「あーもう最悪だよ。よりによって理科の補修プリントを忘れるなんて…」

行き交う人達が皆羽を伸ばし、穏やかな休日を楽しむ日曜日の午後。がっくりとうなだれながら一人歩くのは"ダメツナ"こと沢田綱吉。不思議な赤ん坊の家庭教師リボーンが現れてから少し喧嘩が強くなり、心を許せる友達もできたツナだったが、根本的なダメっぷりはあまり変わっていなかった。その証拠に先日の抜き打ちテストではまたほとんどの科目で赤点を取り大量の課題を渡された。しかしツナは科目の中でも特に最悪の点数だった理科の課題を学校に忘れてしまい、それを取りに行くために今学校へと向かっているのだ。

「なんでオレ昨日のうちに気がつかなかったんだよ!よりによって日曜日に気がつくとか…」

並盛中は休日でも部活動のために校内を開放している。しかし日曜日は"風紀委員の見回り"を名目に、校舎内に立ち入るためには風紀委員に許可をとらなくてはならない暗黙の決まりがあるのだ。風紀委員と聞いてツナの頭に浮かぶのは当然ツナ率いるボンゴレファミリーの雲の守護者でもある雲雀恭弥。彼は群れることを嫌い、気に入らない者は問答無用で"咬み殺す"。そんな雲雀率いる風紀委員に許可を取る命知らずなどそうそういないわけで、日曜日は実質校内立ち入り禁止なのだ。理科の課題を諦めるという選択肢もあったもののそんなことを家庭教師であるリボーンが許すわけもなく。

「これじゃ絶対ヒバリさんに咬み殺されるよ。あー本当嫌だなぁ…大体許可を取ろうにもあの人神出鬼没だし、問答無用で咬み殺されるって。」

ぶつぶつと不満をこぼし俯きながら歩いていたツナは、きちんと前を見ないまま曲がり角を曲がった…その瞬間。気がついた時には向かい側から曲がり角を曲がろうとしていた人物が目の前におり、ツナは正面からぶつかってしまった。

「わっ…!すみません!!」
「いえ、こちらこそ。きちんと前を見ていなくって…怪我はない?」

すぐに頭を下げて謝ったツナに対し、ツナがぶつかった人物もやわらかい物腰で謝罪をすると、ツナを気遣いながら顔を上げさせた。肩に触れた白く細い指先に思わずどきりとしながら顔を上げると、目の前の人物の顔が目に映る。伏し目がちの瞳は暗い色を灯し、編み込んで丁寧に結われた黒髪は覚めるような白い肌の上によく栄える。花が散った藤色の着物はそんな美しい女性に浮き世離れした空気を纏わせていた。ぼんやりとした頭で綺麗な人だと考えながら目の前の女性に見とれていたツナだったが、ふとなにかに気がついたように首を傾げた。黒い髪に涼しげな目元…よく見るとその顔はツナも知っている人物によく似ていた。

「それから…突然で悪いのだけれど、並盛中ってどちらでしょうか?」

首を傾げながら尋ねた目の前の女性の顔と、ツナが並盛中で最も恐れている風紀委員の顔が重なる。あまり気がつきたくなかったことに気がついてしまい、先程まで考えていたことはどこへやら。ツナはひくりと口元をひきつらせる。もしそれが勘違いだったとしても面倒そうなことに巻き込まれる前に立ち去るのが吉だ。紛れもない自分も日曜日に関わらず制服を着て女性が尋ねた並盛中に行くことはひとまず忘れ、ツナは引きつる顔を必死に隠しながら口を開く。

「あ、ああ…並盛中ならここを真っ直ぐ行けば…」
「…なまえ姉さん?」

ツナが問いかけに完全に答える前に抑揚のない声が突き刺すように響いた。聞き覚えのありすぎるその声を耳にしたツナはびくりと肩を揺らし、目の前にいた女性はあら…と目を瞬かせる。

「よかった恭弥さん。恭弥さんを迎えに行くついでに、久々の並盛を満喫しようと思って。」
「…迎えなんて頼んでないよ。それに町に出るなら、僕に連絡入れればよかったのに。」

呆然としているツナを前に、やはり姉弟であった二人は会話を始めた。そしてなまえと呼んだ姉と話す雲雀は、心なしか表情が緩んでいるようにも見える。らしくない雲雀の様子をツナは目を疑うように呆然と見つめるしかなかった。一方なまえはというと穏やかな笑みを浮かべながら話を続けている。

「恭弥さんも忙しいでしょう?それに、久々に並盛を満喫できてとても楽しかったわ。道を歩いていたら小さな男の子が突然大きくなったり…そうしたら紫色の食べ物が飛んできたり…」

なまえの話を傍らで聞いていたツナは、その話に出てくる人物達に見に覚えがありすぎて思わず顔が青くなる。突然大きくなった小さな男の子はどう考えてもランボ、紫色などという怪しい食べ物を作るのはビアンキしかいない。あの雲雀の姉になにかしでかしていたら、間違いなく咬み殺される…ツナの頭に巡るのはただそれだけだった。仲良く会話をする姉弟はそんなツナの考えなど知らないわけで。なまえはそうそうと話を戻すようにツナへ向き直ると、改めて口を開いた。

「浮かれて道に迷ってしまったら、並盛中の生徒さんとぶつかってしまって…今、並盛中までの道を教えていただいているところだったの。」
「…ん?沢田綱吉じゃないか。今日は日曜だよ。制服なんか着て、まさか並中に行く気じゃないだろうね?」
「ひ、ヒバリさん!」

ツナを視界に入れた雲雀はその鋭い眼光を光らせると、瞬く間にトンファーを構える。まだ学校に着いていないにも関わらず想像していたお決まりの展開に遭遇してしまい、ツナの背に冷や汗が伝った…その時。

「まあまあ、恭弥さん。私も母校を見て回りたいし…少し忘れ物を取りに行くくらいならいいんじゃない?」

雲雀から放たれていた一触即発の雰囲気の中。あまりに軽々しく口を開いたのは、姉であるなまえだった。恐ろしい目つきでツナを睨みつけている雲雀に対し、彼女は伏せ目がちの目を細めながらね?と首を傾げる。今まで雲雀が人の話を素直に聞いている姿など余程でない限り見たことがないツナは、たとえ姉だとしても雲雀に口答えなどしたら咬み殺されるのではないかと元々真っ青だった顔が更に青くなる。

「…ヤダ。」
「だめ…?」

予想通りの答えにもう駄目だと震えながら咬み殺される覚悟を決めるツナに対し、なまえは困ったように眉を寄せながらもこの状況を楽しんでいるようだ。どうして恐ろしい雲雀を見ても笑っていられるのかと疑問に思ったツナだったが、そんなツナの前でなまえは恐れることなく雲雀に近づくと、少し背伸びをしながらなにやら耳打ちする。その内容はツナには聞こえなかったものの、なまえが耳打ちした瞬間、雲雀の表情が変わった。

「…今回は特別に見逃してあげるよ。」
「え、ええっ!?本当ですか?」
「ただし手短に。あまりに遅かったら咬み殺すから。」
「ひいっ!!わ、わかりました!すぐ行きます!!」

なまえがあの雲雀をなんと言って納得させたのかわからなかったツナだったものの、隙あらばトンファーを構える雲雀に細かいことなど頭から抜けてしまっていた。そんな二人の様子を見ているなまえはというと、くすくすと淑女らしく口元を押さえながら笑っている。並盛を牛耳る風紀委員長雲雀恭弥。そしてその姉の雲雀なまえは、ツナの中で"美人だけどなんかすごい人"という印象になった。

***

なまえの協力によってツナは無事教室に理科の補習プリントを取りに行くことができ一安心。あまり遅くなれば不機嫌になった雲雀に間違いなく咬み殺されるため、二人は早速雲雀が待つ屋上へと向かっていた。プリントを片手に歩くツナは、帰宅するなり再び厳しい指導を再開するであろうリボーンを想像して思わず溜め息が出そうになるが…そんなことはひとまず忘れ、改めてなまえに頭を下げた。

「なまえさん、今日はありがとうございました。本当に助かりました…」
「いいえ、こちらこそ。久しぶりに母校を探検できて楽しかったわ。」

ツナの感謝の言葉に対し、なまえは相変わらずの穏やかな笑みで首を振る。優しく謙虚、そして美人。なまえの姿は年頃のツナの想像する憧れの年上女性像そのもので、ツナはなまえの隣にいると自然と癒されていくのを感じていた。というのも、リボーンが訪れてからツナの周りにはイケメンやら美女やらやたらと顔の整った者達が勢揃いしているのだが、なぜか中身が変人か話が通じない人物ばかり。だからこそ話が通じる常識人で、優しく接してくれるなまえはツナにとって救いとも言っていい存在だった。

「それより、ごめんなさいね。恭弥さんがいつも迷惑をかけてしまって…痛い思いはしていない?」
「そ、それは…まあ、ほどほどに。」
「もう…あの子ったら。相変わらずなのね。」

本当はほどほどなどではなく、それなりの頻度で咬み殺されているツナなのだが…一応姉であるなまえに正直なことなど言えるわけもなく、口ごもる。しかしなまえには全てお見通しのようで、ツナの答えを聞くなり困ったように溜め息をついた。

「…でもね。あなた達と出会ってから、恭弥さんなんだか楽しそうなの。」
「えっ!?オレ達って…」
「恭弥さんが教えてくれたの。変な小動物と、変な草食動物の群れを見つけたって。」

もはや人間ですらない扱いにツナは苦笑を浮かべるが…それでも。成り行きだとしてもなんだかんだファミリーとして共に過ごしてきたことで、ツナはツナなりに雲雀の優しい部分も僅かながら知っている。だからこそ自分達のことを雲雀がそんな風に気にしてくれているのなら、嫌な気はしなかった。

「だから…これからも、恭弥さんをよろしくお願いします。」
「いやーオレは大してなんにもできないと思うんですけど…」
「それでいいの。そんなあなただから…あんなに群れることを嫌がっていた恭弥さんが、いざという時には誰よりも強いあなたの味方になるんだから。」

なまえの口からこぼれた言葉は、まるで雲雀がボンゴレファミリーに関わるようになってからの出来事をさしているかのようだった。そんな言葉にツナは思わず首を傾げるが、ふとなにかを思い出したように口を開く。

「そういえばなまえさん、どうやってヒバリさんを説得したんですか?さっきなにか耳打ちしてましたけど…」
「あら…決まっているでしょう?」

ツナの問いかけに対してきょとんとした顔で首を傾げたなまえ。まるでなにを今更とも言いたげななまえの様子に戸惑うツナだったが、少し考えて…まさかといつの間にか笑みを深めているなまえを見つめる。気がつけば、もう屋上へ続く扉は目の前だった。そして屋上にいるのは。

「遅いよ…姉さん。いつまで僕を待たせるつもり?」
「ふふっ…恭弥さんったら。ごめんなさいね?待たせてしまって。」

屋上の扉を開けるなり打ち込まれたトンファーの強力な一撃を軽々しく受け止めたのは、相変わらず穏やかな笑みを浮かべている…なまえ。その手にはいつの間にか鈍く輝く暗器が握られており、暗器からはご丁寧に仕込みの紐まで伸びている。雲雀の仕込みトンファーと同じく、正に愛用の武器という様子だった。それを見たツナは開いた口が塞がらない中、ツナの中で築かれていた理想ががらがらと音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。

***

「あははは!やっぱりツナも騙されたか!」
「もう…笑いごとじゃないですよディーノさん。」

衝撃の日曜日から数日。傷心のツナにも容赦しないリボーンのスパルタ教育によって見事補習プリントを終えたツナは、しばしの間補習のない日常を楽しんでいた。そんな中いつものように突然訪ねてきたディーノはツナから雲雀とその姉の話を聞くなり、心底面白そうに笑い出す。どうやらディーノはリング争奪戦で雲雀の家庭教師をした時に姉のなまえとは会っていたようで、ツナと同じくその豹変ぶりに相当驚いたようだ。事のなりゆきはイタリア男の性でディーノが出会い頭になまえを口説いてしまったことが原因らしい。それを見た雲雀にディーノが本気で殺されそうになっていたところ、二人の本気の戦いに我慢できず割って入ってきたのが暗器を構えたなまえだったそう。

「いやーでもあんな美人な大和撫子が、恭弥と正面からやれるほどの暗器の使い手だとは思わねぇよな。」
「なんか、色々信じられなくなりましたよ…まさかなまえさんまでヒバリさん並みのバトルマニアだなんて。」
「女の見た目に簡単に騙されるとは、てめーらもまだまだってとこだな。」

可憐ななまえの外見と修羅のような内面を並べて苦笑するディーノとツナに、これまた幼い声が随分とマセた言葉を続ける。そんなリボーンの言葉を聞いたツナは、まさかと思いながら尋ねた。

「お前知ってたのか?なまえさんが中身はとんでもない人だって。」
「あたりめーだろ。ちなみに、しっかりボンゴレに勧誘済みだから安心しろ。」
「なんでまた勝手に勧誘してるんだよ!」
「もちろんなまえからは了承の返事も貰ってる。今度ツナとも戦いたいって言ってたぞ。」

やはり最初から全てを知っていたリボーンにふつふつと抑えきれないものが込み上げてくるツナだが、それよりも新たな要注意人物が増えてしまった事実にがくりとうなだれる。

「雲雀姉弟…怖すぎるよ!!」
「まあ…あんなだから姉弟仲もいいんだろうな。」

リボーンがいる限りツナの周りにはどんな美形でも変人か話が通じないか…はたまたバイオレンスな人物しか集まらないらしい。ツナの状況に兄弟子であるディーノは心底同情しながらも、姉弟同時に本気の刃を向けられた時のことを思い返してぞくりと背を震わせた。一つだけ言えるのは雲雀姉弟を絶対に怒らせてはならない。ただそれだけである。

総てを誤魔化す魔法の杖
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