夢 | ナノ
空洞侵愛
うとうとと、庭の木の上でまどろむ。
背に感じる温かな木のぬくもりに、子守唄のような鳥の囀り。すべてが俺を眠りの世界に誘っているとしか思えない。
もう少しで夢の中へ落ちそうだ、という時に下から軽い足音が聞こえて、目を擦って上を見上げた。
葉の隙間から覗く陽光に、澄み渡った空の青。視界に映るすべてが、前世とは違う。
「タカ丸、タカ丸ー?」
声と共に、俺と揃いの金色の髪が眼下で動いているのが視界に入り、思わず微笑んだ。
太陽の光を集めたかの様に光り輝く髪が丁度木の下へと来る時を見計らって、地面へ降り立つ。
「なーにー?かあさん」
脚のバネで衝撃を殺し、回りきらない舌で言葉を紡ぐ。
まさか人が頭上から降ってくるとは思いもしなかったのだろう、驚き見開いた碧色の瞳をどうしようもなく愛おしく思う。
「もう、そんなところにいたの?ちゃんと父様のお手伝いをしなくちゃだめじゃない」
「ちゃんとおてつだいしたよ?ほら。」
ぷくっと頬を膨らませながら腰に手を当て、怒っているというよりも少女が年上ぶっている様にしか見えないポーズを取る彼女に笑いかけながら傷だらけの膝を見せる。
彼女の血を濃く受け継いだのか、白皙のと形容できる程白い俺の足にはたくさんの切り傷が残っている。
あの時代であれば眉を顰めざるを得ない、柔らかな子供の肌についた痛々しい大小の傷跡に、しかし彼女は微笑んだ。
「あら、がんばっているのね。」
頭を優しく撫でてくれる彼女に向かって、前世でも浮かべたことのなかった、蕩ける様な笑顔を浮かべる。
すると彼女は俺とは正反対の、無垢な穢れを知らない純粋な笑顔を浮かべた。
陽光の下で見る彼女の笑顔は、とても清らで純真無垢で、だからこそ――汚してしまいたくなる。
「じゃあ、次はお母さんとお勉強しましょうか。」
「うん!」
差しだされた柔らかな白魚の様な手を握り、『それらしく』首を縦に振る。
彼女との勉強は好きだ。いろんな国の言語を教えてくれるし、世界情勢も教えてくれる。
将来役に立つのか、と首をひねる様な物もあったが、彼女が楽しそうなので良しとする。
彼女との勉強で分かったことは、今が応仁の乱後の室町時代後期だということだ。
戦国時代、と呼ばれる時代。俺の居た世界の500年前。何故かシャンプーやリンス、トイレットペーパーと言った物があるという点や、おかしな名前の城があったりするが。時代背景はおおよそ史実通りで間違いない。
この世界は前世の平和ボケした世界とは全く。360°違う。
あの平成、という字面からして平和だった世界と違い、この世界では、死が驚くほど身近にある。
前世では金に染めていた黒髪がこの世界では生まれたときから金髪だった。
前世で茶色だった瞳がこの世界では紫だった。
前世の名前を思い出せなくなった。
だが、それがどうした?
髪の色が愛する彼女と一緒である事がうれしい。
瞳の色が彼女の敬愛する祖母の色と一緒である事がうれしい。
彼女がつけてくれた名前を、躊躇いなく名乗れる事がうれしい。
彼女が俺の名を呼ぶたびに、心が揺れ動く。
笑みを抑える事ができない。どうしようもなく彼女に執着している。
そうだ、これが恋だ。これが愛なのだ。
今の俺にとって、世界の中心は、この無垢で、純粋で…どうしようもなく愚かで愛おしい母親だ。
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