''彼女"は、高い高い塔の上で生まれた。
煌帝国の禁城内に立つ一際高い塔。その場所は元々、皇族の裏切り者や皇族の中でクーデターを起こした者など、重い罪を犯した重罪人が閉じ込められる場所だった。その塔は大きな窓がないために光が差し込まず、外へと繋がる出入り口は細い梯子のみ。

「ああ…っ!!我らが父の希望、なまえ…!」

生まれたばかりの"彼女"…なまえを抱いたのは、煌帝国の魔女とも呼ばれている練 玉艶。
"月の住人"と呼ばれる美しい男と玉艶自身の血を混ぜてつくったなまえは他の誰とも違う、特別な少女。そして"月の住人"の持つ特別な力を持ち、玉艶自身の強大な負の魔力をも受け継いだなまえは、まさに玉艶の野望の為に生まれた、と言ってもいい"秘密兵器"だった。
玉艶に"希望"という名で呼ばれた彼女は"希望"というのは外側だけで、生まれた時から禁忌の力をその身に纏った罪を償うように、自身が生まれた薄暗く冷たい高い高い塔の上で育てられたのだった…そして、彼女が禁忌の力を持って生まれてから数十年。

煌帝国第九皇女、練 なまえ。
表向きは一代前の皇帝、白徳との間の娘であり、白龍の妹とされている彼女だったが、玉艶自身がそう言っているとはいえ、彼女が白徳と玉艶との間に生まれた娘ではないことは誰の目から見ても明白だった。
なまえが第九皇女として表舞台に現れたのは皇帝白徳暗殺事件があった後な上に、彼女の容姿は他の皇子や皇女の誰とも似ていないのだ。
まるで血が通っていないようにも見えてしまう真っ白な肌。怪しげな髪の色と、それと同じ色の長い睫毛で縁取られた瞳。そして、異常を感じる程に完璧に整った顔立ち。それに加えて、周りの者を恐れさせるのは玉艶の異常な程のなまえへの執着。それを事あるごとに見ていた他の皇子や皇女達は、彼女を気味悪がってできるだけ近づかないようにしていた。
そして、そんな煌帝国の闇の皇女であるなまえについて、煌帝国の者達は様々な噂を立てた。
実は裏で玉艶を操っているのはなまえだとか、なまえを見ると寿命が縮む、だとか。
そんな噂が立つ中、彼女が住む高い高い塔に近づく者は玉艶と繋がっているアル・サーメンの者以外はなかなかいない…ある、一人を除いて。

***

日が落ち、空が鮮やかな夕焼けの色に染まった頃。夕餉の支度を一通り終えた年若い女官達は、通行人の邪魔にならないような廊下のすみっこで井戸端会議をしていた。

「ねぇ、また昨晩もしたのよ…すすり泣くような女の子の声…!」
「ちょっといやだ、笑えないわよ。そんな冗談!」

くすくすと少女の特権のように笑う女官達の話題は、禁城の中のちょっとした怖い噂。長い間禁城の中で働き続ける彼女達には、同じ噂話でも他と比べて少しばかり恐ろしい話の方が盛り上がるのだ。
そんな話の中、一人の女官がふざけたように禁城の中で一番高い塔を指さしながら、言葉を続けた。

「もしかしたらその声は…っ!あの高ーい塔に閉じ込められてる皇女様の泣いている声かも!」

他の女官を驚かそうといつもの小鳥のような可愛らしい声から一変、低い声で脅すように言ってみせた彼女に、他の女官達はきゃーと、これまた少女らしい悲鳴を響かせる。そして女官達は再び互いの顔を見合わせながら、可笑しくてたまらない、とでも言うようにけたけたと笑う。

「まさか…!そんなわけないわよ!」
「そうよねぇー!だって、あの塔の中にいるのは、」

あの呪われた煌帝国第九皇女…"煌帝国の秘密兵器"なのだもの…!

その場にいた女官達は、全員同じように声を揃えてそう吐き出す。そして再びくすくすと笑いを浮かべると、何事もなかったかのように仕事に戻っていった。
年若い女官達の密かな井戸端会議は、大体誰の耳にも止まらずに消えてしまう。しかし、今日は違った。
女官達が井戸端会議をしていた廊下の向かい側にある立派な柳の木。その木からは女官達の密かな井戸端会議に聞き耳を立てていたかのように、長くて黒い尻尾が覗いている。

「夜に聞こえるすすり泣き、仕舞いには呪われた第九皇女、ねぇ…あはははは!おもしれぇ…っ!!」

柳の木から覗く黒い尻尾の持ち主…煌帝国の神官であるジュダルは、先程の女官達の話を思い返しながら、お腹を押さえてまるで堪えきれないとでも言うようにげらげらと笑う。

「あの馬鹿みたいに泣いてばっかのなまえが、呪われた煌帝国の"秘密兵器"とか…!ばっかじゃねぇの?」

***

先程まで女官達の秘密の井戸端会議を盗み聞きして楽しんでいたジュダル。お腹が凹んでしまうのではないか、というくらい限界まで笑った後、彼が向かったのは噂の高い高い塔。禁城で一番高いと思われるその塔はちょうど城の影になっているために薄暗く、見た目だけで気味の悪い雰囲気が漂っている。
ジュダルは馴れたように両手に瑞々しい桃を抱え、浮遊魔法を使いながら薄暗い塔の中に入っていく。

***

「…で、お前は、毎日毎日夜中に飽きずにずびずひ泣いてるから、幽霊とか言われんだよ!あー!おもしれぇ…!あはははは!」

高い高い塔の最上階。小さな窓から差し込む僅かな光しか届かないその場所は、普通の人間だったらと不便だと感じる程に薄暗い。そんな薄暗い部屋の中、ジュダルが再びけらけらと笑い転げて指をさしている先に、"彼女"はいた。
薄暗い闇の中で不気味な瞳を鈍く輝かせ、獣の鳴き声のようにうぅ…と唸っている。一般人が一目見ただけだったら恐ろしい彼女の怒りを買ったと思いすぐ逃げ去るだろうが、彼女のことを昔からよく知っているジュダルはそんなことはしない…なぜなら、彼は知っているのだ。

「お、おもしろくなんか、ないもん…っ!」

鈍く光って見えた光は、実は彼女の大きな瞳から滲む涙で、唸ったように聞こえた声は溢れ出る涙を堪えた時にこぼれた声。
ジュダルにからかわれて涙を滲ませる彼今の彼女、なまえの姿は禁城で蔓延る恐ろしい噂とは正反対で、か弱い少女の姿だった。

「あはははは!また泣いてやがる!おもしれー!」
「も、もう!ジュダルはいつもいつもそうやって…!ばか!あほ!しっぽ!」
「はあ?尻尾ってなんだよ?」
「だ、だって私と同じくらいかみのけ長い…」
「そりゃお前と同じで一回も切ったことねーし?」
「お、おなじ…」

最初はジュダルのことを罵倒しつつも、最終的には自分の髪の毛の先を弄りながらぐすんぐすんと鼻を慣らしている…それに、最後はジュダルに"お前と同じ"と言われたためか、少し嬉しそうだ。
そんな、ジュダルにとてつもなく弱い、生まれた時から禁忌の力を持つ"秘密兵器"のなまえ。彼女と生まれた時からずっと一緒にいる…つまり幼なじみのジュダルは、噂とは正反対の彼女をからかうことが楽しくてしょうがないのだ。
こうしている間にもまだうじうじ両手の人差し指を合わせながら俯いているなまえを見て、ジュダルはいいことを思いついた、とニヒルな顔を浮かべる。

「つかお前、さっきオレのこと"バカ"って言っただろ。そんなこと言ってると、もうここに来てやんないからな!」

ジュダルがそう言った瞬間、俯きながら人差し指を合わせていたなまえは、え?と目を丸くしながら顔を上げた。ジュダルはそれに気がつかないふりをしながらなまえに近づき、丸くなっている目を覗き込むように彼女に顔を近づける。

「オレが来なくなってもいいのかよ?そしたらお前、このジメジメした薄暗い塔に一人ぼっちだぜ?」
「や、やだ…!ごめんなさい!もう言わないから、だから、行かないでジュダル…!」

弱々しく自分の服の裾を掴んで潤ませていた瞳から涙をこぼすなまえに、ジュダルは満足そうににやりと笑う。

「一人は、ひとりぼっちは…いやだよう…」

生まれた時から高く薄暗い塔に閉じ込められて、物心つく前から玉艶によって"秘密兵器"に仕立て上げらたなまえ。
そして突然煌帝国の第九皇女として皇族の中に放り込まれて人からずっと遠ざけられてきた彼女は、どんなに周りから"秘密兵器"やら"呪われた姫"と言われていても、ただの弱々しい少女。
人一倍泣き虫で、夜中にはこの高い塔で孤独の涙をこぼす"囚われの姫"なのだ。
しかし、そんな弱々しい彼女を知る者は幼い頃からずっと一緒にいるジュダル以外、誰もいない。

「…なーんてな、嘘に決まってんだろ?お前からかうといい暇つぶしになるし。」

先程まで浮かべていた無邪気な笑みを更に深めながら、ジュダルは言った。
そんな彼に、なまえはというとなにが起こっているのか瞬時には理解できないようで、未だその瞳からぼろぼろと涙をこぼしながら固まっていた。そんな彼女をいいことに、ジュダルは更に言葉を続ける。

「お前さぁ、チビの時から同じ嘘に引っかかりすぎだろ。今回ので何度目だよ?絶対もう片手じゃ足りねぇな。」

呑気に自分の手のひらを眺めながらそう言ったジュダルに、つい先程までぼろぼろと泣いていたなまえは、やっと今の状況を理解した。そして先程まで涙をこぼしていた目を大層恥ずかしそうに拭い、青白い顔をこれでもかという程に真っ赤に染める。
そんな彼女を見たジュダルは、また先程ようにバカだのアホだの尻尾などと罵ってくるのだろうと、自分のすぐ下にある小さな頭を得意げに見つめていた…しかし、彼女の口から出てきたのはジュダルが想像していたどの言葉とも違った。

「そっ…か。なんだ…えへへ、よかった。ジュダルは、どこにも行かないんだ…」

擦ったばかりの赤い目でジュダルを見上げるなまえに、今の今まで優位だったジュダルの立場ががらがらと崩れ去る。まさか、彼女がここで素直に自分に縋ってくるとは思っていなかったのだ。
ジュダルは思わず赤くなった顔を片手で隠し、もう片方の手を彼女の小さな頭にのせながら、焦っているのがバレないよう慎重に口を開く。

「ま、まぁな。オレは心が広いから、これからもお前に…その、会いに来てやるよ。」

他の人から見たらジュダルが珍しくたじたじになっているのは丸わかりだが、ジュダルの言葉を聞いて目を輝かせている今のなまえには、そんなことはわからないらしい。
ジュダルの言葉に輝いた目でうん!と頷いたのは"煌帝国の秘密兵器"と呼ばれるなまえではなく、ジュダルの幼なじみで、弱々しい少女のなまえだった。
ジュダルは、可愛らしい幼なじみの彼女をこれからも変わらず構ってやろう…なんて似合わないことを思いながら、にやけてしまう口元を押さえていた。

縫糸をたどり貴方を見つける

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