「あのね。」

その声は、まるで鈴が鳴るように軽く可愛らしい声だった。小さな少女の声を聞き、少女の傍らにいた二人の少年はそっと振り返る。黒髪を揺らしながら全く同じ顔で首を傾げた二人は、握っていた少女の小さな手に優しく力を込めた。繋がったあまりにやわらかくあたたかい温もりに、少女の顔は見る見るうちに可愛らしい微笑みへと変わる。

「わたし、ずっとずっと大好きだよ。二人のこと。わたしの一番は、ずっとずっと二人だよ。」

微笑む少女の茜色の瞳は、閉ざされた薄暗い部屋の中で眩いほどきらきらと瞬いていた。少女の声を聞いた二人の少年も、少女の瞬くの瞳に映る自分の姿を見て、そっと目を細めた。

「ずっとずっと大好きだよ。」
「ずっとずっと一緒だよ。」

少年のあどけない声が重なる。それと同時に空いていた少年の二つの手のひらも重なり、三人は一つに繋がった。

「僕らは三人で、"三つ葉のクローバー"だから。」

三人の瞳がそれぞれ互いの"刺青"をとらえる。少年は右と左の肩に。少女は項に。緑の"三つ葉"が刻まれている。それは"魔法つかい"の証。そして今ここにいる三人は、三人だけの"三つ葉のクローバー"。クローバーが刻まれた少年の両肩にそっと触れた少女は、変わらぬ小さな声でなにより大切な想いを紡ぐ。

「あいしてる。」

***

しあわせになりたい
しあわせになりたい

あなたとしあわせになりたい
あなたのしあわせになりたい

だからつれていって
遠くまでつれてって
ここじゃないどこかへ
つれてって私を

鳥籠のような植物園の中で、まだあどけなさを残す声が響く。しかしその声は強い"願い"が込められていた。風のない鳥籠の中で歌い手…スウの髪を揺らしたのは、いつの間にか肩に留まっていた小さな"蝶"だった。ただ一人の"四つ葉のクローバー"のスウを囲う鳥籠の中に住んでいるのは、全てなんらかの殺傷力を持つ殺人兵器。無論今スウの肩に留まっている蝶にも殺人兵器であることに間違いはない。しかしスウはほんの僅かに微笑むと、自らの白く小さな指を蝶の前へ差し出す。

「貴方の羽、同じだね。」

スウの白い指にゆっくりと乗った蝶は、茜色の羽を揺らす。小さな体から金の留め具で繋がれた羽は、鳥籠の中で瞬く偽物の太陽の光を反射して鮮やかに輝く。

「Bと…同じだね。」

幼い頃にこの鳥籠へ連れてこられたスウは、外の世界を知らない。"四つ葉"の力は誰にも渡ってはならないから。自分より葉が少ない者の能力や位置を把握することや、電波に干渉して外部と接触することもできるが、力を振るえば"四つ葉"を囲う魔導師達が困り果てることを、スウはよく知っている。スウが自分より葉が一つ少ない"三つ葉"…Bの色を知っているのは、以前魔導師の一人である絋将軍がこぼしたから。

「おばあちゃんがこっそり教えてくれたの。"三つ葉のクローバー"のBは、きれいな茜色の目を持っていたんだって。」

絋将軍が"四つ葉"であるスウに"三つ葉"であるBの情報をこぼしたのは、Bが死んだからだ。もちろんスウは絋将軍から情報を貰わなくとも、Bが死んだということを知っていた。この世界から永遠に消え去ったBが…最後になにを思っていたのかも。

「あの子は大切なひとの手で、死んだ。」

自分で口にした言葉に対し、スウはなにかを考え込むように目を伏せる。同時に茜色の蝶はスウの指から飛び立っていく。

「でも…しあわせだった。」

スウの中に、Bが殺される直前に感じていた"想い"がよみがえる。小さな蝶は、小さな体で誰よりも大切なひとのしあわせを願っていた。そして、その傍らに自分も寄り添えるように…願っていた。

「あの子は二人が大好きだったから。自分が死んでも、また二人を繋げられるように…"印"をつけた。」

スウは自らの両手をそっと伸ばして、交差した両手の甲を重ねた。光を受ける白い手のひらは、まるで蝶のようで。今にも青い空へと飛び立ちそうだ。

「貴方の最初で最後の"願い"…叶ってるよ。今も、ずっと。」

蝶のように重なったスウの指先に、先程飛び立った蝶が再び戻って来た。今度は一羽ではなく、仲良く三羽。それを見てそっと目を細めたスウは、途切れていた歌の続きをゆっくりと紡ぐ。

溶けない魔法
終わらないキス
覚めない夢
消えない幸せ

私をつれてって
しあわせになりたい

「私も…願いを叶えるよ、B。」

***

軍が始めた計画…"白花苜蓿計画"によって国中から集められた"魔法つかい"の子供は、力の強い順に"四つ葉"から"一葉"へと分けられ、"四つ葉"と"三つ葉"の子供は莫大な金と共に軍へ引き取られた。"四つ葉"と"三つ葉"の子供の親は余りに唐突な我が子との別れに対し、金を受け取ることでただの一つの文句さえこぼすことはなかった。こうして、軍の研究施設へと引き取られることとなった子供は、この日から今まで生きていた世界とは隔離されて生きることとなったのだ。
"三つ葉"の印を刻まれた二人の子供…AとCのコードネームを与えられた双子も、こうして研究施設へとやって来た。そこで双子はもう一人の"三つ葉"であるという少女の存在を知る。少女と双子を引き合わせる前に、紘将軍は予め双子に言った。

「Bは生まれた時からこの施設にいる。」

紘将軍の言葉に対し、温厚で心優しいCは心配そうに眉を下げ、攻撃的で荒々しいAは警戒するように眉をひそめた。鏡合わせのような双子にも関わらず正反対の反応を見せた双子に、紘将軍はこれからのことに少々不安を駆られる。しかしこのまま口を閉ざしていても仕方がないので、持ち前の冷静さで言葉を続けた。

「Bは軍関係者の娘でな。赤子の頃にそのまま引き取ったのだ。"三つ葉"の名を与えられたのは計画が始動してからだが。」

双子とは異なり、生まれた時からこの施設にいるというB。それはつまり外の世界を知らないということだ。そんな存在とこれから会い、一体どう接すれば良いのか。強力な"魔法つかい"の力を持って生まれた二人は生まれた時から周りに気味悪がられていたため、互い以外とあまり関わったことがない。だからこそ双子は自然とこみ上げる不安な気持ちを隠すように、互いの手のひらを握り合った。間に入る隙間もなく寄り添う二人の姿は、もう一人を受け付けていないように見える。

「懇意にしておやり。お前達は、三人だけの"三つ葉のクローバー"なのだから。」

突き放すようにも聞こえる紘将軍の言葉と共に、部屋の扉が静かに開いた。白いローブに身を包んだ大人達に連れられて姿を現したのは…同じく白いローブを深くかぶり、深く俯いている少女。少女の顔は見えなかったが、その小さく白い手のひらはまるで不安を堪えるようにきつく握り締められていた。少女は名残惜しそうに大人達のローブを掴もうとする。しかし、そんな少女とは正反対に大人達は伸ばされた少女の小さな手からさっと離れると、踵を返してそのまま扉の外へと消えた。

「…あーあ。行っちゃったね。」

寂しげにも見える少女の背に声をかけたのは、Aだった。まるで少女の様子を嘲笑うように目を細めたAを、Cが静かに裾を引っ張って制す。しかしAは懲りずにくすくすと笑いをこぼした。

「赤ん坊の頃からこの場所にいるのに、まだ大人に頼ろうとしてるんだ?」

Cを振り切り、ゆっくりと少女に向けて歩みを進めるA。その様子をCは大層心配そうに見つめていたが、少女はなにも言わずただその場に立ち尽くしていた。

「ねえ、なんとか言いなよ。」

その時。Aの声に答えるように、今まで無言で立ち尽くしていたBがそっと右手を動かした。Aは反射的に身構えるが、Bはただその手を自らのフードに伸ばしただけだった。A、そしてCの視線を受けながら、Bはそっと深く被っていたフードを抜く。そこから現れたあまりにあどけない顔に、二人はただ釘付けになった。透き通るような白い肌。そして、薄暗い部屋の中でひときわきらめく宝石のような茜色の瞳。

「はじめまして。わたしが三つ葉のうちの一人…Bです。」

鈴の音が鳴るような声で自己紹介をしたBは、まるで花が綻ぶような笑みを見せる。その笑みにAとCは無意識に釘付けになっていた。それは彼女が三つ葉のうちの一葉だったから。なにより彼女の笑みは双子にとってあまりに眩しく、優しかったのだ。

***

年や境遇の近い彼らが心を通わせるのに、時間はかからなかった。今まで互いだけが心の拠り所だったAとCにとって、Bの温もりは新鮮で、今までどれだけ焦がれても手に入らなかったものだったのだ…だからこそ。AとCは同じように、ただ一人の少女をそれぞれの"一番"として選んだ。それが綻びのきっかけを作ることになるとは知らずに。

「ずっとずっと大好きだよ。」
「ずっとずっと一緒だよ。」

いつしか永遠を誓う三つ葉の輪には見えない傷が現れ始めた。そしてそれが軋み、歪み、限界に達した時。たった三人だけの三つ葉のうちの一葉…Aは、"一番"として選んだ筈のBを消し去った。

***

"白花苜蓿計画"で生まれた国家機密…"四つ葉のクローバー"であるスウを移送する任務を和彦が終えて、一年が経った。和彦が任務を終えてからというもの、まるでなにかの合図だとでもいうように夢を見ていた。何度も何度も。それは呪いのように。その夢には必ず、もうこの世界の何処にもいない小さな少女の姿がある。

あいしてる

今にも融けてしまいそうな声を今でも鮮明に覚えているのは、少女に片割れを思う気持ちとはまた違う…特別な感情を持っていたからなのかもしれない。それが"特別"だと理解することができたのは、あの薄暗い研究所から出たことがきっかけなのだから、なんとも皮肉なものだ。
まるで昨日のことのように思い出せる淡く儚い記憶を辿りながら、もう少年とは呼べない黒髪の青年…藍は、窓越しの茜色に手を伸ばした。

「どうした。」

そんな藍の背中に、いつもと変わらぬ静かな声が届く。一見なんの感情も感じられないその声が、本当は優しさに溢れた声であることをよく知っている藍は、思わず口元を緩めてしまいながら振り返った。

「きれいだから。夕焼け。」
「…好きだな、相変わらず。」

藍に声をかけた人物…銀月は、藍が三年前にこの場所に来てからずっと、空が茜色に染まると窓の外ばかり見つめていることをよく知っている。三年の月日の間にすっかり大人の男性へと成長してしまった藍は、同性の銀月から見ても以前にも増して美しい。そんな彼が憂いを帯びた表情で茜色の空を見つめている様子は、いつ見ても絵になっていた。

「ずっと…ずっとずっと大好きだよ。」

藍が囁いた言葉はあまりにも儚く、淡く。黄昏に消えていった。自分で気がついているのか、いないのか。藍の片手はいつの間にか自らの左肩へと伸びている。藍の左肩に刻まれているのは、今も消えることのない"三つ葉"の刺青。それはかつて、この世でたった三人だけに刻まれていたものだった。いつの間にか窓から離された真っ白い手のひら。三つ葉の印が刻まれている左肩と同じく、その左手の手のひらにも小さな"印"があった。それは…"片羽の蝶"の印。今はいない、Bが最後に残していったもの。白い手のひらの上で赤く瞬くその印は、長い間飛び立つ時を待っているようだった。

***

「……そうだね。」

左肩に印を持つ片割れとは遠い場所で。右肩に印を持つAは、かつてCと呼ばれていた片割れの感情を感じながら、一人答えた。Aが凭れているのは、茜色の夕日が差し込む窓。

「僕らはずっとずっと…一緒だよ。」

Aは自らの右手の手のひらを見つめていた。そこにも、Cと同じ"片羽の蝶"が刻まれている。その印が何を示すのか…この印を刻んだ少女を自ら手にかけたAだからこそ、知っていることもあった。手のひらの赤い蝶にそっと口づけたAは何を思うのか。伏せられた瞳からその感情は読むことはできない。しかしただ一つだけ確かなのはAとCが。互いと、ただ一人の少女を愛し続けているということ。そして少女が…死してなお二人の傍で二人を繋いでいるということ。

「…本当、あの子はやっぱりバカだなぁ。」

頬を伝う音もなく夜は沈む

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