夢 | ナノ
世界の為の佐野万次郎




――2017年11月27日 日本 北海道

 どん、と腹の底に響いた地響きにハッと我に返った。直人と握手した直後、未来へ戻った瞬間。少しでも情報を取ろうと必死に周囲を見回す。
 ……何処だ、ここは。森の中で仰向けに倒れているのか、視界は真っ青な空と青々とした木々。ズキズキと負った覚えのない傷に痛む腹を押さえるが、まだ立ち上がれるほど回復はしていない。仰向けからうつ伏せに体制を変えると、視界の端、土の上にあるものが転がっていた。

「……銃?」

 それも、警察で持つようなハンドガンじゃない。実用的な――いわゆる、アサルトライフル。まじまじとそれを眺めていると、特徴的な刺青をした手がそれを掴んだ。

「何やってんだぁ、武道。殿(しんがり)らしく勤めを果たすぞ」

 罰と書かれた手で差し出された銃を咄嗟に受け取ると、襟首を掴まれ木の影に引きずり込まれる。連続した破裂音がすぐ近くから響いて肩が跳ねた。音の方を見ると、背の高い人物が手の中の銃と同じものを構えていた。
 190は超えるだろう長身痩躯、手の甲の罪と罰、特徴的な前髪だけ金に染められた髪形。

「……え、半間君?」
「はぁ?」

 顔をしかめた彼は、俺の顔を覗き込むと特徴的な笑い声をあげた。腹を抱えている最中も、彼の指は断続的に引き金を引き続けている。それが意味する事に気付いて、血の気がさぁと引いた。

「もしかして、稀咲が言ってたのってこれか?ばはっおっもしれ〜」
「は、半間君、ここって一体――」
「場所ってことなら北海道。それ以外なら――」

 腰に下げたポーチからパイナップルに似た鉄製の物体を取り出すと、彼は上部のピンを引き抜き銃口を向けていた方向に投げる。
 三拍ほど置いてからした爆発音に楽し気に笑って、彼は言った。

「――今は第三次世界大戦、本土決戦中だぁ」





――2005年11月28日 日本 東京

「『3106180』半間は確かにその数字を言ったんだな」
「うん。いきなり戦場にいて、稀咲は死んだって言われて。……遺言だって」

 稀咲と初めて会ったおしゃれな喫茶店。その席で俺は盛大に鼻をかんだ。

「な、直人も包帯でぐるぐる巻きで、しゃべれるような状態じゃ無くってぇ」

 もう一枚ティッシュを取り出し、再度鼻をかむ。そんな俺とは対照的に、稀咲は冷静に作戦ノートを開いていた。自分が死んだっていうのに冷静すぎないか、この男。
 ぐすぐすと鼻をすする俺が落ち着いたのを見計らって、稀咲は広げたノートを机の中心に置いた。そのページには……表、だろうか。数字と単語が所狭しと書かれていた。

「芭流覇羅との抗争を見て、俺は万が一、最善が取れなかった時に備え対策を立てた」
「……最善が取れなかった時?」
「俺たちにとっての最善は。お前と橘直人が言葉を交わし握手ができて、俺が未来の知識を集め伝える事ができて、お前がそのすべて覚える時間的余裕がある事」
「うん。……じゃあ、今回は最悪?」
「最悪は橘直人もお前も死んでタイムリープ自体が出来なくなる事だ。今回は――まぁ、次善かその次かだな」

 見ろ、と稀咲は赤ペンでノートを指した。

「最初の数字は、現況。……第三次世界大戦勃発だな。次が佐野万次郎の立場。社会地位が最高、前回から考えれば米国の中枢に深く食い込んでいるはずだ。世界的な扱いは――」

 言いながら、稀咲は次々とノートの中から単語を抜き出し並べていく。
 現況:第三次世界大戦勃発。社会的地位:最高、扱い:秘匿、キーマン:家族及び東卍の一部が死亡、生死:生存中、作戦:途中挫折、作戦変更:無し

「この途中挫折と作戦変更無しっていうのは?」
「佐野万次郎の夢を――不良の時代を作らせる作戦の事だ。未来の俺がなるべく影からサポートしていたが、何事かがあって成しえなかった。恐らくそれは家族及び東卍の一部死亡に絡んでいる。俺はそれが無ければ、夢が叶えば佐野万次郎は巨悪にはならなかったと考えたんだろう」

 それが作戦変更無し。ノートを見下ろし、唸る。

「どうにかして、マイキー君が巨悪にならないようにしないと……このままだと第三次世界大戦が……」
「――それってさぁ、もうそいつ殺した方が手っ取り早くネ?」

 稀咲と二人揃って、勢いよく声の方を見る。……衝立代わりの植物が茂っていた。その意味を理解して、どっと汗が噴き出した。慌てて立ち上がり、その向こう側を覗き込む。そこでは特徴的な色彩を持つ青年が、優雅にティータイムを楽しんでいた。
 テーブルに頬杖をついた青年がこちらを見上げ、首を傾げるのに合わせて耳から下げた花札のようなピアスがカランと鳴った。
 俺は、この人を知っている。一番最初、東京卍會にヒナが殺された時の直人の部屋。ホワイトボードに書かれた東京卍會最高幹部の字。そのすぐ下に貼り付けられた写真。

「く、黒川……イザナ」
「俺の事も知ってんだ。……愚弟がとんだご迷惑をおかけしているようで、ドーモ?」

 紫色の瞳を細めて、黒川イザナは皮肉気に笑った。




 対面のソファへ偉そうに腰掛ける黒川イザナに、俺も稀咲もどう声を掛けたらいいかわからず無言で視線を交わす。最初のタイムリープでしか登場しなかった黒川イザナについて、俺の持つ情報は少ない。東京卍會最高幹部。世紀のテロリスト佐野万次郎の血の繋がらない兄。元黒龍8代目総長。この三つぐらいだ。
 お洒落なジャズが響く店内。優雅に紅茶を飲んでいた黒川イザナは、カップをソーサーに戻すと口を開いた。

「で、なんでお前たちはマイキーを殺さない?お前らは中学生。12才のオトモダチ探してそいつに事故に見せかけて殺させれば、刑事罰は無し。将来的に死ぬ億単位の命を今救えるぞ?」

 無言で視線を交わし、稀咲に説明をお願いする。稀咲は一つため息を吐いた後、口を開いた。

「考えなかったわけではない。少年法に守られているうちに、佐野万次郎を殺す。それはおそらく、とても簡単で手っ取り早い。……だが」
「だが?」
「SFでよくある題材だ。――タイムパラドックス。過去で佐野万次郎を殺して、もっと強大な悪が生まれたら。それが、世界を滅ぼすような巨悪だったら。それが、俺たちのあずかり知らぬ所で生まれたら。……佐野万次郎の行いを、最小の時へ引き戻す。俺たちの当面の目標はそれだ」

 ふぅん、と頷き黒川イザナは手元に置いたノートをパラパラと捲った。

「確かに。……マイキーには、10万を殺す秘匿されたテロリストに[[rb:戻る > ・・]]だけの素養がある。今の所在も掴めて、おおよその性格も分かり、過去何があったかも知れる。抱いていた夢、堕ちた原因。すべて把握できている」
「前回俺たちはマイキーの夢……『不良の時代を作る』を叶えさせるため東京中の反マイキー派を結束させ、東卍にぶつけた。……未来は悪化したが」
「は? ぶっ飛んでんなオマエら。それって芭流覇羅の事だろ?」

 呆れたようにこちらを見つめる黒川イザナに、俺はぶんぶんと首を振った。全部稀咲。稀咲が計画して、行動した事。俺は計画が終盤に差し掛かった頃にようやく教えられたし、さすがに人数が多すぎると反対もした。……結果はマイキー君無双だったけど。

「計画の変更はナシ。家族及び東卍の一部が死亡、ね」

 綺麗に整えられた爪が、トントンと家族の部分を叩く。

「この家族、に俺は含まれてンの?」
「ああ。今回の死因は不明だが。前回のリープの時は佐野万作、佐野エマ、黒川イザナの三人が自宅で焼死してる」
「焼死?俺が?佐野の家で?」
「あんたに恨みを持つ半グレが放火で捕まっている。……心当たりは、ありそうだな」
「ありすぎて話になんねぇ。俺が佐野の家で暮らすってのも想像がつかねぇし。……なんでそうなった?」

 はー、と天井を見上げ黒川イザナは息を吐く。しばらくそうした後、俺と稀咲を順番に見て彼は頷いた。

「いいぜ、協力してやるよ。あのクソ生意気な愚弟のクソ高い鼻をへし折るのも面白そうだ」
「……感謝する。早速で悪いが――」
「俺が仲間になった結果の未来を確認したい、だろ?いいぜ。12年、付き合ってやるよ」
 は、と笑った後、黒川イザナは立ち上がり俺の瞳を覗き込んだ。

「――お前が戻ってきたらこの世界は選ばれていて。もしお前が戻ってこなかったら、この世界は見放された、ってワケだ」

 黒川イザナが笑うのに合わせて、耳飾りがカランと音を立てる。
 おかしな点はどこにも無いはずなのに、やけにその言い回しが気になった。







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