本編 | ナノ

○○夢


並盛最強の風紀委員長、雲雀恭弥は机の上に広げた紙面の上に万年筆を滑らせていた。

「並盛決算表」と記されたその紙は雲雀が普通の一介の中学生であったなら拝む事さえ叶わなかったものだろう。…残念ながら雲雀は普通ではないが。

並盛町一帯の頂点に立っている、と言っても過言ではない雲雀にとってこれは「やるべきである仕事」であり、言ってしまえば趣味のようなものだった。


雲雀が『趣味』に没頭していると不意に、ノックの音が応接室に響き渡る。


「失礼します…」


涼やかな声が耳に入ったと同時に雲雀は視線を紙面から正面…扉の方向へ上げた。
そこに佇むのは儚げな雰囲気を纏った少女。
その精巧に整った顔はいっそその道の職人が手間をこめて作った、と言った方が納得のいくほど整っており、言い方を変えれば人形のように無機質だ。

――…少なくとも今まで見てきた女の中でいっとう美しい、と思える事は確かだった。
くるくるとウェーブする黒髪が白い紙の様な肌に一筋の影を落としており、伏せ目がちな目と相まって少女を一層儚げに見せていた。



何のご用でしょうか、と自分におびえながら言う少女――沢田夢月、に雲雀は目を細めた。

見かけだけで言えば草食動物の少女が実は体内にとんでもない『化け物』を飼っている事に雲雀は気付いていた。
そしてつい最近になってその化け物が孵化したことも。

雲雀は腰かけていた革張りの椅子から立ち上がり、扉の前に居る#主#に近づく。
雲雀が一歩一歩近づくたびに夢月は後退する。びくびくと体を震わせながら。


そんな#主#の様子に目を細めながら雲雀は夢月の喉元に鉄の棒…自身の武器であるトンファーを当てた。


「ひっ…」


体を後ろに引くが扉が阻んで後退することができない。
涙目になる夢月に、雲雀は目を細めながら話しかける。


「ねぇ…いつまで、そのくだらない演技を続ける気なの?」


雲雀が言ったその言葉に夢月は一瞬表情を消す。


「…風紀、委員長さん…」


そしてまたおびえた表情に戻りじわ、と目の端に涙をため、震える手を雲雀の頬に持っていき、そして――


――嗤った。


ギリ、と夢月の形のいい爪が雲雀の頬に食い込む。
儚げな雰囲気を消し去った夢月に雲雀は満足そうに頷き、トンファーを下げるとと口を開く。


「一目見たときからわかったよ。君はこちら【肉食動物】側の人間だ」


頬から血を流しながら雲雀はニヒルに笑う。
表情を消し本格的に人形、と言っても過言ではなくなった――だが凄艶な雰囲気は元の儚い雰囲気よりもよほど人間らしかった――夢月はぺろ、と爪に付いた血を舐めながら雲雀の顔をじっと見る。


その表情の中に確かな自分と同類を見つけた、という喜色を嗅ぎあてた夢月は艶やかな笑みを浮かべながら右手で雲雀の頬を擦る。
頬の血が米神まで伸び、雲雀の象牙色の肌に紅い線を引いた。


「違う、違うよ、風紀委員ちょーサン?」

#主人公はまた指に付けた血を舐める。
その表情は「肉食動物」と言うよりも「捕食者」
雲雀の背筋に冷たいものが走る。


「君は肉食動物で、ボクは蛇だよぉ」


するり、と雲雀の首に手を回し夢月は雲雀に顔を寄せた。
べろ、と冷たく柔らかいモノが雲雀の頬を掠める。

それが人の舌だ、と気付いた雲雀は頬に朱を走らせる。
そんな雲雀の様子に笑いながら夢月はべ、と赤い液体の乗った人よりも長い淡紅色の舌を雲雀に見せつける。


「…――っっ」

羞恥で真っ赤になった雲雀の肩を押しのけ、夢月は応接室の扉を開ける。


「それでは、失礼しました…」


元の儚げな雰囲気を纏い、流し眼で雲雀を見ながら…否、見下しながら出て行った夢月に雲雀は口角を吊り上げる。


「沢田、夢月…」

ぐい、と頬を伝う赤を拭い、雲雀は濃艶に笑った。



===========
スランプ企画月城叶亜様リクエスト



[戻る]
- ナノ -