雄英高校一般入試''実技試験''終了後。帰りの地下鉄に揺られながら、緑谷出久は呆然としていた。憧れのオールマイトから個性を受け継ぎ、満身創痍で挑んだ実技試験。しかし試験で味わったのは、またしても自分の弱さだった。溜息が出て来る所か、涙さえも出て来ない。

「あの…落としてますよ。」
「へっ、え!??ああ!すみません!!ありがとうございます!」

不意に声を掛けられて顔を上げると、そこに居たのは出久と歳が近そうな制服姿の少女だった。少女の手にはいつの間にか落としていたらしい出久の生徒手帳が握られており、出久は慌てて頭を下げた。
視界の端で少女の透き通るような淡い色の髪が揺れる。少し大人びた印象の端正な顔立ち。

「…あ!もしかして君…!」
「…え?」

出久はふと、彼女に見覚えがある事に気がついた。先程の雄英高校の実技試験で、軽快な身のこなしが注目を浴びていた受験生だ。
急に声を上げた出久に対して少女は目をぱちぱちと瞬かせている。そんな少女の様子に気がついた出久は、急に恥ずかしさが込み上げて来て顔を赤らめながら俯く。

「えっと…君の事、雄英の実技試験で見かけたから、つい…」
「…わたしも、見てたよ。」

予想外の言葉に、今度は出久が目を瞬かせる番だった。そんな出久に少女はふふっと笑みを零し、言葉を続けた。

「だって、あの試験で他の受験生を助けた人…君だけだったから。ね、緑谷君。」
「っあ!名前…」
「生徒手帳に載ってたから。」

名前まで覚えてもらえているとは思っていなかった出久は、しどろもどろにありがとうございます…と再び感謝の言葉を返す。同時に、胸につかえていた実技試験の記憶が、少しだけ軽くなった気がした。

(僕はあの時、自分が正しいと思う事をしたんだ…この子みたいに、見ていてくれる人もいるんだなあ。)

電車のアナウンスが次の到着駅を知らせる。彼女はあ、と電光掲示板に目を移すと、席を立った。どうやら次の駅で降りてしまうようだ。もう少しで車窓から次の駅が見える。
出久は手のひらに力を込めた。今まで、会ったばかりの人にこんな事を聞いた事などない。けれど、今聞かなければ次はいつ来るだろうか。

「あ、あの!君の名前も、聞いてもいいかな!!」

電車が停車する。彼女の後ろで電車のドアが開いた。恐る恐る見上げた彼女の顔は、何故か泣いてしまいそうにも見えた。しかしそれは一瞬のこと。

「私は…みょうじなまえって言います。」

笑みと共に紡がれた彼女の名前を、出久は忘れないように胸の中で唱える。そうしているうちに出発のアナウンスが流れて、彼女は慌ててホームに駆け下りた。発車の音楽を聴きながら車窓越しに彼女の姿を追うと、彼女も気付いたようだ。

(またね。)

彼女の唇は確かにそう呟いていて、出久はどうしようもなく胸がいっぱいになった。

淡いプリズムと生傷

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