ボンゴレファミリー9代目の息子…ザンザス率いる暗殺部隊ヴァリアーが引き起こした"揺りかご"事件から八年。長い眠りから目覚めたザンザスは今までの怒りと八年間で更に大きくなった怒りをぶつけるため、今度はボンゴレファミリー10代目候補の沢田綱吉とその守護者達をターゲットとしたクーデター…ボンゴレリング争奪戦を引き起こした。しかし、9代目をゴーラ・モスカの原動力にしてまでこのクーデターを成功させようとしたザンザスは沢田綱吉に敗北し、大空のボンゴレリングにも拒まれてしまった。壮絶な戦いによってボンゴレリングは沢田綱吉とその守護者達に渡され、ザンザス率いるヴァリアーによって引き起こされた二度目のクーデターは再び失敗に終わった。

***

「なまえ様!同盟ファミリーの方からお電話です。」
「ボンゴレイタリア支部からお手紙が届いています。」
「なまえ様、ボンゴレイタリア支部から任務の指示書が…」
「はい、わかったから…手紙と書類は全部そこに置いて。それから、電話は後でかけ直すからって言っておいて。」

机に積み上がった大量の書類から顔を上げ、どこか気怠げに指示を下したなまえの顔を見た部下達は、揃いも揃ってびくりと肩を揺らした。顔は顔面蒼白。目の下には大量の隈。艶やかな黒髪はもはや結われることもなく背で波打っている。そしてその紅い瞳には、抑えきれていない怒気が揺らめいていた。長らくこのザンザスの妹…なまえの下で働いている部下達も、ここまで窶れ凄まじいオーラを放っているなまえの姿は見たことがなかった。しかし、仕事に追われているなまえに余計な口を挟むと命が危ないということだけは心得ているため、黙って頷くとそそくさと部屋を出る。なまえは女といえどザンザスの妹。愛用のマシンガンが火を噴けば、例え幹部でも簡単に黙らせるほどの実力者なのだから。なぜそんな彼女がヴァリアーイタリア支部に籠もりきりになって事務作業をしているのか。言うまでもなく、先日まで行われていたリング争奪戦の後始末のためである。

「何なのよもう…9代目も家光も、こんなんだったらさっさと殺された方がマシだったわよ!"揺りかご"にしろ"リング争奪戦"にしろ…ヴァリアーに戒めの罰を与えるとかグチグチ言ってるけど、これじゃただの社畜だっつーの!!」

八年間"揺りかご"を起こした時と同じ、それ以上に厳しい状況に置かれ、忙しなく書類と向き合いながら叫ぶように文句をたれるなまえ。なまえの兄…このヴァリアーのボスであるザンザスが再び引き起こしたクーデターによって、9代目は瀕死の状態に追い込まれた。それは正しく反逆行為であり、今度ばかりはボンゴレ最強の部隊であるヴァリアーの幹部と部下達も死を覚悟した。しかし、一命を取り留めた9代目と門外顧問である沢田家光から下された処罰は、今回の件の始末書。9代目が行えなくなったボンゴレ支部の代理視察。ボンゴレイタリア支部が行うはずだったSランク任務の随時遂行…など、処罰というより仕事が増やされただけであった。そしてその仕事をそれぞれ決められた日時以内に終了しなければヴァリアーは解体。今度こそ首謀者ザンザスと幹部は皆殺しだという。そんなことをザンザスが耳にしたならば三度目のクーデターを起こしかねないため、幹部と部下達は日々任務に勤しむこととなったのである。

「こっちは何日も不眠不休だってーのにクソ兄貴は一日寝てるだけだし!ったく…大体私はリング争奪戦では外野だったっつーの!」

他の幹部達がザンザスと共に沢田綱吉とその守護者候補達を倒すために日本へ飛ぶ中、本来雲の守護者候補だったなまえは幹部の中でただ一人イタリアで留守番することになった。なまえの代わりに日本は向かったのは、9代目を乗せたゴーラ・モスカ。その恐ろしく卑怯なやり方に本来の守護者候補であったなまえは乗り気ではなかったのだが、ザンザスに逆らえるわけもなく計画が実行されるのを傍観していた。他の部下や幹部達も、ザンザスに反論する者は一人もいなかった。幹部最強のスクアーロを筆頭に、幹部も部下も皆ザンザスに心酔している節がある。実の妹であるなまえももちろんその一人であった。ザンザスにはある一部分の人間を引き込む、不思議な魅力があるのだ…だからこそ、なまえはリング争奪戦が終わった後も気にかかっていることがあった。

「クソ兄貴をひれ伏させた男…沢田綱吉ねぇ。」

見事ザンザスを倒し、ボンゴレファミリー10代目の座を勝ち取った男とはどんな人物なのか。ろくに眠ることさえできないほどの仕事を片づけている間も、頭の隅にふとよぎるのがこの疑問だった。沢田綱吉の存在はボンゴレファミリーの中でも長らく露見することがなかった。しかし9代目は彼のことを"眉間に皺を寄せ、祈るように拳をふるう少年"と称したと言う。それを聞いたなまえはザンザスとは正反対の人物だと感じた。いつの間にか手が止まりぼんやりとしている自分に気がついたなまえは、はっとして首を振った。

「だめだめ…やらなきゃならない事はまだまだあるんだから。」

気分を入れ替えるように、インクが乾いてしまったペン先をインク壷に沈めたなまえだったが、そんななまえを妨害するように部屋の電話が鳴った。なまえの部屋にある電話はプライベート用の物で、その番号は限られた人物しか知らない。電話をかけてきた人物には悪いが、今はそんな時間はないのだと居留守を決め込んだなまえだったものの、いつになっても呼び鈴が止まることはない。電話をよこした相手は、相当図太い人物のようだ。止まない呼び鈴に先に折れたのはなまえで、深い溜め息をなんとか押さえ込みながら受話器を取った。

「はい、なまえです。」
「おっ、やっと出たな!やっぱり最初からこっちにかければよかったぜ。」
「……ごめんなさい。今他のファミリーに構っている暇はないの。また今度ね、へなちょこさん。」

受話器から聞こえてきた男の声を聞くなり眉を寄せて、用件を聞く間もなく断りの言葉を口にしたなまえに対し、"へなちょこさん"と呼ばれた男は慌てたように声を上げる。

「ちょっ!待て待て!切るなってなまえ!!」
「この間のクーデターに立ち会ってたあなたならわかるでしょ?今ヴァリアーは猫の手も借りたいくらい忙しいのよ。」
「だから連絡したんだって。お前に気分転換させてやりたくてさ!久々にデートでもしようぜ?」
「私、あなたとデートなんてした事あったかしら?冗談も休み休み言って頂戴。」

少しずつ低くなっていく声など少しも気にとめていない男に、なまえの額には深い皺が寄る。こうしている間も積み上がった書類から顔を上げずに向き合っていたなまえは、ついに湧き上がっていたものを電話越しに吐き出した。

「とにかく、今は男の誘いなんて受けてる場合じゃないの。出された仕事を片づけられなければ私達の首が飛ぶのよ?」
「その仕事を出した人物から、オレに相談が来たんだよ。」

言うだけ言って電話を切ろうとしていたなまえは、電話越しであまりに軽々しく続けられた言葉を聞いて目を見開いた。ヴァリアーに仕事を差し向けた人物は言わずもがな、ボンゴレファミリー9代目だ。そして電話越しの男は、幼い頃から9代目と深い繋がりがある人物。

「少しは話を聞いてくれる気になったか?」
「…だいたい、あなたがくだらない事ばかり言っておちょくるからでしょ。馬鹿ディーノ。」

ようやく呼ばれた名前を聞いた男…キャバッローネファミリー10代目ボスでもあるディーノは、笑いをこぼしながら悪びれもなく悪い悪いと続ける。それでもどこか許してしまうような…マフィアのボスらしくないディーノの雰囲気は、昔馴染みのなまえもよく知っているものだった。

「なまえだってオレの事をへなちょこなんて言ったろ?」
「だってへなちょこじゃない。部下がいないとダメダメだし…」
「でも、名前くらいは呼んでくれたっていいだろ?それにオレはもう馬鹿じゃない。」

なにやら年甲斐もなく拗ねている様子のディーノに、なまえは大層呆れるように苦笑をこぼす。しかしこのままではディーノから詳しい話も聞けないため、なまえは珍しく素直にディーノの機嫌を取ることにした。

「わかったわ…素敵な跳ね馬ディーノさん。詳しい話を聞きたいのだけど、よければ私とデートしてくれないかしら?」
「もちろん。お前みたいないい女の誘いを、オレが断るわけないだろ?」

誘いに対しての調子に乗ったディーノの返答を聞いたなまえは、全ての話を聞いたならばこのへなちょこを絶対に殴ってやろうなどと物騒なことを考えていたのたが…すっかり浮かれている様子のディーノは、そんなことを知る由もない。

***

山のような書類をひとまず部下に任せ、窶れた顔と体を化粧と服で完璧に誤魔化したなまえはディーノとの待ち合わせ場所へと向かっていた。ディーノが指定した場所は何故か空港。わざわさ空港なんて場所を指定してきたことに疑問を覚えたなまえだったものの、会えばわかるだろうと深く考えることをやめた。それよりも、久々に出た外は思っていたよりも開放的で清々しく感じたのだ。戻ったらまた地獄のような日々が待っているのだから少しは気を休めてもいいだろう。なまえは待ち合わせ場所である空港のカフェの前へと軽い足取りで向かった。

「おっ、来たか。直接会うのは久々だな。それに私服も久しぶりに見た。似合ってるぜ。」
「こんにちはディーノ。私も今日、ヴァリアー以外の人間と隊服以外の服を久々に見たわ。」

なまえが待ち合わせ場所に着くと、そこには既にディーノの姿があった。少し離れた場所には部下であるロマーリオの姿もある。出会い頭から飛び出してきたディーノの歯の浮くような台詞に対し、なまえは頬一つ染めるわけでもなく、ただヴァリアーでの多忙ぶりを一言で表して見せた。そんな対応にうなだれるディーノに対し、なまえは更に溜まった疲れを吐き出すように一つ欠伸をこぼす。

「あー随分お疲れだな?」
「そうよ。さっきから言ってるでしょう?忙しいって。相談って一体なんなの?」
「出発まで時間もないし、わかりやすく言うな。」

意味深なディーノの言葉を聞いたなまえは引っかかるように首を傾げる。一方ディーノは懐に手を伸ばすと、二枚のチケットを取り出した。そこに書かれているのは…日本行きの文字。それを見たなまえがまさかと目を見開く傍ら、ディーノは笑みを深めながら"相談"の意味を告げた。

「ボンゴレファミリー9代目から、その娘なまえへの命令だ。時期当主10代目…沢田綱吉に会いに行け。」

膿んだ季節のフレンチローズ
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