夢 | ナノ
世界の為の佐野万次郎






 どうやら花垣は稀咲に続いてイザナを味方に付けたらしい。そして、俺に接触することなく一度未来へと帰った。
 頭に叩き込まれた2回分の記憶を処理しながら、喧嘩腰のイザナの言葉を受け流していく。記憶はある時点でぷつりと途絶えている。2017年まで生きた記憶を受け取ったのは初めてだが、おそらく記憶が途切れた瞬間に花垣が過去へとタイムリープしたのだろう。

「神奈川で名高い喧嘩屋に、元愛美愛主幹部の稀咲……で、8代目黒龍総長。新しくチームでも作んの?」

 2回目の記憶では花垣と稀咲は将来、会社として設立された天竺に加入していた。天竺に潜り込ませていた諜報員の報告によると12年前の黒龍で起こった事件を重点的に調べていたというし、今の狙いはおそらく今代黒龍――九井の資金力。

「お前にそれが関係あるか?」
「いや?……東京縄張りにされたら知らずにうっかり倒しちゃうカモ。な?ケンチン」
「マイキー」

 挑発的に笑った俺に、龍宮寺がたしなめるように名前を呼ぶ。だが、決して否定する事はない。そんな俺たちに舌打ちを一つ落としてから、イザナは踵を返し足早に去っていく。こちらを気にしつつイザナに追従する花垣にひらひらと手を振りながら、俺は龍宮寺に指示を出した。

「ケンチン、緊急幹部会。今夜。一虎は必ず参加」
「……わかった」

 理由を聞きたげな龍宮寺を視線で黙らせて、懐から携帯を取り出し三途へとメールを打つ。胸の内に湧き上がる感情を処理するため、小さく息を吐きだした。
 この為だ。この瞬間の為に、記憶の中の俺は12年間を耐え忍んだ。第三次世界大戦を起こしたのも、第四次世界大戦を始めたのも。全て、この時のために。
 認めない。決して認めるものか。俺の東京卍會は、絶対にあんな結末で終わらせない。


 アジトに集めた幹部達の様子を、積まれた木箱の上に腰掛けめる。ほとんどの奴らは集まった理由が分からない様子だったが、たった一人。羽宮だけがやけに顔色悪い。

「緊急幹部会って、何でだよマイキー」

 問いかける林田に返答せず、俺はうつむき震える羽宮をじっと見つめた。

「羅刹組」
「っ!…――なんで、」

 その反応で確信した。今の東京卍會は、記憶通り最悪の方向へ進んでいる。小さく舌打ちしてから、羽宮に問いかける。

「若頭補佐の男――だろ?」

 しばらく黙りこくっていた羽宮は、幹部全員の視線を受けやがて観念し口を開いた。11月20日の芭琉覇羅との抗争の場で、年少時の知り合いが観戦者として居た事。その知り合いは指定暴力団羅刹組の末端で、俺の活躍を聞きつけた組の若頭補佐が俺を組へと勧誘したがっている事。知り合いを通じ、既に接触されている事。拒否しているが、もう学校にまで押しかけられている事。

 そう。そして、追い詰められた羽宮は場地にのみ相談を持ち掛ける。事を知った場地は、自ら若頭補佐の男に接触。自身が佐野万次郎の幼馴染であると――羽宮よりも親しい存在であると告げ、自分が代わりに俺を勧誘する代わりに羽宮から手を引けと交換条件を出す。その後、場地は誰にも頼ることなく一人で何とかしようと藻掻き、羅刹組へと取り込まれる。年が変わる頃には場地と羽宮の異変に気付いた三ツ谷を皮切りに、羅刹組は他の幹部達にまで手を伸ばしていた。
 標的だからと何も知らされずにいた俺が気付いた時、東京卍會はどうしようもなく瓦解していた。

「抑えろ、マイキー」

 龍宮寺に声を掛けられ、記憶を思い返し高ぶっていた感情を制御する。静かに息を吐き、木箱から飛び降り過呼吸寸前になって場地に背をさすられる羽宮に近づく。
 こいつらはまだ薬漬けになんかなっていない。正気を失った龍宮寺達を手にかけたあの感触も、内部抗争に見せかけ羅刹組を壊した時の虚しさも。現実になどさせるものか。全部、俺の記憶の中だけで終わらせる。

「一虎」
「ご、ごめん、マイキー。俺のせいだ。俺が、俺があいつと知り合わなければ、年少に入らなければ、人を殺さなければ、……東卍に入らなければ」
「いいよ、一虎」

 ガタガタと震える羽宮の頭を抱え、背を撫でる。
 記憶の中の羽宮は、場地に相談を持ち掛けた事を心の底から悔やんでいた。二人でする雑談の中で何度だって一虎は嘆いていた。あの時、どうすれば東卍は救えたのだろうか、と。どうして自分は真っ先に俺に相談しなかったのだろうか、と。

「……まだ、大丈夫だ」

 全てはこの瞬間の為に。東京卍會を救うために俺は戦争を起こし、億の人間を殺し尽くしたのだから。






 許される悪行と、許されない善行。
 俺が自らの意思のもと行う選択は全て、このどちらかに二分される。善を行えば全てがより重い悲劇へと変わってしまう。東卍幹部達を救う行為は、きっと悲劇に変わる善に値する。で、あるならば。

「俺の東卍を救ってくれ、ヒーロー」

 ぽつりと呟いた声に、三途が首を傾げる。

「マイキー?」
「いや。……羅刹組の下部組織が黒龍を狙ってるって?」
「はい。黒龍――とりわけ、親衛隊長にして金庫番の九井一を取り込もうと動いているようです」
「だが、その黒龍はつい先日横浜で結成されたばかりの天竺との抗争を控えている。……天竺が勝てば、黒龍は傘下に入る」

 紙にまとめられた両チームの概要をまとめられた紙を捲り確認する。

「天竺は8代目黒龍総長、黒川イザナを筆頭にS62世代に神奈川の喧嘩屋、歌舞伎町の死神――…」
「――裏切り者どもが」
「春千夜」

 名前を呼ぶと、三途は歪めていた顔を戻し姿勢を正す。陸番隊にいた半間、伍番隊隊長の武藤。双方から除隊の申し出があったのは、緊急幹部会の次の日だった。
 前々回まで自身に恨みを持つ人間に殺されていたイザナは前回生き延びて、法人として天竺を設立した。そして今回。12月2日、イザナは天竺を暴走族として結成した。花垣武道によって、どんどん未来が書き換わっていく。……花垣だけが、変える事が出来る。

「対して黒龍の目ぼしいやつは柴大寿に青宗。軍配は天竺に上がるだろうな」
「隊員を観に行かせますか?」
「いや、いい。……九井を狙ってる組織に接触は出来るか?」
「――……はい、大丈夫です」
「連れてこい。下っ端で良い」

 2回の12年間の記憶の中で一体何度、花垣に東卍を救わせる計画を立てただろう。もうすでに無い組織を末端まで調査して、もうすでに死んだ人物の情報を頭に叩き込んで、もう二度と会えない仲間達の思考を想像して。その度に、正気を失った幹部を手にかけた感触を思い出した。だが、それも全部――。

「この時のために、」

 ようやくだ。ようやく、俺の東京卍會の続きを見ることができる。




 龍宮寺の部屋のベッドに寝転び、バイク雑誌をめくる。

「一時はどうなるかと思ったが。羅刹組、内部抗争でお前どころじゃ無くなったんだろ?」
「あー……下部組織の下剋上だか裏切りだか……なんかあったらしいね」
「曖昧だな」
「んー……聞いたケド忘れちゃったや」

 羅刹組若頭補佐の男は、無事何とか出来た。きっと花垣は、自分の行いが東卍を救ったなど夢にも思わないだろう。九井を救うために黒龍を下した。きっと、それだけの認識のはずだ。……それでいい。

「ケンチン、今日なんか落ち着きなくね?」

 写真の貼られたコルクボードを見て、筋トレグッズを整理して。そわそわと室内を歩き回る龍宮寺がいい加減気になってそれを指摘する。彼はしばらく唸った後、俺の寝転ぶベッドの上に胡坐をかいて座り腕を組んだ。

「エマに、告白しようと思っている」

 ぼそりと呟かれた言葉に、バイク雑誌を放り出し起き上がる。

「……マジ?」
「東卍が天下を取れば、またああいう奴らが出てくる可能性は捨てきれねぇ。エマが普通の女だったらきっと、告白なんかしねぇ。だが、」
「俺の妹だしな」
「無敵のマイキーの妹に比べりゃ、ドラケンのヨメなんて肩書霞んじまう。……だろ?」

 そう言ってニヤリと笑う龍宮寺に肩をすくめる。

「今回も……真一郎君の時も。恨み買うのも、狙われるのも一瞬で、死ぬのだって一瞬だ。……死に際に告ってりゃ良かったなんて後悔、したくねぇ」

 真剣な龍宮寺の眼差しを受けて、あーあと言いながらベッドに背中から倒れこむ。

「ケンチンが義弟か……」
「文句あんならはっきり言えや、マイキー」
「いや?……エマとケンチンならきっと、すっごく騒がしい家族になるんだろうな」

 そんな幸福な未来を夢見て、俺は目を閉じた。







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