夢 | ナノ
空洞侵愛


「君たちは、どうしてこの学園に入学したの?」

 空き室だという長屋の一角に布団や机を運び入れてくれた乱太郎たちに礼を言ってから。
 食堂から借りてきた湯呑みでお茶を振る舞い、ほっとひと息ついた後、俺はそう切り出した。

「えーっと、わたしの家は先祖代々半忍半農の三流忍者の家系で……一流忍者になるために入学しました!」
「ぼくは俊敏さを身に付けてこい! って父上に言われて」
「俺は手に職つけるためっすね」
「へぇ……入学理由もいろいろなんだねぇ」

 微塵も興味が湧かないが。
 そんな内心を年上らしい笑みで隠して、学校生活は楽しい? と小さく首を傾げる。

「授業も試験も失敗ばっかりですけど……とっても楽しいです!」
「委員会の先輩もみーんな優しいんですよ!」
「先生たちもなんだかんだで頼りになるしな〜」

 ぼくたち、この学園に入ってよかったです!
 笑顔を浮かべそう言い切った三人組を受けてか、天井裏から鼻をすする音が複数聞こえる。
 それを務めて無視して、俺はいつも常連客にするように――
 胡坐の上に片肘を付き、意図的に目を潤ませてから他人の目に寂しそうに映るであろう笑みを浮かべた。

「少し、君たちが羨ましいな。僕が君たちぐらいの年齢の時は髪結いの勉強ばかりだったから」

 物憂げにため息をついて見せれば、人の良い三人組は慌てて慰めの言葉を口にする。
 ひとしきりありふれた慰めの言葉を口にしてから、乱太郎がふと閃いたとばかりに言った。

「だったら、タカ丸さんも忍術学園に入学してしまえばいいじゃないですか!」

 かかった。
 いい考えだとばかりに盛り上がる三人組に内心ほくそ笑みながら、けれど、と心底不安そうな表情を浮かべ首を振る。

「もう15だよ? 元服も済ませてる」
「年は関係ないっすよ! 喜三太が前いた風魔には中年になってから入学した古沢仁之進ってのがいますしぃ」
「お金を払えばだれでも入れるっていうのがこの学園の強みですからきっと大丈夫です!」
「髪結いの仕事もあるし……」
「きりちゃんだって、街でアルバイトしながら通ってますし大丈夫ですって!」
「けど……」
「あれ、編入って何が必要だっけ?」
「入学した時は金と……手続きがあったような気がするぜ」
「なんか書類があったような」
「土井先生なら持ってるかな?」
「持ってるかも!」

 俺が口を挟む暇もなく、ぽんぽんと三人組の間で言葉が交わされる。
 少しこの三人組の行動力を見誤ったかもしれないな。
 そんな事を考えながら矢継ぎ早に交わされる会話を見守っていると、三人組はすくっと立ち上がった。

「僕たち、土井先生から編入用の書類もらってきますね!」
「えっ?」

 返事をする前に飛び出していった三人組の後ろ姿を見送って、唖然とした表情を意図的に浮かべる。
 とたとたと足音がある程度聞こえなくなった瞬間我に返った振りをして立ち上がり廊下へ出た。

「ええと……どうしよう」

 しんと静まり返った廊下に困り果てたように頬をかいて――これくらいすれば天井裏の見張り達も騙されてくれるだろうか。
 そして肩を落として、諦めたように部屋に戻り――

「タカ丸、その……」

 ああ、来ると信じていたとも。
 掛けられた声に口元に小さく笑みを浮かべ、振り返れば予想通りの少女がそこに佇んでいた。

「作ちゃん。久しぶり」

 そういって一歩、近付けば作磨は潤んだ瞳で俺を見上げる。
 表情は変わらないが、黒曜石のような眼はその内心を雄弁に語る。あの墓参りの日から心変わりをしていないようで何より。
 少しサービスしてやるか、と手を伸ばす。

「髪、大分伸びたね……?」

 そう言って、するりと髪を指に巻き付ければ作磨はかすかに頬を赤らめる。

「今度、毛先を切り揃えてあげるね?」

 そう耳元で囁いてからあっさり手を放した。
 餌を与えすぎてはいけない。勘違いをされては困る。
 けれど――この学園に入り込むための足場として上手に機能してもらわなければ。

「なにか、話したいことがあったんだよね? どうぞ。お茶ぐらいしか出せないけれど」

 天井裏の気配たちは未だ立ち去る気はない様だ。
 作磨はこくりと頷くと招かれるまま部屋の中に足を踏み入れる。

 さあ、どうか。――ありもしない俺の無実を証明しておくれ。
 俺に恋をしたんだ、それくらいは出来るだろう?



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