休日の午後。母の見舞いに行った後一人昼食を済ませた轟は、寮に戻るなり首を傾げた。広間に人集りが出来ているのだ。共有スペースが賑やかなのはいつもの事だが、今日は何だか慌ただしい。何事かと顔を覗かせると、クラスメイト達が待ってましたと言わんばかりに振り返った。

「あー!轟!やっと戻って来た!」
「轟さん!ずっと待っていたんですのよ!携帯に連絡しても繋がらないし…」
「あ…ワリィ。昼飯食ってて…」

詰め寄る芦戸と八百万に思わず後退りながら携帯を確認すると、確かにクラスメイト達から何件か着信が入っている。父からの連絡を鬱陶しく思い、携帯を見ない癖が付いていた轟も今回ばかりは反省した。

「何かあったのか?」

轟が尋ねたその時。小さな影がソファーから飛び出して来た。ソファーに座っていた耳郎があ!と声を上げると同時に、影は轟の腕の中にすっぽりと収まる。轟が視線を下げると、そこにいたのは。

「しょ、しょーと…」

目を潤ませながらこちらを見上げている、幼馴染によく似た小さな少女だった。

***

轟の幼馴染によく似た少女は、幼馴染そのものだった。
雄英生の''一時的に子供の姿に戻す''個性が偶々なまえに降りかかってしまい、このようになってしまったとの事だった。どうやら体だけでなく記憶まで子供に戻ってしまっている為、幼いなまえは不安を覚えて泣き続けていたらしい。そこで、幼馴染の轟なら泣き止ませる事が出来るのではないかと白羽の矢が立ったようだ。
なまえを落ち着かせる為、一先ず人気のない裏庭を訪れた轟は、先程から腕を浮かんで離さない少女の様子をちらりと窺った。腕を掴む小さな手は触れたら溶けてしまいそうで、幼い頃の彼女はこんなにも小さかったのかとまじまじ見てしまう。
そんな轟の視線に気がついたのか、黙ったままだったなまえがちらりと轟を見上げた。大きな瞳にまじまじと見つめられて少々たじろいだ轟だったが、ふと。彼女の左手が自分に向けて伸ばされている事に気がつく。

「どうかしたのか?」
「…お顔。」

小さな背に合わせて膝を折った轟に、なまえの手のひらがゆっくりと触れた。柔らかい手のひらが轟の火傷の痕をなぞる。

「いたくない?」

小さな声で尋ねたなまえの顔は今にも泣いてしまいそうだった。そういえばと轟は思い返す。この姿のなまえは、轟が顔の左半分に傷を負った後、包帯を付けている所しか見た事ないのだろう。

「…ああ。もう大丈夫だ。ワリィな、心配かけちまって。」

目を潤ませるなまえの頭を撫でてやると、心底安心したように目を細めた。こんなにも小さいのに、幼なじみを大切に思う心は今と変わらないらしい。轟もつられて頬を緩めていたのも束の間。ふと、なまえが轟の額に自分の額をくっ付けた。
一体何事かと轟が口を開く前に、なまえはちゅ、と火傷の痕に口付けを落とす。

「ママがね、教えてくれたの。早く治るおまじない。」

ふんわりと満面の笑みで微笑んだなまえに対し、轟は予想外の不意打ちに思わず頬を染めてしまっていた。そんな轟の事など知らないなまえは、無邪気にしょーと?と首を傾げながら顔を覗き込んで来る。

「…こんなの、反則だろ。」

轟が思わず声を漏らしてしまった直後。
不意になまえの体が光に包まれた。まさかと思ったのも束の間。なまえは元の姿に戻っている。急に元の大きさに戻ったなまえの体を支えた轟は、思わず溜息をついた。

「…昔のコイツ、あんな可愛かったか?」

緩みそうになる口元を抑えながらこぼした轟に対して、元の姿に戻った当の本人はすやすやと眠っている。

「……まあ、こっちのがいいか。」

幼い頃からすっかり成長して綺麗になった幼なじみの姿に轟は苦笑を浮かべる。
轟は一度彼女をテラスの椅子に寝かせると、なまえが起きてしまう前に彼女が元の姿に戻った事を八百万達に報告しに行こうと立ち上がった。

「…しょーと。」

不意に名前を呼ばれた。気がつくと、彼女の細い指先が轟の服の裾を掴んでいる。指を離そうとも思った轟だったが、彼女に誘われるままにその場に腰を下ろす。

「…昔から、そういうとこだぞ。」

彼女の柔らかい髪を掻き上げると、閉じられた目蓋が露わになる。轟は先程彼女がやったのと同じように、そっと目蓋に口づけた。彼女が自分を大切に思ってくれているのなら、それと同じくらい…それ以上に、自分も彼女が昔から変わらず大切なのだと。願いを込めて。

***

暫くして、轟に呼ばれて来た八百万に起こされた彼女は何も覚えていなかった。

「こんなに直ぐ元に戻ってしまうなんて…って、先程から何故それほど嬉しそうなんですの?」
「うーん…自分でもよく分からないんだけど……すごく幸せな夢を見てたような気がして…つい。」

はにかみシークレット

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