わせる。

「一虎も圭介も、ダチの兄貴の店に泥棒に入るような奴じゃない」

 そうだ。今日この日の為に、一虎の家庭環境に介入した。場地を何度もこの店に連れて来た。ホーク丸を壊さなかった。誕生日プレゼントをリクエストした。思いつく限りの手は尽くしたはずだ。
 だというのに、今年の夏に入ってからずっとどうしようも無く不安で、心がざわつく。
 そんな俺の様子に一つ息を吐いて、真一郎は嵌めていた軍手を脱ぐとわしわしと俺の頭を撫でる。

「お前は考えすぎなんだよ、万次郎」
「……真一郎」

 名前を呼びながら頭の上に乗せられた手を取り、ぎゅっと握り込む。不思議と、この手を握ると心が落ち着く。大丈夫。大丈夫だ、だって俺たちはこんなにも善い行いをしたのだから。
 固く握り返された手のひらが、不意にオイルでぬるりと滑る。俯けていた顔を上げ、じとりと真一郎を見つめた。

「――…髪、汚れたんだけど」
「……わりぃ」


 §


 二階の住居スペースでシャワーを浴びた後一階に戻ると、作業がひと段落したのか真一郎は工具を片付けていた。
 レンチを工具箱にしまっていた真一郎が降りて来た俺に気付き振り返る。

「おっし、そろそろ寝るかぁ」

 腰を上げる真一郎から、時計に視線を移す。日付が変わった0時過ぎ。あと3時間ほどで、記憶の中の真一郎は。

「俺、朝までココにいる」

 例え一虎に真一郎との面識があっても。バジがこの店を何度も訪れていても。イザナと決別する結果を変えられなかったように。春千夜が記憶の通り創設メンバーとならなかったように。真一郎の死が、避けられないかもしれない。
 不思議そうに首を傾げる真一郎に言葉を続ける。

「だってもし、強盗が来たら」
「今日の為にどんだけセキュリティ固めたと思ってんだよ。窓ガラス割られたらすぐに警備会社が飛んでくるっての」
「でも、」
「あんま心配すんなって、万次郎。大丈夫だ」

 言い募ろうと口を開いて、頭を撫でられ閉ざす。

「……戸締り、俺が最終確認するから」

 これだけは譲れないと口にした言葉に苦笑しながら頷いた真一郎が、ふとバックヤードの片隅に置いたエンジンを見た。

「あの片割れのエンジンも、いつかイザナに渡してェな」
「……うん、きっと渡せる」

 いつか、イザナと関係を修復出来る機会が来て。兄弟4人で笑いあって。イザナとお揃いのバブに跨って、真一郎とエマをそれぞれの後ろに乗せて。海にでも行こう。
 真一郎と二人、そんな未来を見て笑いあった。








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