夕飯時の店の台所は今日も空腹の者にはたまらない、食欲をそそる香りが漂っていた。台所で夕食を作っているのは言わずもがな、この店の店主であり、一番の料理上手である四月一日。ちなみに、今夜のメニューは昼からたっぷり煮込んだハヤシライスである。
更に今晩は、そんな彼の隣にもう一人。忙しなく台所を動き回る少女の姿があった。矢絣の袴の上に白いエプロンというなんともハイカラな出で立ちの少女…なまえは、後ろで一つにまとめられた髪を揺らしながら、ご機嫌な様子で野菜を切っている。特になにもするわけでもなく居間で夕食ができるのを待っている清に対し、彼女は料理をすることが好きなようだ。二人で手分けして作業をしていることで、いつもは急かされて眉間に皺を寄せながら夕食を用意している四月一日の表情も大分やわらかい。こうした余裕があるためか、四月一日は先程から視界の端で揺れる長い髪が気になって仕方がなかった。揺れる髪の先には、彼女の整った横顔がある。曾祖父である静に瓜二つの清同様、なまえもかつて四月一日の傍にいた少女と鏡合わせのようによく似ていた。

「…私の顔、何か着いてる?」

無意識のうちにじっと見てしまっていたのか、首を傾げながら四月一日に向き直ったなまえは、不思議そうに尋ねた。その声を聞いた四月一日はようやく我に返り、笑みを浮かべながら正直に言葉を返す。

「いや、やっぱりそっくりだなと思って。」
「ひいおばあちゃんの若い頃に、でしょう?それ、もう何回も聞いてる。」

四月一日の言葉に対して、なまえは苦笑を浮かべながら答えた。その返答はどうやら四月一日もわかっていたようだったが、当の本人はごめんごめんと慣れたように謝罪をする。四月一日を見て呆れた表情を浮かべるなまえもやはり彼女の曾祖母そっくりだと、四月一日は懲りずに思った。

「清も、清のひいおじいちゃんによく似てるんでしょ?」

そんな四月一日に、今度はなまえが新たな質問を投げかけた。彼女が話題に出したのは今も居間で夕食ができるのを待っており、なまえの幼なじみでもある百目鬼清のこと。百目鬼家の話題が出たとたん四月一日の眉間にはみるみるうちに眉が寄り、なまえは思わずくすくすと笑いをこぼす。一方四月一日は、まるで恨み言のようにぶつぶつとなまえの問いかけに答え始めた。

「外見は憎たらしいくらい瓜二つだよ。まあ中身は、あいつの方が憎たらしかったけどな。」

四月一日の語る''あいつ''とは言わずもがな、清の曾祖父であり四月一日の友人でもあった百目鬼静のことだ。もうとっくの昔に亡くなっている彼のことをなまえは写真でしか知らないが、確かに若い頃の彼と清は瓜二つだ。更に、なまえと若い頃の曾祖母も。なまえと曾祖母は表情や性格までそっくりで、家族一度にはもちろん。四月一日には幼い頃から何度も似ている似ていると言われている。なまえ本人は直接曾祖母に会ったことがないために実感はないが、なぜか曾祖母に似ていると言われて悪い気がしたことは一度だってなかった。むしろ、若い頃は誰もが振り返る美人だと言われていた曾祖母に似ているということをむしろ嬉しく思っていた。
こうして雑談をしているうちに夕食はほぼ完成し、後は皿に盛り付けるだけになった。なまえは自分が用意していた料理を一口スプーンですくうと、傍らの四月一日に向けて差し出す。

「はい、味見。」

料理上手の四月一日に味見をしてもらうことは恒例なので、四月一日もなんの躊躇いもなく差し出されたスプーンに口をつける。一口分を口に含んだ四月一日はまるで懐かしむように目を細めると、優しく微笑みながら口を開く。

「うん、やっぱりなまえの作るきんぴらはうまいな。情けないけど、これだけはなまえに勝てる自信ない。」
「ふふっ。だって、ひいおばあちゃんからおばあちゃん。私はお母さんから…ずっと受け継がれてるんだもん。四月一日に作ってあげてねって。」

なまえの言葉を聞いた四月一日はなにか言葉を返すわけでもなく、そっと目を細める。
一見なんの変哲もないなまえのきんぴらこぼうは、四月一日にとってとても懐かしい味がする。それはまだ四月一日がなにも知らなかった頃。なんだかんだで一緒にいるようになってしまった静。憧れの少女ひまわり。いつでも賑やかなモコナにマルとモロ。静の幼なじみであり、いつの間にか四月一日とも仲良くなった優しい少女。そして、四月一日を変えるきっかけをくれた誰より大切なひと…侑子。揃ってお花見をしたり、花火を見たり、雪合戦をしたり。意味もなく騒いだり。きんぴらこぼうは、決まって料理当番を任される四月一日と共に台所に立っていた少女が、毎回作っていた一品だった。何度作っても四月一日のきんぴらよりも少女のきんぴらが好評で、一同には散々文句を付けられたものだ…それでも。あの頃の時間はいつだって輝いていて、いつだってあたたかかった。なまえが作るきんぴらこぼうは、大切なあの頃の記憶を思い出させてくれるのだ。

「ありがとう。」

目の前のなまえはもちろん。今はもうここにいない記憶の中の瑞々しい少女と、なまえまで少女の想いを繋げてきてくれた少女達に向けて。四月一日は感謝の言葉を紡いだ。それを聞いたなまえは曾祖母によく似た穏やかな笑みを浮かべると、当たり前のように口を開く。

「傍にいるからね。これからも…ずっと。」

優しい味と共に繋がれてきた想いは未だ色褪せずにここにある。なまえの言葉は、四月一日にその確かな事実を改めて実感させた。あの頃の時間がもう二度と戻らなくても。何年待っても一番大切なひとに会えなくても。こうして傍にいてくれる人もいる。だからこそ、四月一日は大切な人達と何度別れを繰り返しても、こうして日々を過ごしていられるのだ。そして、会えるかもわからない人をただ待ち続ける。

「…ああ。これからも、傍にいてくれ。」

傍に寄り添う大切なひとの優しい想いに触れて。四月一日も変わらぬ想いを抱いたまま、微笑んだ。

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