夢 | ナノ
空洞侵愛



 「ここ最近、物騒だよね」と横に座ったタカ丸くんが珍しい、きらきらと輝く金色の髪を風に靡かせながら言った。
 タカ丸くんを挟んでぼくの反対側に腰掛けていた作ちゃんも、珍しくはない、けれどつやつやして綺麗な黒髪を風にそよがせて頷く。


 何の事を言っているか分からなくてぼくが首を傾げると、タカ丸くんが苦笑してから「辻斬りの事だよ、秀作くん」と言った。
 そう言えば、卯月からずっと、夜になったら出歩く際注意するように、とお触れが出ている。
 ぼくの家では戌の刻(二十時)を過ぎたらお父さんやお母さんがそろそろ寝なさいと口うるさく言ってくるので、ぼくは酉の刻(十八時)を過ぎたらもう寝る準備をするようにしている。
 だから、そのお触れ関連の事はあまり気にしてなかったのだけれど。最近、町に辻斬りが出没しているらしい。

 辻斬りとは、武士の人が刀の切れ味を試すために人を殺す事だ。
 そんな事をしている武家の人がいるのか、と言うと、タカ丸くんは首を振った。

「武士かどうか、はっきりとはわかってないんだ。切られた人の切り口があまりにも見事だから、手練の剣客の仕業じゃないか、って思われてる」

 いつものほわほわとした雰囲気を取りはらって、真剣な表情で言ったタカ丸くんの雰囲気に思わず唾を飲み込む。
 じゃあ、とタカ丸くんに質問しようとした時、作ちゃんが珍しく口を開いた。

「試し切りにしては…切られた人が多い。……不自然」

 作ちゃんの声は小さいにも関わらず良く通る。きっと声が綺麗で透き通っているからだ。
 そんな声で紡がれる作ちゃんの言う言葉はすべてが意味深な気がして、ぼくはよく兄さんに阿呆だなぁと言われる頭を必死に働かせた。

何故辻斬りは人を殺すのか→刀の切れ味を試すため→今回は違う?
ヒント:切られた人が多い


 四半刻程頭を悩ませて、ぼくはあっと声をだした。

「切りすぎたら、刀が鈍くなっちゃう!」

 刀は切れば切る程血とかで切れ味が鈍くなってしまうらしい。
 辻斬りは刀の切れ味を試すために辻斬りをするのだから、これではほんまつてんとーだ。
 それを頑張って口に出したら、ぼくの言葉をじっと待っていてくれた二人が頷いた。

「人を切る事が楽しい……快楽殺人者の類かもしれない」

 作ちゃんが相変わらずの無表情で、ぞっとするような事を言う。かいらくさつじんしゃとは、人を切る事が楽しい人の事を指している言葉だったと思う。

 怖くてぶるぶると体を震わせていると、タカ丸くんが小さく笑みを浮かべてぼくの顔を覗き込む。
 睫毛も眉毛も金色で、肌が透き通る様に白い。周りの人とは違う紫色の眼を見ると、タカ丸くんはやっぱり南蛮の血を引いているんだなぁ、と思った。

「今のところ夜しか被害がないから、出歩かなければ大丈夫だと思うな。それよりも見回りの侍所の人たちが心配だよ」

 そのタカ丸くんの言葉に作ちゃんも無言で頷く。
 そう言えばお触れが出たって事は町の人たちが全然夜に出歩かないと言う事で、けれどお侍さんたちは犯人を捕まえるために辻斬りが出る夜にパトロールしなくちゃいけなくて。
 けれど、こういう捜査をするお侍さん達は、強い人が多い筈だ。
 辻斬りさん、そんなに強いの?とぼくが質問すると、二人とも揃って頷いた。

「……真後ろから胸を一突きにされたり、真正面から首を切られたり。
 殆どの死体には一つしか傷がないらしいよ。こんな事ができるなんて、犯人はかなりの手練だよ」

 肩をすくめたタカ丸くんに、確かにそうだと頷く。一晩中ずっと周囲を警戒するなんて、いくらお侍さんでも出来る筈がない。
 ちょっと油断したら、後ろからぐさーっと刺されてしまうかもしれないんだ。
 今は夏だし、日が長いから良いけど、冬になったらどうするんだろう。
 そんな事を言うと、タカ丸くんは冬までに捕まるといいね、と肩をすくめた。

「…冬の寒さは、体力を奪うし、夜は長い」

 犯人にとって、都合の良い季節、と作ちゃんは眉を僅かに下げて、瞳を揺らしながら言った。
 作ちゃんは十才になったら、長期休みにしか帰ってくる事が出来ないほど遠くの学校へ入学すると言っていた。
 作ちゃんがいなくなるまでに犯人が見つからなければ、作ちゃんはずっと、遠くの学校でお父さんやお母さんの無事を祈っているのだろうか。
 長期休みに帰ってきたら、知り合いの誰かが辻斬りに殺されていた。
 冷たい様に見えて、本当は誰よりも優しい作ちゃんは、そうなる事を怖がっているようだった。


「そろそろ、家に帰ろっか」

 暗くなった雰囲気を取り払うようにタカ丸くんが明るく言って、立ちあがる。
 いつの間にか茜色に変わった太陽に照らされて、金色の髪の毛が赤橙に染まった。
 その顔が少し無理をしているように見えるのは、きっとタカ丸くんのお父さんとお母さんが最近不仲だ、とうちのお客さんたちが話していたことに関係しているのだと思う。
 タカ丸くんのお父さんは、髪結いという仕事が関係しているのか、とても人気者だ。タカ丸くんもとても整った顔をしているし、お母さん譲りの色はとても綺麗だ。
 そのお客さんは、出来るなら幸隆さんのごさいになりたい、と話していた。
 幸隆さん、とはタカ丸くんのお父さんのことで、ごさいの意味は分からなかったけど、きっとタカ丸くんのお父さんの奥さんで、タカ丸くんのお母さんになりたい、という意味なのだと思う。
 最近、タカ丸くんの家のお客さんは若くて綺麗な女のひとが多くなってきた気がするし、タカ丸くんのお母さんの、タカ丸くんと同じ色をした髪を外で見ることも多くなった気がする。
 それは、つまりそういう事なのだろう。


 無言の作ちゃんと、無理をして笑っているように見えるタカ丸くんの手を握って、大きく振って歩きだす。
 昨日兄さんから教わった詩をうたえば、タカ丸くんが間違っているところを教えてくれた。
 あまりにも間違って覚えていたものだから、作ちゃんが小さく笑って、いつの間にか立ち止まっていたぼくの手を引いた。

 再び歩きだした頃には作ちゃんもタカ丸くんも明るいふいんきになっていたので、ぼくは嬉しくなって思わず二人に飛びついた。



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