「おい!そっちに行ったぞ!早く捕まえろ!」
「いや、こっちにはいなかった!このままだと逃げられるぞ!!」

マフィア関連の危険な人物ばかりが収容されたこの刑務所では深夜にも関わらず看守達が総出で駆け回る大騒動が起こっていた。この騒動の原因はとある収容者の脱走で、脱走者は一見愛らしい少女。しかしその中身は数え切れないほどの犯罪を犯してきた極悪犯である。それ故にこの刑務所の中では特に警備が厳しい場所に収容されていたのだが気がついた時には少女の姿はなくなっていた。

「だいたい、この間八人もの脱獄犯を出して上からお咎めを受けたばかりだろ!また脱獄犯を逃がして…ましてやあの女を逃がすなんて…!!」
「わたしがどうかしましたか?」

冷や汗を流しながら声を上げていた看守達の背に、撫でるような愛らしい声が投げられた。その声を耳にしてはっとした看守達は揃って背後を振り返る。そこにいたのはやはり、脱獄犯の少女だった。

「お前…!!こんな騒ぎを引き起こしてどうなるかわかっているのか!!兄妹揃って、自分がどういう状況か全く理解していないようだな!」

脱獄犯の少女に向けて看守達は迷いなく銃を向けた。しかし少女は愛らしい顔でにっこりと笑みを浮かべると看守達へその細く白い手を伸ばす。あまりに自然な動作に看守達はなにが起こったのかわからずに固まるが、すぐに銃の引き金を引くために指先に力を入れた…しかし。その指は一向に動くことはなかった。それどころか体が麻酔を打たれたかのように痺れて力が入らない。

「状況がわかっていないのは、あなた達でしょう?」

まるで花が開くかのような魅惑的な少女の笑みを見つめたまま、看守達はその場で気を失った。力なく倒れた看守達の服から重たい鍵と銃を抜き取ると、迷うことなく暗い牢獄を進んでゆく。

「ウフフ…もう少しで任務完了です。そうしたら、いっぱい誉めてくださいね……お兄さま。」

***

そこは並盛の隣町である黒曜。並盛の風紀委員、雲雀恭弥のような最凶の守護者など普通はいないわけで。黒曜中はどちらかというと不良が多い町だった。そしてそんな黒曜の中でも特に不良ばかりが集まる学校、黒曜中に先日八人の転校生がやって来た。八人はあっという間に黒曜中を牛耳り、八人のリーダー格の男…六道骸の名は黒曜の不良達の間に瞬く間に広まることとなったのである。そして、六道骸率いる八人が黒曜中を牛耳ってからほんの数日後。黒曜中に新たな転入生がやって来た。不良が多いといえどこの黒曜中にはもちろん一般市民もいるわけで。なにも知らない間に欠席者ばかりが増えていく状況に震え上がっていた生徒達は、次はどんな恐ろしい生徒がやって来るのかとすっかり怯えていた…しかし。そんな予想に反して、新たな転入生は一人の可憐な少女だった。

「六道なまえと申します。これから、どうぞよしなに。」

ちまたで噂の男と同じ名字を名乗った少女は、噂の男の影など全く感じさせないほどの穏やかな笑みでにっこりと微笑んだ。あまりに自然な動作で首を傾げて愛想を振りまく少女はまるで人形のように愛らしく、少女はすぐに黒曜中の人気者となる。数日経ってしまえば黒曜中の生徒達は町を一瞬にして牛耳った八人のことなどすっかり忘れてしまい…黒曜中に突然現れた可憐な少女のことだけがまるで入れ替わるように話題に上がるようになった。

「…フフッ、簡単でしたね。これで任務完了しました。すぐに会いに行きますから…待っていてくださいね?」

生徒達が少女に夢中になる中、少女は一人なにかを企んでいるかのような妖艶な笑みを浮かべていた。それは今まで生徒達の前に見せてきたものとは正反対であり、少女の本当の顔でもあった。

***

元々カラオケや映画館などの複合娯楽施設だったその場所は今ではすっかり見る影をなくした廃墟と化し、誰も寄りつかない場所だ。しかしそんな廃墟…黒曜ランドは、誰も寄りつかないことをいいことに、噂の八人達の溜まり場となっていた。

「やっぱあの子骸ちゃんの妹よね。たった一日で黒曜生を骨抜きにしちゃうなんて。」

薄暗い部屋の中で口を開いたのは、自分の周りに高価な化粧品を並べながら爪に真っ赤なマニキュアを塗っている少女…M・M。そんな少女の言葉を聞いた一人の少年は、けっ!とあからさまに不機嫌な様子を見せながら吐き捨てるように続けた。

「黒曜の連中はどいつもこいつも馬鹿ばっかだびょん!あんな顔だけの腹黒女に簡単に騙されるなんて!」
「犬、駄目だよ。そんな事言ったら。」
「オレは骸さんには着いてくけど、あの女は無理なんだよ!てゆーかあの女、昔から骸さんにベタベタしすぎだびょん!!」

眉間に皺を寄せながら不満や文句を吐き捨てる少年、城島犬を傍らにいたもう一人の少年、柿本千種が諌めるが、それでも犬は懲りずにあれやこれやと言葉を続ける。そんな犬にもはや諌めることを諦めた千種は、めんどいと口癖をこぼしながら僅かな光がこぼれる窓の外へと目をやった。

「ぐちぐちうっさいわね。しつこい男は嫌われるわよ?」
「なんだと!!」

口を閉ざした千種の代わりに、痺れを切らしたM・Mが未だ文句を垂れる犬に声を上げた。M・Mの言葉にもちろん犬も反抗するが、そんな犬のことは気に止めることなく口元に弧を描いたM・Mは上機嫌に続ける。

「私はけっこう好きよ?あの子の事。欲望に忠実でいいじゃない。そういうとこ、骸ちゃんにそっくりだもの。」

***

他の部屋よりも広い場所は黒曜ランドの最下層にある。窓一つない部屋の中には暗闇だけが漂っており、暗闇の中にぼんやりと赤と青の小さな煌めきが灯っている。やがてなにかに感づいたように揺らいだ煌めきは、暗闇の中に静かに降り立った影を捉えた。

「随分と早かったですね。」

穏やかな少年の声は暗闇と静寂が漂う部屋の中に響き渡った。声に答えるようにこつんと床に落ちた小さな靴音が合図だったのか、一瞬のうちに錆びた床に満開の彼岸花が咲き誇った。赤い花びらが舞い上がる中、部屋の奥に座っている少年と同じ黒曜中の制服がひらりと翻る。

「もちろんですお兄さま。わたしにかかればあんなつまらない鳥籠を抜け出して、お兄さまから黒曜生達の目を欺くなんて簡単な事ですよ?」

花の香りをまといながら現れた少女は、人形のように整った冷たい顔ににっこりと笑みを浮かべながら、ただ真っ直ぐに暗闇の中の煌めきを見つめた。そして煌めきと同じ色の青い瞳をゆっくりと細めたかと思うと、一瞬にしてそこから姿を消す。

「約束ですよ…?いっぱい誉めてくださいお兄さま。」
「おやおや。相変わらず甘えたですね、なまえ。」
「ウフフ、お兄さまにだけですよ。」

花の下から消えたなまえは再び花の香りをまとわせながら、つい先程まで見つめていた煌めき…彼女が誰より慕う兄に抱きついた。赤と青の二つの色の瞳を持つ彼女の兄…六道骸は呆れたように苦笑を浮かべながらも、満更でもなさそうに妹の頭を撫でる。骸の青白い手のひらに撫でられて目を細めているなまえは、黒曜中で見せていた貼り付けられた笑みとは似ても似つかない、安堵だけが残る笑みを浮かべながらそっと言葉を紡ぐ。

「わたし、お兄さまのためならなんだってします。死んだっていいの。お兄さまに刃向かう者は誰だろうと…わたしが葬り去ってみせます。わたしとお兄さまは、ずっとずっと…一緒です。」

縋るように伸ばされた細く小さななまえの手のひらは、その存在を確かめるように骸の頬を包み込む。星一つ見えない暗い空のような青い色の瞳は、ただ真っ直ぐに骸だけを映していた。いつでも健気な瞳で己を映すなまえの瞳が、骸は幼い頃から嫌いではなかった。生まれた時から共に暗い闇の世界に身を窶してきたからこその微かな想いがそこにある。

「そうですね。僕達の間には、切っても切れない縁がありますから。」

頬を撫でる小さな手のひらに答えるように、骸も目の前にある己に瓜二つの美しい顔に手を伸ばす。その指先がやがて桃色の小さな唇をかすめると兄妹はよく似た艶やかな笑みで微笑み合い、互いの唇を合わせた。

さみしい子だけが魔法を使える
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