ボンゴレファミリー創立以降最大のクーデターとも言われた"揺りかご"事件は、イタリアのみならず世界中のマフィア達を震撼させた。"揺りかご"を引き起こしたのはボンゴレファミリー最強と謳われる独立暗殺部隊ヴァリアー。主犯格はボンゴレファミリー9代目の息子…ザンザスだった。しかしザンザスは9代目の手によって死ぬ気の炎を凍らされ、深い眠りにつくことになる。ザンザスを失った部下達には謹慎命令が下され、常にボンゴレファミリーの監視がつくことになった。こうして力を失ったかのように思えたヴァリアーだったが、まるでボンゴレファミリーを嘲笑うかのように。ヴァリアーに新たな指導者が立った。その指導者は傲岸不遜なザンザスの実の妹である女。ヴァリアー幹部の一角を担っていた彼女は幹部の紅一点でありながら他の幹部と肩を並べ、時にそれ以上の力を発揮する恐ろしい女だ。正に新たなヴァリアーの指導者として、彼女は持って来いの存在。一時の平和を甘受するボンゴレファミリーの傍らで、ヴァリアーは用意怠りなく新たな反逆の機会をうかがっていたのである。

***

ザンザスが引き起こした"揺りかご"事件から半月が経った頃。ザンザスは相変わらず眠りについたままであったが、ヴァリアーの幹部達はようやく謹慎を解かれた。ボンゴレファミリーの監視は変わらずだが、ボンゴレファミリー最強と謳われるヴァリアーにとってはボンゴレファミリーからの監視などあってないものに等しい。その事実をたらしめるかのように、幹部の一人である少年…ベルことベルフェゴールは、だだっ広いヴァリアーイタリア支部の広間で手足をソファーに投げ出しながら呑気に文句を垂れていた。

「ったく。謹慎がやっと解かれたと思ったら、またこんなくだらない任務かよ。俺らがいないと回んないとか、うけるんだけど。」
「まあ、結局僕らがボンゴレ最強だってことだよ。」

ベルの文句に言葉を続けたのは、赤ん坊の姿をした術士…マーモン。空中から現れたマーモンは先程ベルの行儀の悪い足によって倒れた紙の束を横目で見て、興味なさそうにふん、と顔を背けた。

「もう!ベルもマーモンも、早く準備しなくっちゃダメよ〜!せっかくなまえちゃんがこの任務を三日以内に完了することを条件に、謹慎命令を解くよう上に説得してくれたんだから〜!」

やる気のない二人を見かね、床にまで散らばってしまっている大量の紙束…Sランク任務の指示書を拾い集めながら、鍛え抜かれた肉体と女々しい言葉遣いの差が際だつルッスーリアが声を上げた。そんなルッスーリアの言葉に対しても興味なさ気な二人は、ちらりと顔を見合わせながら馬鹿にするように吐き捨てる。

「ししし。あいつボスと正反対でクソ真面目だもんなー」
「まあ、怒った時はボスと同じくらい怖いけどね。でも流石にこの任務と引き替えはないよ。一体誰が遂行すると思ってるのさ。」
「貴様ら!それ以上なまえ様を侮辱するのは許さんぞ!!」

先日新たなヴァリアーの指導者として立ったばかりのなまえにまで早速ぼやきをこぼす二人に、突然野太い声が浴びせられた。まるで雷のように落ちた声に二人は耳を塞ぎ、ルッスーリアはあらあらと首を傾げる。

「こんな任務、俺一人で十分だ!貴様らはすっこんでろ!!」
「うっせーなレヴィ。ボスって言わなくなったと思ったら、今度はあいつかよ。お前がすっこんでろっての。」
「何だと!?」
「まあまあ二人共、そんな睨まないの〜!」

この中でなら一番体格のいいレヴィと細身のベルは、今にも一触即発の雰囲気で睨み合う。ルッスーリアが溜め息混じりに二人の間に入るものの二人は全く聞く耳を持っておらず、遠巻きに見ていたマーモンはやれやれとつまらなさそうに傍観を続けた…しかし。そんな彼らをまるで戒めるかのように。屋敷を震わせるかのような、騒がしい足音が近づいてきた。その足音の正体を一同が察した瞬間、広間の扉が叩きつけられる音と共に先程の足音など比でもない騒音が広間に響き渡る。

「う゛お゛ぉい!!何ちんたら騒いでやがんだてめぇら!早くしろつってんだろうがぁ!!」

騒音に等しい声の持ち主は、ヴァリアーのNo.2で作戦隊長でもあるS・スクアーロ。黙っていたら整っている顔には眉間に深い皺が刻まれ、噛み締められた口からは尖った歯が覗いている。彼はこの状況に相当苛立っているようで銀色の髪を逆立て、恐ろしい形相で一同を睨みつけていた。普通の人間ならばこんな男の顔を見たら黙って頷くしかないのだろうが、生憎この暗殺部隊ヴァリアーに普通の人間などいない。

「ししし、騒いでんのは自分じゃん。」
「勘弁してよ…耳がおかしくなる。」
「見てわからんのか!今からボスとなまえ様の偉大さをこいつらに叩き込んでいるところだ!」
「あらあら、だからさっきから言ってるのに〜」

一応上司であるスクアーロにベルとマーモンの二人はなんでもないように反抗し、レヴィは不機嫌そうに眉を寄せ、ルッスーリアは呆れたような言葉を口にしつつも笑みを浮かべている。相変わらずの一同にスクアーロは頭を抱えたくなったものの、この問題ばかりの幹部達に向けてもう一度声を上げた。

「う゛お゛ぉい!クソ女からの命令だ!今俺達の前にある任務を、三日以内に完了する!!」
「こんなつっまんねー任務王子だるい。隊長がんばー」

ベルは目の前のテーブルに積まれたいくつもの指示書の山を蹴飛ばしながら、この期に及んでそんな言葉をこぼした。その顔にはいつものようなニヒルな笑みが浮かべられており、それを見たスクアーロの額にはついに青筋が浮かび上がる。

「こんのぺーぺーがいちいち文句つけてんじゃねぇ!!だいたいてめぇらクソボスが惰眠貪ってっと思って油断してやがんのかぁ!!さっさと行かねえと、今度はあのクソ女が…」

我慢の限界を越えたスクアーロが大声で一同にまくし立てる中、先程スクアーロによって叩きつけるように開かれた扉の奥からは、静かな音が少しずつ近づいてきていた。規則的な靴音は細く高いヒールによって生み出されているものであり、一同が気がついた時にはその靴音の主…なまえは開け放たれた扉の前に立っていた。一同を見つめる彼女の顔には笑みが浮かべられており、兄と同じ紅い色の瞳には明らかに兄と同じ憤怒が燃えている。それを見た瞬間。あれほどまで響いていた一同の言い争いが一瞬にしてぴたりと止んだ。張り詰めた空気の中に一つだけ響くのは、女がマシンガンを構える音のみ。

「誰がクソ女だって?」

あまりに穏やかな声と共に放たれ銃弾は広間に輝いていたシャンデリアを撃ち落とし、真下にいた一同は咄嗟に離れる。シャンデリアの下にはとても三日以内に完了などできるわけがない大量の指示書が下敷きになっており、なんでもないように広間の中央に足を進めたなまえは、ひらりと下敷きになった指示書を拾い上げた。

「ねぇ、これが何かわかる?この他にもゴミみたいに散らばってるわよね?これって何か知ってる?」
「任務の指示書です!なまえ様!心配は無用です!このレヴィがなまえ様のために全て完了して…」
「誰がふざけろって言ったこのカスが。」
「ぐはっ!?なまえ様…!」

笑みの下で明らかに怒っているなまえに対しいつものように返したレヴィは、即座になまえの回し蹴りの餌食となった。それを見たマーモンは瞬く間に顔を青くし、先程まで散々ごねていたベルも口元をひくつかせる。ルッスーリアは相変わらずあらあら〜とにやけながら倒れたレヴィに駆け寄り、スクアーロはついに頭を抱えた。

「私だってこの指令書を好きで受け取ったわけじゃねーんだよ。クソ兄貴が首謀者のくせに今も呑気に眠りやがってるからわざわざボス代理までやって後始末してんだよ。後始末の一番目がこれなの。上が三日以内つったんだから気にくわないけど全部終わらせなきゃいけねーんだよ。わかったら御託はいいからさっさと仕事しやがれこのドカス共が。それでも文句があんなら…」

抱えていた怒りを兄さながらの恐ろしさで全て吐き出したなまえは再びにっこりと笑みを浮かべながら、今度は一同に向けてそのマシンガンを向ける。

「かっ消すぞ。」

紅く光る女の瞳は今は眠る兄…ザンザスと同じく、眼光だけで人を震え上がらせる力があった。一同がその紅い瞳に捉えられて一歩も動けずにいる中で、スクアーロだけは痺れを切らしたように溜め息をつくと、シャンデリアの下の指示書を漁り始める。やがてその大量の指示書は幹部達にそれぞれ渡され、もはや彼らは一言の反論もなく任務につくこととなった。

「ししし、やっぱやべーな。流石ボスの妹だわ。こればっかりは王子も完敗ー」
「僕はまだ死にたくないからね。ボスとこの人の命にだけは従うよ。」
「やはりなまえ様は強く麗しく唯一無二のお方!!流石ボスの妹君!」
「なまえちゃんはすごいわねぇ。あんな目で見つめられちゃったら、虜になるしかないじゃない〜!」

あの一癖二癖もあるヴァリアーの面々の背中を見送るなまえは、ようやく溜め込んでいたものを吐き出すように深い深い溜め息をこぼす。よく見ると化粧で整えられた顔にはうっすらと隈が浮かんでおり、普段は艶やかな黒髪もどこかパサついて見える。幹部達の前ではそんな素振りは見せていなかったのだが、どうやら相当疲れているようだった。飛び散ったシャンデリアの破片を払いのけて倒れるように座り込んだなまえの姿を、幹部の中で一人だけその場に残っていたスクアーロは大層呆れたように見つめる。

「う゛お゛ぉい!また寝てねぇのか。 」
「そりゃあ寝る暇もなくなるでしょ。あのクソ兄貴のせいで、私がボスなんてやるはめになってんだから…もう最悪よ。」
「クソボスが起きるまでの辛抱だろぉ。それにクソボスが起きてても、どうせ尻拭いはお前だったと思うぜぇ。」
「あとあなたもね、スクアーロ作戦隊長。」

なまえにただ一人慰めの言葉をかけるスクアーロの目の下にも、隠しきれない隈が浮かんでいた。その理由を笑ってしまうほど知っているなまえは、未だ大量に残っている指令書を拾い上げながら溜め息混じりにこぼす。

「大体9代目も馬鹿よね。クーデター首謀者の部下である私達を、気持ち悪いくらいの始末書と気持ち悪いくらいの任務で謹慎解いてくれるなんて。」
「その始末書と任務で俺達はある意味死んでるけどなぁ。」
「それもそうね…」

ボンゴレファミリー創立以降最大のクーデターを引き起こした暗殺部隊ヴァリアー。ボスであるザンザスは9代目によって長い眠りにつかされ、その部下達は戒めと称されて始末書と任務が与えられた。もちろんその気持ち悪いほどの始末書を処理するのはなまえとスクアーロであり、与えられている任務もまだまだ山のように残っている。

「今日も眠れそうにないわね。これからさっさと任務を終わらせて、残りの始末書やらないと。それから国外の任務ってどこがある?」
「フランス、中国、インド、日本…あとはだなぁ!」
「…やっぱもういい。」

顔を見合わせるなまえとスクアーロの間には、切っても切れないなにかがあった。もちろん二人は古い付き合いだが、ヴァリアーに入隊してから共に仕事をこなしてきた回数は他の幹部とは比べものにならない。考えれば考えるほど重なくなる体に鞭を打ちながら立ち上がったなまえは、愛用のマシンガンを撫でながら今はここにはいない男に向けて言葉を吐く。

「あのクソ兄貴…起きたらただじゃおかないわ。当分肉なんてもっての他よ。一発殴ってやりたい。」
「う゛お゛ぉい!そんなことしたらクソボスにてめぇらがかっ消されるぞぉ! 」
「そうなったらあなたも道連れよ、スクアーロ。」
「何だとぉ!!ふざけんじゃねぇーぞ!クソ女がぁ!!」

ヴァリアーの苦労人である二人の声は、シャンデリアがひっくり返ったせいですっかり薄暗くなってしまった広間によく響く。そんな二人がこの日から更に三日ほど眠れない日々を過ごしたのは、言うまでもない。

気だるい鱗粉
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