夢 | ナノ
世界の為の佐野万次郎




――2015年12月10日 アメリカ アラスカ州アンカレッジ

 合衆国有数の青年実業家にして、犯罪組織の首領という顔も併せ持つ佐野万次郎の使う部屋は、何度拠点を移しても決まって複数台のテレビが一角を占めている。様々な言語で世界各国のニュースが流れるそこは駅の喧騒の中のようで、一虎はその雰囲気が嫌いではなかった。

『本日午後から空襲警報が――』
『戦場の様子をお伝えしてますが戦況は――』

 今は第三次世界大戦真っ只中。おおよそのテレビ局はバラエティのバの文字もなく堅苦しい戦況を伝えるだけと化していた。それをぼうっと眺めながらふと、気になっていたドラマの続きはいつ放送されるのだろう、と思い浮かんだ。きっと万次郎に頼めば、開戦前に撮影が終わっていれば即座に放映されるのだろう。それか、データだけがこっそりと送られて来るのかもしれない。そんなワガママがまかり通るほど、万次郎に気に入られている自負が一虎にはあった。
 でなければ。三途ほどの能力も持たず、ただ裏切らず万次郎の傍にいる事だけを求められている一虎がこの組織のNo.3の座に居座れるはずもないのだ。いつかの万次郎が珍しく――とても珍しく酔った際、零した言葉曰く。一虎は唯一救えた存在、らしいが。その真意を一虎は知らないし、聞く気もない。
 知らないまま、ずっと万次郎の傍にいる事を選んでいる。もう会えない仲間達の分も、共に。

『この度防衛省事務次官として選任された武藤氏の経歴はーー』
「――ん?」

 ぼんやりとテレビの方向を眺めながらもぐもぐとたい焼きを咀嚼していた万次郎が、ニュースを流し続ける日本のテレビ局を注視する。
 パソコンの前へ移動ししばらく操作して、万次郎はどこかに電話を掛けた。

「イザナが動いた。出るぞ」

 それだけを電話越しの誰かに伝えて通話を切る。万次郎は立ち上がると、部屋の中にある金庫の中身や歴史的価値のある絵画に目もくれず、そばに立っていた一虎の手を握った。

「マイキー?」

 無言で手を引かれ拠点を後にする。しばらく雪道を歩いていると、頭上からバラバラとヘリコプターの音が響いた。すぐそばに降りてきたヘリに二人が乗り込むと、運転手はすぐさま離陸する。
 揺れるヘリコプターの中、一虎は対面に座る万次郎に問いかけた。

「また拠点移すの?」
「……俺の所業が世界中に暴露された。地位も名誉も職も、すべて失う。……お前は来てくれるよな、一虎」
「うん。俺と三途はずっとマイキーについて行くよ」

 一虎のその言葉に、万次郎は満足げに笑った。これから今までの暮らしとは正反対の逃亡生活が待ち受けているというのに、ひどく楽しげだった。思い返せば、一虎が知る限り佐野万次郎にライバルというものは今まで存在しなかった。初めての挫折で、敗北なのかもしれない。

「俺は今この時、地に落とされた。……これから何をしようか」

 そういって離れていく地面を見つめる万次郎の顔には、東卍を率いていた頃のような好戦的な笑みが浮かんでいた。





――2017年10月29日 アフリカ大陸 スーダン カッサラ

 国土の大半を砂漠が占めるこの国は、年中暑いし乾燥している。逃亡生活ももう2年。今までパスポートを使っていたなら1冊ではとても足りないほど多くの国を転々としていたが、一虎の中でこの国はワースト入りするほど合わなかった。外に出たら倒れると必死に説得し、一虎は何とか三途から万次郎付きの仕事をもぎ取った。2日前、忌々し気にこちらを睨み出ていった三途の顔を思い浮かべ、一虎は憂鬱な気分を覚える。ひとつ前、南米チリの極寒の地では反対の立場だったのだから理不尽だ。

「一虎はさぁ。恋人が死ぬのと同じくらいショックな事ってなんだと思う?」

 ぼんやりとテレビのある一角を眺めていた万次郎が唐突に放った言葉に、一虎は首を傾げた。万次郎の振ってくる話はいつも脈絡が無いが、今日のそれは群を抜いていた。恋人、恋人……。

「どれくらい大切な恋人?」
「んー……刺されようがボコされようが殺されようがその人のためなら立ち上がれるぐらい?」
「何それ。殺されたら立ち上がりようがないじゃん」
「燃え盛る車の中へ抱きしめに行けるくらい?」
「オーケー。めっちゃ大切って事ね」

 すごく大切な恋人が死ぬのと同じくらいショックな事。腕を組んで考え込む。一虎にそこまで大切な恋人がいた事はない。家族も然り。一虎が今までの人生で1番心を傾けたのは、中学時代の全てを捧げたあの集団。忘れた事は片時もない。目の前を走るCB250T――バブの赤いテールランプも、隣を走るGSX250E――ゴキの排気音も。

「自分の言動が元で、親友に消えない傷を負わせてしまう事……かな」

 12年前の丁度この時期だ。少年院から出たばかりの一虎は、暴力によって支配されていた。ある事ない事吹き込まれ、それがすべて正しいと思い込んでいた。正しい事柄を理解できないまま、言われるがまま操られて万次郎を憎み、傷つけた。あいつはそんな一虎に寄り添い、そして――

「親友、親友……友達、仲間、協力者。んー……橘か稀咲?イザナは違うかな……」

 懐古している間にも万次郎はぶつぶつと呟き考え込んでいる。

「ま、いいや。状況を最悪に。――この未来に、納得などさせるものか」

 そう言ってスマホを手に取り操作し始めた万次郎に一虎は首をかしげる。

「結局なんの話?」
「聖僧恨逐――天竺を、地に落とすって話」

 楽しそうな万次郎の様子に、自然と一虎の顔にも笑みが浮かぶ。天竺。万次郎の兄であるイザナがトップに立つ会社だ。万次郎の所業を世界に暴露し、地位も名誉も奪い指名手配の容疑者に落とした連中。
 この感情は逆恨みである、というのは十分理解している。だが、自分達の首領を高みから引きずり落とした者たちをまったく恨まないというのもおかしな話だろう。三途など、万次郎の許可さえ下りれば即座に天竺の本社ビルを爆破出来るよう手を回しているという。
 三途が早く帰って来ればいいのに、と一虎は常とは真逆の事を思った。遠出から帰って来ると毎回機嫌が最悪で、万次郎に諌められるまで一虎に嫉妬で当たり散らすあの男もきっと、今の万次郎を見れば一瞬で機嫌を直して尻尾を振るだろう。

「大切な王国に一生癒えない傷をつけたら。イザナ、どんな顔をするかな」

 無邪気に、だが悪意に満ちて。我らが首領はうたうようにそう言った。



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