本編 | ナノ
沢田夢月の喜劇鑑賞
周りからの非難の目、陰口。それから逃げるように遊梨は自室に引きこもった。
神と名乗る男が来たのはその頃だった。
――すまない。お前の姉妹を手違いで死なせてしまった。お詫びにお前を違う世界に送ってやろう。
「…いらない」
手違い?お詫び?そんな筈はない。男の眼は、少しも後悔などしていなかった。
遊梨は、この男が姉を殺したのだと確信した。
――何を言っている。お前はリボーンとか言う漫画が大好きだっただろう?姫宮愛梨。
「……は?」
この男は今なんと言った?姫宮愛梨?
――俺の手違いのせいでお前の妹の姫宮遊梨が死んでしまった。本当に申し訳ない。
「え…?……あはっ…なぁんだ、そう言うこと?」
遊梨は理解した。理解してしまった。男の計画は遊梨を殺し、愛梨に甘い言葉を囁いて他の世界に送ることだということを。
だが現実はどうだ?男は誤って愛梨を殺した。遊梨が死ぬはずだったのに。
遊梨の代わりに、愛梨が死んだ。
――…は?
「なぁんでもなぁい。そうだなぁ、可愛い愛梨のことだからきっとみんなに愛されるけどぉ……そうだ!愛梨、引き立て役も欲しいなぁ。違う子も何人かトリップさせてあげてよぉ」
――…わかった。
こてん、と遊梨は首をかしげながら男に要求する。まるで、姫宮愛梨のように。
遊梨はこの瞬間、愛梨になった。
「初めましてぇ、転校してきた姫宮愛梨でぇす。よろしくお願いしまぁす」
――好奇好奇好奇の目。そうだよ。みんな愛梨を愛せ。
――愛梨を愛して愛して愛して。
――俺の代わりに死んだ愛梨を幸せにしてあげて?
「あんた、目ざわりなのよ。愛梨の人気のために、嫌われてよ」
――ごめんごめんごめん。ごめんなさい。
――その憎悪の目は俺に向けられたものだ。その苦しみは俺が与えたものだ。
――愛梨の所為じゃない。
「なんで?ツナぁ」
――なんでなんでなんで?愛せよ。愛梨を、愛せ。
――主要人物に愛されないと意味がないだろう?愛せ。
「あ…助け、て」
――醜い醜い醜い。どんなに努力しても沢田夢月みたいな生まれたときから綺麗な奴には敵わない。
ハスキーな声も平凡な顔も努力しても努力しても可愛くならない。
…愛されない。愛されないよ。
遊梨は綺麗に塗ったマニキュアが剥がれ、土にまみれて汚くなった手を沢田夢月に伸ばした。
白い肌、艶やかな漆黒の髪。透き通った飴色とも形容できる茶色い目。
――違う違う違う俺とは何もかもが違う。
外で運動するせいで焼けた肌も、染めるのを繰り返して痛んだピンク色の髪も、カラーコンタクトで緑色にした瞳も。
――醜い。醜い醜い。なんで?
――愛梨はきれいで俺は醜い。醜い。
――沢田夢月はきれいで俺は醜い。
青い空の下、沢田夢月が笑った。
綺麗な綺麗な笑みで、いつかの愛梨と重なった。
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